第3話 白羽の矢

「そう言えばさ、社の生き神様の贄が亡くなったと聞いたけど、真人、何か菊婆さんから聞いてる?」


学校の昼休み、教室でお互いに、コンビニのパンにかじりつきながら、友人のトシから、そう聞かれて、俺はつまらない話をするように、机に頬杖をついて、しかめっ面で答えた。


「ああ。二週間程前な。珍しくあのババア、血相を変えてバタバタしてたな。社に何日も泊まり込みで、その人の密葬を行ってたみたいだな。」


身長もツラも俺とどっこいどっこいのトシ(少々デコッパチ)は、興味津々の様子で、おれにニヤニヤ笑いを向けてきた。


「なぁ。また、新しい相手がたてられるのかな?」


「多分な…。何でも、該当者には、社から矢が飛んでくるらしいぜ?」


「何それ!痛そう!!怖い!!」


「いや、目印にする為だけの矢だから、痛くないらしいぜ?」


「そうなんだ?でも、もし、当たった奴は人生変わっちゃうよな…。婆ちゃんが、社管理してんだから、お前になるってことは、ねーの?」


「それ、茜にも聞かれたんだけどな。身内だから選ばれるとかそういうのはないって。

生き神様が、現時点で、一番相性がよく、パワーのある気を持つ奴を選ぶらしいぜ?

「毎日ぐうたら生きているお前だけは、絶対に選ばれる事はないわ!カカカっ!」

って、ババアには、鼻で笑われたから、まずねーだろな?」


「そ、そうなんだ…。それなら、俺も選ばれる事はなさそうだな。」


どこか、トシは安心したような笑顔になった。


「そういうのは、気力の充実したリア充から選ばれるもんだよな。冬馬みたいなさ…。」


トシは、そう言って、教室の後ろの方の席で、茜や、冬馬の許嫁の鹿嶋葵かしまあおいを含む数人の女子達のハーレムを作っている、桐生冬馬を羨ましげに見遣った。


「すごーい!冬馬くんたら、模試では、全国3位だったなんて…!こんな島の学校にいるのが、勿体ないぐらいだね〜。」


冬馬の左隣で、茜が黄色い歓声を上げていた。


「冬馬くんなら、医大の試験も首席で楽々クリアできそう。お父様も鼻高々ね。」


許嫁の鹿嶋葵が、両手を組み合わせて、冬馬に心酔した表情でそう言った。


「ハハッ。茜も葵も大げさだな。今回はまぐれで、たまたま結果がよかっただけで、そんな大した事ないよ。」


風切冬馬は、少し長めの前髪を掻き上げるようにして、イケメンスマイルを覗かせた。


その仕草に周りの女子達はキャーッと歓声を上げた。


あいつも、昔は、俺の後ついて回るただの鼻垂れ小僧だったのに、随分出世したよな…。


やっぱ、成績とか、ツラとか、身長とか、将来性とか?


所詮女の子を惹きつけるのは、俺には全くないそういうのなんかね?


狭い島の学校ではあるが、間違いなくカーストトップに君臨するであろう、冬馬の姿を、俺は面白くもない気持ちで見遣っていた。


ホント、あいつが生き神様の贄に当たっちまえばいいのに。

そしたら、今のカーストトップの地位など、

何の意味もなくなり、人生180度変わっちまうだろうな…。


などと、意地悪い事を考えていたら、

視線を感じたのか、冬馬の奴と目が合った。


「おっと。真人、ごめんな。お前の許嫁借りちゃってて。茜、俺なんかに構わず真人と話せよ?」


すまなそうに、俺に手を合わせて謝り、いい人を装うコイツが俺は本当に嫌いだ。


「ええ?私が今更なんで真人なんかと話す事があるのよ?」


茜は、俺を見ると鼻に皺を寄せて嫌がった。


ホラな?

茜がそういい態度に出るの分かってんだろ?

俺を傷付ける為だけに話を振ってきてるとしか思えない。

コイツは、成績がいいだけのバカか、ただ性格の悪い奴か、どちらにしても、友好的な態度をとれるワケもない。


「ハッ。俺だって、そいつと話したいなんて、思ってねーよ。だから、ガキのおもりしてくれて、ありがたいなって思ってただけ!」


「何ですって?!」


茜が目を釣り上げて、金切り声を上げる。


「お、おい…。真人…。」


何だかんだいいながら、長いものに巻かれろ主義のトシは、宥めるように俺に声をかけたが、今日の俺は自分を止められなかった。


冬馬に煽るような表情を向けて言ってやった。


「その調子で、ハーレムぶっこいて、島中の女妊娠させるクズ院長にでも、なったら?

お優しい冬馬くん?」


「何だと、真人…!」


「何てこというの真人!」

「葛城くん最低!」


冬馬は顔色を変え、茜含む女子達がギャーギャー喚いている。


「おい。真人ぉ…。」


「ちょっと便所行ってくる…。」


オロオロしているトシに、そう言い残し、教室を出て、戸をピシャンと閉めた途端…。


「信じられない!」

「何あれ?あのチビムカつく!!」

「冬馬くん、あんなの気にすることないよ!」


女子の怒り狂い、冬馬を擁護する声が次々に聞こえた。


ああ…。やっちまった…。

女子の全員を敵に回してしまった。


後先考えない俺のこういうところが、ガキとか、厨二病とか言われる所以だろうな…。


階段の踊り場に座り込み、どうやって教室に帰ろうか、頭を抱えていると、一番会いたくない奴がやって来た。


「真人、あんたねっ…!これ以上校内のヒエラルキー下げてどうするつもりよっ…?!少しは、許嫁のあたしの立場も考えなさいよねっ?!」


怒りにうち震える茜だった。


「フツメンでチビの上、成績もダメ!運動もダメ!その上性格もクソとかありえないわっ!!

あんたなんかと、許嫁になろうとした昔の自分を呪いたい気分だわっ!!」


キャンキャン吠える犬のように感情的に捲し立ててくる茜に、俺は思わず言い返した。


「だったら、許嫁なんて、解消すればいいだろ?俺が頼んだわけじゃないっ。俺だって、本当は…。」


お前となんか結婚したくないっ。

お前の実家の酒屋なんて、本当は継ぎたくないっ。


自分の立場を思い、かろうじてその言葉は飲み込んだが、茜は、躊躇なく俺を最も否定する言葉を口にした。


「出来るものならそうしてるわよっ!!

あんたなんかと結婚なんてしたくないっ!!

どうせ一緒になるなら、冬馬くんみたいなカッコイイ人がよかった。あんたなんて…。」


茜は、涙目になって叫んだ。


「いっそ、!!」


「……!!!!」


俺はあまりの事に二の句が告げなかった。


茜も、言ってしまってハッと気付いたのか、

自分の口元を両手で押さえた。


シーンと静まり返ったところへ、校内放送が流れた。


『全校生徒に連絡します。直ちに校庭に集合してください。繰り返します…。』


         *

         *

         *

「なんだ、なんだ?避難訓練?」


「彗星でも落ちてくんの?」


クラスごとに整列させられた、生徒達がざわめく中、俺は、ぼーっとしたまま、色々心配そうに、話しかけてくるトシに、適当な相槌を打っていた。


あの後茜とは、目も合わせず、一言も口を利かないまま気まずく別れた。


なんかなぁ。俺の人生ホントなんなんかなぁ。

あんなに言う程、俺を嫌っている奴と何で結婚しなきゃいけないんだろう…。


ぼんやり、そんな事を思いながら、司令台の上で太っちょの校長先生の説明を聞いていた。


「今から、10分後ー。13:00ピッタリに、

社にいらっしゃる生き神様の新しい贄様が判明するそうです。皆も知っている通り、生き神様は、この島の為に祈りを捧げ、守って下さるかけがえない方です。


生き神様が行う祭りの儀式で、大事な役目を負う贄様は、16〜19才までの未婚の男子から選ばれます。


社から、飛んできた矢が当たった人は、すぐに申し出て、有り難くそのお役目を引き受けて下さいね。では、しばらく、そのまま、待機してて下さい。」


ああ、ちょうど今日だったのか。相手が判明するの…。

他人事のようにそう思った。


「マジ?今から生き神様の贄決定すんの?」

「俺、当たったらどうしよう?」

「許嫁のまーくんには当たりませんように…!」


校庭に集まった生徒達は、校長先生の言葉に一層ザワザワと色めき立ったが、校舎に設置された時計が13:00を示す数分前になると、

シーンと辺りは静まり返った。


そして、時計の示す長針が丁度真上を指した時ー。


社の方角から、白く輝く何かが飛んで来るのを見て、皆一斉に息を飲んだ。


その矢はまたたく間に、校庭の真上に届くと、急降下を始め、生徒達は悲鳴を上げた。


「うわっ。眩しっ…!」


白い輝きに校庭中が埋め尽くされたかと思うと、急激に光は収まった。


どうやら、誰かの元へ矢が当たったらしい。


誰に当たったんだろうと、俺がキョロキョロしていると、何故か周りの生徒達は俺を見て、一斉目を丸くしている。


??


「ま、まま、真人…。それ…!!」


隣のトシが、驚愕した様子で、俺の背中を指差していた。


「え。」


俺が恐る恐る手を当ててみると、背中に白い棒のようなものが、生えているのに気付いた。


力を入れて、引き抜いてみると、それは一本の白い矢だという事が分かった。


矢羽の部分に社のマークの印が押されている。


「えっと…、これって…まさか…??」


目をパチクリさせていると、トシが大声で、叫んだ。


「うわぁーーっ!!真人が生き神様の贄になったー!!」


「うおぉ、マジかぁーっ?」


「ええっ。あの真人が?」


続いてクラスの男子達が、叫び、一気に全校生徒の注目を浴びる事になった。


「う、嘘…だろ…?」


俺は白い矢を手に蒼白になって、震え出した。


この一本の白い矢によって俺の人生は、ガラッと大きく変わることになる。


あまりにもショックで、その時、茜や冬馬がどんな表情をしていたのかなんて、見る余裕なんか全くなかったんだ…。







*あとがき*


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m(_ _)m


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