第2話 閑話 もう一人の候補者

「おい、明人よ!なぜ真人に新しい贄の世話係にするなどと言ったのだ!?

生き神様に一目惚れしたあやつが、そんな事を聞かされたら、ああ答えるに決まっているではないか…!!」


精霊のキーは白い顔に青筋を立てて、私を責め立ててきた。


「そうだそうだ!せっかく、真人が後悔と罪悪感により、自分から辞退をするような雰囲気にもなっていたものを…!


あやつの代わりにもう一人の候補者を贄に迎えられるかもしれなかったのに、その可能性を潰してしまったのだぞ?

明人、お前は何を考えておるのだ…!!」


精霊のナーも赤い目に怒りの炎を宿し、

私を詰問してきた。


新しい贄である葛城真人が、自身だけでなく、生き神様、社、島全体の命運に大きく関わる選択をし、生き神様をお連れして共に儀式の間へと向かってからすぐー。


贄の選択は、生き神様のお決めになる事で、何人たりともその選択に干渉する事はできないというしきたりの為、表立っては反対できなかった双子の精霊は、堪らえ切れない怒りを先代の贄たるこの私、神山明人にぶつけて来た。


双子の精霊は、代々生き神様に付き従い、寄り添うもの。

先代の生き神様、四条心様の頃から(おそらくはそれ以前も)贄には懐かず、常に一定の距離を保って来た。


ましてや、慕いし、忠義を尽くす生き神様に対して、あのような言動を行った真人への反感は、いかばかりであろうかと想像に難くない。


しかしー。生き神様寄りに考える彼らだからこそ、見えぬものもあるのだろう。


「我々は、初代の頃より生き神様にお仕えして来たが、あんなとんでもない贄は初めてだ!」

「贄には強い気を持つ者しかなれぬとはいえ、あれは、流石にあんまりだ!特に今回は他に候補者がいたというに…!」


「「明人!なんとか言わぬか…。」」


その言い分を聞きながら、だんまりを決め込んでいた私に対して、キーとナーが焦れたように詰め寄ってきたところを、宥めるように私は両手をかざした。


「まぁ、落ち着かぬか。お前達の言い分はよく分かっている。


確かに真人の言動は到底許されるものではないだろう。


しかし、今の状況は果たしてと言えるものだろうか?お前達双子の精霊が生き神様に使えてきた400年もの歴史を振り返り、

冷静になって考えてみて欲しいのだ。」


「「??」」


「まず、候補者が二人いるという事態は、今までの歴史において、度々起こり得るようなものなのか?」


そう問うと、双子の精霊は古い記憶を呼び起こしているような難しい顔で答えた。


「まぁ…。過去に候補になり得る者が二人以上いる事も何回かあるにはあったが、一番と二番目以降の気の強さは大差があり、選択するのに迷ったりはしなかったな…。」

「そうだな。一番目の候補者が不慮の事故で亡くなってしまい、二番目の候補者が贄になった事もあったが、儀式を行うのにぎりぎりの気の量しかなかった為、その時代の生き神様は、地盤の強化をあまりできず、災害に苦労した事もあったな。」


「ああ。あの時は我々もハラハラしたものだ。たまたまその時代大災害がなかったからよかったようなものの、下手をしたら、島が無くなっていたところであった。」

「うん。あれは危なかったな。」


キーとナーは神妙な顔を見合わせて大きく頷き合っていた。


「それから考えてみると、確かに今回のように、拮抗した気を持つ二人の候補者がいる事態は初めてではないか?しかも、二人共儀式を執り行うのに、余りあるほどの気の強さを持っている。」


「ああ。それに生き神様も、長い年月の間に魂の器がだんだん小さくなり、代を重ねる毎に短命になっていくのをどうなることやらとお見守りしていたのだが、当代の生き神様は、先祖返りしたかのような器の大きさで、

我々も、安心していたのだ。確かに、考えてみれば、

当代の生き神様も贄もイレギュラーな事が多過ぎるな…。」


俺も、古い文献などで、生き神様と贄の歴史についてある程度調べており、自分なりの結論は出ていたのだが、

キーとナーも、やっと、ここに来て、異常事態とも言える今の状況に思い当たってくれたらしい。


「さて、二人の候補者が立つというこの異常事態に、当代の生き神様が贄の選択をされた理由を述べられたとき、真人よりも僅か強い気を持つもう一人の候補者についてなんとおっしゃったか、覚えているか?

『不自然で冷たい感じがした』とー。

生き神様はそうおっしゃられたのだ。

生き神様は、もう一人の候補者の気に何らかの異常があるのを感覚的に見抜いておられたのではないか?」


「何らかの異常?」

「どういう事だ?」


「例えばであるが、自身の気を実際以上に大きく錯覚させているとか、人工的に気を強く引き上げているとかな…。」


「「!!」」


双子の精霊は衝撃を受けて、大きく目を見開いた。


「まさか、そんな事があり得るというのか…!?」

「気を大きく錯覚させたり、引き上げたりするなど、そんな術今まで聞いたこともないぞ…!」


「だが、真人が怪しい人物からもらった札にはお前達の動きを封じる不思議な呪術が込められていた。未知の術の力をお前達は身を持って知ったのではないか?」


「「うぐぅっ!」」


意地悪く微笑んでやると、双子の精霊は苦虫を噛み潰したような表情になった。


「今回、怪しい奴が真人に接触してきた狙いだが…。

生き神様のお力を削ぎ、敵対しようというものではないだろう。」


「何故そんな事が分かるのだ!」

「現に生き神様の手足である我々は力を封じられたのだぞ?」


「札の効力は、お前達を傷つけたり、殺したりするものではなく、一時的に動けなくするものだった。

真人が札を解呪せずとも、半日もすればお前達は自由になれたろう。


であるならば、奴らは、生き神様のお力を損なうことを是とせず、逆にそのままの力をまるごと手に入れて、取り入る事が狙いと考えられるのだ。


生き神様にとっては、お前達双子の精霊は長年仕えてくれる家臣のような存在。


その精霊を封じ、あのような振る舞いをした真人を、普通なら許しはしないだろう。


真人に島からの脱出を唆し、失敗し、捕まったとしても、真人を嫌い、贄を解任し、もう一人の候補者を贄に据える事を考える筈…。


それが奴らの狙いではないかと考えられるのだ。」


「な、なんと…!」

「そ、そのような…!」


双子の精霊はあまりの事に慄いている。


「そ、そのような事があるとすれば、生き神様、贄、我々、社のごく限られた者しか知らない生き神様と贄、儀式についての情報が怪しい奴らに漏洩しているという事ではないか!」


「他の者に権力や欲望の為に利用される事があってはならないからと、生き神様のお力や、ご容貌、儀式の詳細については島の者にも隠し通し、儀式の協力者も『贄』と呼ばれ、わざと忌避され、恐れられるようにして、生き神様を守り通して来たというのに…!

これは由々しき事態ではないか…!」


「そうだ。故に緊急事態と言っているのだ。この件は、島の者と、島にはない怪しい術を使う外部の者が結託して仕組まれた事と、推測ができるのだ…。」


「「お、おお…。何てことよ…。」」


固く厳しい表情を向けると、おそらく、400年間の歴史の中でも前代未聞の出来事に双子の精霊は愕然としていた。


「それで、生き神様の贄の選択について聞きたいのだが、もう一人の候補者は、真人の近くにいると言ってはいなかったか?」


「…!!生き神様が、その事について言及したわけではないが…。し、白羽の矢を放たれるとき、あちらか、こちらかと弓を構え直してかなり悩まれていたご様子ではあったのだが…。」

「矢の指す方向はほぼ一緒…であった…。」


声を震わせて露わになっていく真実に気付き始めたキーとナーに、私は最後に確認してもらいたいことを頼んだ。


「今、その者の気を読むことはできるか…?」


「「…………。き、気が読み取れぬ…!!」」


キーとナーがブルブルと震えながら、その事実を告げる。


危惧していた事が確信に変わり、私は深いため息をついた。


「「…?」」


「断定するのは、これからの調査次第だが、少なくとも俺は、そうだと確信している。


踊らされそうになっているのは、真人だけではない。本当の意味で生き神様をお守りしたいのなら、我らも慎重に動く必要がある。


神の力を授かりし、生き神様のお力を侮ってはならん。

この苦しい状況下に置いて、生き神様は無意識の内に常に最善の選択をされているというのに、その助けになるべき精霊のお前達が足を引っ張ってはならぬぞ?」


「ぐぬぬ…。悔しいが返す言葉もない…。

生き神様は考えてみれば、我らとは比べ物にならない程大きなお力をお持ちであったのだ…。」


「ぐぬぬ…。確かにそうだ。当代の生き神様はお優し過ぎるところがおありで心配だったのだが、いらぬ事であった…。」


双子の精霊達は悔しがりながらも、自分達の誤りを認め、肩を落とした。


「しかし、秋人よ。そこまで分かっていながら、なぜあの場でもう一人の候補者が風切冬馬だと、真人に言わなかったのだ。」


「そうだ。選択肢が2つあるかのように選ばせておいて、実質的には1択ではないか。」


「うむ。まぁ、そうなのだが、真人には自分の選択に覚悟を持って欲しかったのでな…。」


「全く、性格悪いの…。だから、私はお前が好かぬのだ!」

「同感だ!」


「大体、先代の生き神様が亡くなってからは、碌に食べ物も取らず、寝込んでおって儀式の事などほとんど関わっておらなかったくせに!」

「いきなり、出てきて美味しいところだけ掻っ攫いやがって。何様なのだ、お前は!」


双子の精霊が阿吽の呼吸で好き勝手に言ってくるのにも、私はハエが止まった程にも思わず、微笑を返してやった。


「何とでも言え。先代生き神様亡き後、一度は死のうと思った私だが、まだやらなければならない事がある事に気付いたのでな。まだもう少し、私は私の役目を果たす事にするよ。お前達はお前達の役割を果たすがいい。」


「言われずともそうするわ!ナー行くぞ?

真人あのバカが贄として相応しい役割を果たせるかどうか、この目で見届けてやる!

「キー。ああ、行こう。真人あのアホもし、儀式で失態を犯そうものなら、今度こそ八つ裂きにしてくれる!」


キーとナーは、そう言うと姿を消した。おそらく、島の上空から、これから発顕する儀式の効力を見届けるつもりなのだろう。


「先代贄様。警備の者を連れて来ました。」


洞窟入口にスタッフの保坂の声が響き、

そちらに赴くと、十人ほどの屈強な青年達と共に悲壮な表情の菊婆も待機していた。


「ご苦労。今度こそ、怪しい奴を近づかぬように。」


「ハッ。申し訳ありません。」


菊婆は、涙を流し、その場にひれ伏した。


「此度の件、全て社の責任者でありながら、身内として、孫を監督できなかった私の責任であります。

誠に申し訳ありませんでした。

真人はそちらにいますでしょうか。

奴に制裁を加えた後は、共に死んでお詫びする覚悟であります。」


「菊婆、まぁそんな物騒な事を言うな。

当代贄様ならここにはいない。つい10分ほど前に、生き神様と儀式の間に向かわれた。

今頃は、儀式の間に到着されている筈だ。」


菊婆は、信じられない事を聞くように目を見開いた。


「えっ。まさか、このまま贄として儀式を

進められるという事でしょうか?

でもあれだけの事を仕出かしましたのに…!」


「当代の生き神様がそれでよいと仰られているのだ。我々が口を出す事ではない。


菊婆は、まだ社の責任者としてやってもらわねばならない事もある。また、真人は、贄として今後社において重要な役割を果たす事になる。共に死んではならん。


制裁を加えねば気がすまないというなら、穏やかでないが、やるなら儀式の後、後の儀式に響かないようにやってくれ。」


「ハッ。お、お優しすぎる配慮、感謝の念に耐えませんっ。ううっ。今後は命を賭けて生き神様にお仕えさせて…頂きますっ。」


菊婆は、嗚咽を漏らしながら、その場の地面に額を擦り付けた。


「まぁ、お礼申し上げるなら生き神様に…。まずは、儀式だ。予定から大分遅れてしまっている。やる事があるなら早急にした方がいいのではないか?」


「はっ、はい!それでは、保坂さん。地質のデータをとる準備をしてもらってよいかの?」

「はいっ!各所に今から取ったデータを送ってもらうよう連絡を取ってみます。」


菊婆は、立ち上がると、洞窟の近くにある施設に、保坂と共に駆け込んで行った。


そして、私は、取り急ぎ、風切冬馬の調査のため、社の奥屋敷に戻る事とした。


駆け出しながら、当代の贄、真人という人物について考えを巡らせた。


『もう俺は、島の掟なんて…!しきたりなんてうんざりなんだよっ!!そんなもんクソッ喰らえだっ!!俺が全部ぶっ壊してやるぜっっっ!!』


先代の生き神様=四条心様が心身を犠牲にしながらも今まで守り通してきた祭りの儀式を

叩き壊した彼の所業に、猛烈な怒りが込み上げたのも確かだが、

島の掟やしきたりなんてぶっ壊してやると叫んだ姿に、新たな可能性を感じたのも確かだった。


愛しい人の面影を残した当代の生き神様と真人が手を取り合う様子を見て、二人なら、先代の生き神様と私がー。

歴代の生き神様と贄が成し得なかった事を成し得るかもしれないと期待せずにはいられなかった。


真人。当代の生き神様、灯様を守って差し上げてくれ。


そう祈るように強く願った。





*あとがき*


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