第16話 対価は蜜果飴

「すいませーん。失礼しまーす!」


俺は厨房の方へ顔を出し、食事担当のスタッフさん=50代位の女性、刈谷さんに声をかけると、彼女はにこやかに応対してくれた。


「贄様。どうされました?」


「刈谷さん。祭りについてお願いしていたもの、出来そうですか?」


「はい。蜜果飴に甘酒ですよね。材料揃いまして、今、試作品を作ってみたのですがご試食なさいますか?」

「え!いいんですか…?」



「はい。もちろんです。どうぞ?」


そう言って、刈谷さんが冷蔵庫から取り出し、渡されたのは、柑橘系のフルーツが水飴に包まれ、食べられるカップに収まっている「蜜果飴」(要はりんご飴で、りんごに代わり、島特有のフルーツ蜜果を使ったもの)が乗った皿と甘酒が注がれたグラスだった。


「うわぁ…。美味しそう!」


「よかったらそこにお掛けになって、召し上がって下さいね。」


刈谷さんはにっこり笑って、目を輝かせる俺に、近くのカウンター席の一角を勧めた。


「あざっす!ふわぁ…甘旨っ!」

「ふふっ…。よかったです。ちょっと来客がありまして、この部屋を出ますが、ゆっくりして行ってらして下さいね?」

「あっ、はい。」



お言葉に甘えてカウンター席に座って、甘酒に舌鼓を打っているあいだ、茶と和菓子の乗ったトレーを持った刈谷さんは、厨房室を出て行った。


来客…?そう言えば、今日は菊婆も、他のスタッフさんも儀式でもないのに、バタバタしていたな…。


何かあるのだろうか…?と蜜果飴の皿を持ったまま、廊下に出て様子を伺ったところ…。


刈谷さんは廊下の奥の大きな和室の中へ入って行った。


俺が更にその先へ行こうとすると…。


「このどバカが!ここで何をやっておるか!」

「…!!」


その罵倒に慣れすぎて、後ろから声をかけてきた者が誰か、脊髄反射的速度で理解した。


「キー!」


振り向くと、白髪、白銀の目を持つ着物姿の精霊がぷかりと宙に浮いて、蔑むように俺を見下ろしていた。


「何でこんなところにお前がいるんだ?

普段はあかりの側についているんじゃないのか?」


「別に職務をさぼっているわけではない。

将棋だ祭りだと遊んでばかりのお前と一緒にするな!これは、偵察じゃ!!」


「うをっ!て、偵察…?」


怒れる精霊にくわっと牙を剥かれ、ビビリつつ、俺は聞き返した。


「ああ。島民会の奴が来ているのでな…。」


「島民会っていうと、島の行事とか取り仕切ってる爺さん連中の事か?社となんか敵対してたりしてんの?」


普段俺は関わる事がほとんどないけど、以前子供のイベントに来た島民会の会長、めちゃくちゃ気難しくて、嫌味なジジイだったよな…。


小学生の頃、あんまりムカついたから奴のカツラを釣り糸で釣り上げてやったら、

菊婆から死ぬ程叱られた事を遠い目で思い出していると、キーは呆れたように言った。


「全くお前何も知らんのじゃな。社を取り巻く状況も盤石ではないというのに呑気なものよ。

厳島民会は社への寄附を取りまとめており、今日は寄附金を納めに来ているのじゃが…。


来る度に、「祭りの儀式などに意味があるのか。」「今どき時代錯誤」など、あれやこれや、理由をつけて次回の寄附金を減らそうとしてくるのじゃ。」


「え!寄附金が減らされたら、社の運営に関わってくるよね?」


「ああ。社の運営が立ち行かなくなれば、生き神様を屋敷内に匿う事すら難しくなってくるじゃろう。


生き神様が命を犠牲にして祭りを行い、島民はその恩恵を受けておるというのに、何という罰当たりな事か…!


菊婆が毎回退けておるが、風当たりは年々厳しくなって来ておる。


故に、今回はどんな雲行きになるやらと、見に来てやったのだ。おかしな事を言ってくるようなら、容赦せんぞ!」


そう言って息巻くキーに、俺は真剣な顔で申し出た。


「キー、頼む!俺も参加させてくれ。」


「はあ?」


キーは白銀の目を大きく見開き、とんでもないと言わんばかりに一喝してきた。


「何を言っているか…!姿の見えない儂なら忍び込むことが出来るが、お前は贄故、外部の者との接触は出来ぬであろう。スタッフの者につまみ出されるわ…!

姿を消す技でもかけぬ限り…。」


「そんな技があるのか?」


「ハッ!」


しまったというように口を押さえたキーに俺は更に頼み込んだ。


「キー、頼む。俺にその技をかけてくれ!」


「ず、図々しいぞ。真人!儂の力は生き神様の為のもの。お前の頼みなど…!」




「そこを何とか…!これ、お前にやるから…!!」


断りかけたキーに、俺は蜜果飴の皿を差し出した。


「うぐっ…?!」


キーは、艷やかで美味しそうな蜜果飴の前で怯み、ゴクッと喉を鳴らした。






*あとがき*


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