第12話 生き神と贄の真実

「あんたが…俺の前の贄の神山明人…?!死んだんじゃなかったのか…?」


 俺は、目の前の麗しい男の言葉に目をパチクリさせた。


 だって、確かあの菊婆が珍しく慌てて何日も社に泊まり込みで葬儀を執り行い、本当に亡くなった人を悼むように、その後何日か憔悴した様子だったのを覚えている。


 あれが全部演技だったとでもいうのだろうか…。


「ああ。亡くなったのは、私ではない。先代の生き神様だ…。」


 翳りのある表情で、彼は確かにそう言った。


「はあ?先代の生き神様だぁ?」


 俺は思わず聞き返した。


「すんっ。」


 当代(?)生き神=四条灯(18)=長い黒髪の超絶美少女は、涙を浮かべて鼻をすすった。


「先代の生き神様は、今の生き神様の母君、四条心しじょうこころ様。享年は39才であった…。」


「ちょっと待てよ!生き神ってのは、言い伝えでは、何百年も生きているんじゃなかったか…?」


「そんなに長生きできるわけがないとさっき生き神様がおっしゃらなかったか?」


「そ、それは…。」


「生き神は、神の力を継ぐ事のできる、魂の器を持った家系の娘が、代々世襲しているものなの…。私は11代目の生き神。」

「11代目…!?」


 生き神の少女は、厳かに俺に衝撃の事実を告げた。


「生き神が、限りある命を持つ人間だったとしても、おかしくないか?

 島民の寿命は70才だろ?先代の生き神は、どうしてそれよりも遥かに短い寿命しか生きられなかったんだ?」


「そ、それは…。」


 生き神の美少女は、言い辛そうに目を伏せ、先代の贄、神山明人がその先を引き継ぐように説明した。


「神の力を宿す生き神様は、生命力を補給され、存命中は傷は治り、病もなく、毒などは即座に排出され、肉体的には常に健康な状態が保たれる。

 しかし、強大な神の力を授かる生き神様の魂は、激しく消耗し、倍の速さで寿命をお迎えになる…。

 生き神様のお子、つまり次代の生き神様が成長していくに従い、その神の力は次代の生き神様に移って行き、完全に神の力を継承し終わった時が、先代の生き神様は魂の死=肉体の死をお迎えになる時でもある。」


「そ、それじゃ…。今の生き神(娘)が成長して神の力が移って、魂の寿命が尽きたから前の生き神(母親)が亡くなったって、そういう事なの…かよ…。」


 俺が愕然として呟くと、涙を落として生き神の美少女は頷いた。


「かあ…先代の生き神様は、私に全てを託すと言って亡くなられました…。」


 神山明人は、更に生き神の残酷な真実を語った。


「何百年も生きているという信仰を守る為、生き神様は、生まれた瞬間、出生届は出されず、先代の生き神様の手によって、お屋敷の奥で密かに育てられる習わしになっている。

 故に、亡くなるときは、贄の葬儀として出される事になるのだ。


 俺を見て分かる通り、儀式によって、

贄の寿命が削られる事はないし、心身も、何ら損なわれる事もない…。」


 神山明人は、どこか、自嘲めいた口調で、そう語ると、俺に向かっても嘲るような笑みを浮かべて問いかけて来た。


「真人。安心したか…?」


「…!!」


 今の二人の言う事が本当だとしたら、この先贄である俺は、お屋敷に軟禁状態であるとか、生きている内に葬儀をあげられる事になるとか、社会的に死んだような状態にはなる事は確かだが、それによって、心身を傷付けられたり、死んだりする事はない…。



 けど、生き神は…。


 生まれた瞬間から、戸籍にも登録されないまま、お屋敷の中だけで、生き神の役割を果たす為だけに育てられ、学校へ行く機会もなく、やりたい事を見つける事も、友人や恋人を作る事もできない。


 そして、成長すれば、母である先代の生き神の死と共に、自らの命を縮めて生き神の役割を果たす。

 そして、強大な神の力を授かった代償として、次代の子に全てを託し、島の者より三十年以上も短い、寿命を閉じる。


 そんな…そんな事が本当にあり得るとしたら、まるで、みたいじゃないか…?


 生き神の運命のあまりの過酷さに俺が言葉を失っていると、目の前の生き神の美少女は、温かい笑みを俺に向けて来た。


「先代の贄のおっしゃる通りよ。だから、真人がひどい事をされることはないから安心してね?」


 その言い方には嫌味がなく、心底俺を案じてくれている事が感じられ、俺の胸はズキンと痛んだ。


 なんで、そんな境遇に置かれて、他人を思い遣る事ができるんだよ?


 しかも、さっきまでひどい罵声を浴びせて、全てをメチャメチャにしようとしようとしていた俺なんかの為に…。


 俺は生き神の少女の純真な瞳を正視することができず、目を逸らした。


「まぁ、贄の仕事は生き神様の職務をお支えする事…。儀式の内容に関しては、お前が怪しい奴らから教えられた通りで間違っていない。」


「えっ。じゃ、やっぱり、せっ…!!」

「せっ…?」


 思わず声を上げてしまい、キョトンとしている生き神の美少女と目が合ってしまい、狼狽えて俯いた。


「い、いや…。//」


 神山明人は、そんな俺を面白そうに見遣ると、淡々と説明を続けた。


「儀式とは、生き神様が男女の交わりをもって、高めたオーラを神の力で島全体に行き渡らせるよう開放する事。

 それによりこの島の土地の地盤を強化し、この島に生きるものに微量ながら生命力の補給をしてくれるなど、様々な恩恵をもたらしてくれるのだ…。」


「地盤の強化…。生命力の補給…。」


 この島の地盤は、災害で島自体がとっくになくなってもおかしくない位、柔く脆いものと言われている。

 それにも関わらず、今までもってきたのは、

 本当に生き神の儀式の恩恵だったのか…?


 島の住民に大病をするものがほとんどいないのも、その恩恵により、生命力が補給されていないからなのだろうか…。

 でも、だとしたら、島の者の寿命が70というのは、何故…??


 俺の心を読んだかのように、神山明人は、その事に言及した。


「島の者の寿命が何故、70なのかは、俺にもまだ分からん。

 ただ、生き神様が仰られているように、授かった神の力は、高め、与えるだけのもの。人の寿命を縮めたり生気を吸ったりする事はそもそもできぬ。もちろん、双子の精霊にも出来ぬ。」


 俺は、動けずムグムグ言ってる、双子の精霊をチラリと見遣って、少しだけホッとした。


「贄の役割は、他に次代の生き神様をお作りする事に協力する事があるな。まぁ、多少体力はいるかもしれないが、命に別状がある事はない。」


「へっ?」


 それって…、つまり子作りするってこと??


 という事は、つまり…。


 今までの情報を元に、目の前の神山明人と、生き神の美少女を見比べて、俺はごく当たり前な事実に行き着いた。


「えーと、もしかして、あんた方は…。」


「ああ。俺は生き神様の生物学上の父という事になるな。」


 神山明人は、あっさり肯定し、生き神の美少女も小さくコクリと頷いた。


「…!! !」


 お、おおう!!

 次々と明らかになる驚愕の事に俺は目を回すばかりだった。


 神山明人からしたら俺は、娘の手を引っ叩いて罵声を浴びて、泣かせて土下座をさせて儀式をメチャメチャにした大悪人じゃねーか?

 こりゃ、殴られても文句は言えないなと青褪めた。


「これで、取り敢えずお前の知りたい事は大体話してやったと思うが、信じるかどうかはお前次第だ…。

 俺が本当に先代の贄かどうか。生き神様の神の力の性質が本当に言った通りかどうか。

 疑い出せばきりがない。

 生き神様との親子関係はDNA鑑定をすれば、証明できる事であるし、生き神様の儀式の効果については、最近地質学の研究員と連携して調査をしているらしいから、多少のデータであれば見せられると思うが…。」


 神山明人の言葉に、俺は首を振って答えた。


「いや…。信じるよ。俺は、あんたの顔写真を、郷土史の資料や、新聞で見た事がある。」


 そう。先代の贄は、この島で二人といない美男子と言う事で有名だったのだ。


 葬儀が営まれたと聞いて、ちょうど、茜の母位の世代で、その死を痛切に哀しむ人が多かった。

 銭湯のおかみさんなんか、泣き通しで、料金払うのも一苦労だった覚えがある。


 他人の空似と言う事もあるかもしれないが、この人口1500人の狭い島において、同じ顔の人がもう1人いるとは考えにくかった。


 それに、生き神が邪悪な力を持っているなら、今の時間、説得などせず、俺に怪しい術を使って言う事を聞かせればすむ話だ。


 生き神と、先代の贄、神山明人が言っている事が正しいなら…。


 冬馬と、黒いパーカーの人物の言う事が間違っていたなら…。


 俺は、自分が仕出かした事を省みて、大きなため息をつき、項垂れた。


「では、こちらの話は一旦終わりでいいな。

 生き神様…。」

「はい…。」


 神山明人と目を見交わすと、生き神の美少女は、俺に近付き、真正面に立った。


「ごめんね。真人。今の話、人にされるわけにはいかないの…。ちょっと大人しくしててね…。」


「えっ。えっ。ちょっ…!?」


 白くしなやかな手が俺の首に回されたかと思うと、至近距離に超絶美少女の顔があり、俺は目を瞠った。

 驚いたが、何か不思議な力により、彼女を振りほどく事ができなかった。


 彼女の花のような芳しい香りに包まれ、少し紫がかった大きな黒い目が、閉じられていき、妖しく少し開いた桜色の唇が俺に近付いてくるのに瞬きもせず、見守るしかできず…。


「待っ…!んむっ…。」


 やがて、彼女の唇が俺のそれに柔らかく重ねられ、声を遮られた。


「んんっ…んむむっ…。んんっ…。」

「んっ…、んんっ…。」


 うおおぅ!!

 俺のファーストキスがいとも簡単に…!!


 柔らかくて、温かくて、ふわふわして、気持ちいいっ!!


 更に、口内に柔らかいものが侵入し、俺の舌、歯を撫でるように接触してきたとき、熱い何かが俺の全身を駆け巡った。


 ううっ!!

 このお嬢さん舌まで入れてきやがるっ。


 さ、さては、上級者かっ!!


 ハッ。そんな場合じゃない、相手は生き神。

 まさか油断させておいて、今ので何か怪しい術をかけようというんじゃ…。

 やっぱり、黒パーカーの奴が正しくて、心神耗弱状態にさせられるとか?


「や、やめろっ!!」


 その肩に手をかけ、引き離すと、生き神は唾液の糸を引いた口元をペロッと舐めると、ポッと頬を赤らめた。


 くっそ。なんか、その仕草メッチャエロイな。

 こんな時なのに、見入ってしまい、何なら下半身も少し反応してしまった自分が情けない。


「いきなりごめんなさいね…?生き神と贄の事については、機密事項で外の人に知られるわけにはいかないの。今、私達の事を他の人に喋れなくなる術をかけさせてもらいました。」


 !!


 口止めの術?そんな事ができるなんて

 やはり、生き神は恐ろしい奴だ。俺は他の術もかけられているのではないかと疑心暗鬼になって、生き神に問い糾した。


「そ、それだけかっ?俺を心神耗弱にする術とか、魅了の術をかけたんじゃないのかっ?」


「へ?心神耗弱??魅了??かけてないけど…??(というか、そんな術は知らないし…。)」


 目の前の生き神は、長いまつ毛をパチパチさせて、小首を傾げた。


 その仕草もメチャメチャ可愛…、ハッ。やっぱりさっきからなんだか思考がおかしい…!


「ほ、本当か?だっての事、さっきより、数倍可愛く見えて、視線が離せないし、

 まだ心臓バクバクいってるし、何か怪しい術をかけられたとしか…!!」


「え〜と、真人?本当にかけてないんだけど…??」


 片手を頬に当てて、途方に暮れた様子の生き神。(その様子もメチャクソ可愛い♡)


「ふっ…。二十年前を思い出すな…。」


 遠い目をして、ニヒルな笑いを浮かべる神山明人。


「こやつもしかして…。」

「惚れたのか…?」


 冷めた目で俺を見てくるキーとナー。


 無体を働いてしまった可愛い生き神様にキスをされただけで、即惚れてしまう程、自分がチョロい奴だという事に、その時はまだ気付けないで、それぞれの反応を不思議に思うばかりだった。





 *あとがき*


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 今後ともどうかよろしくお願いします。


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