◆ 2・聖女の為に ◆


 誕生会の夜会場には、まだ母が立っていた。

 未だ夕映えの空ながら夜闇には更に輝くよう計算されたライトアップのアプローチ、中庭まで続く彩りも豊かな花のアーチ、草木豊かな庭園に広がるビロードの布飾り――要所ごとに魔法文様が施され、会場全体が春の陽気を醸し出していた。

 その中心で客の挨拶を受けているのは濃紺のドレスを纏った母である。

 顔には疲れが見えるが、生きて動いている様は3、4ターンぶりではないだろうか。


「お母様っ」


 駆け寄ると、一瞬だけ眉根を寄せるも笑みを浮かべて私を抱きしめる。


「誕生日おめでとう、チャーリー」

「お母様……」



 あぁ、お母様……この温もり、何度もの地獄展開ごめんなさい、本当に……。



 いっそ誕生会はボロボロになってもいいから、母は離婚でも何でもしてくれればいい。生きていられるなら、それでいいのではないだろうか。

 そんな想いを抱くも――。



「ごきげんよう、侯爵夫人。誕生日おめでとう、シャーロット」


 父の昨晩のお相手の登場だ。

 陽に焼けたエキゾチックな肌、豊満な肢体――もとい、胸。男でなくとも視線は釘付けだ。

 お相手だと知っている理由は過去の周回時のお陰である。

 母が彼女を刺殺したり毒殺したり、彼女も同じだけの行為をしたからだ。場所は違えど、このような二人の間に立ったのも初ではない。

 どれもロクなエンドを迎えていないのだから、どうにかしなければならないだろう。


「姉様、もうこちらにいらしてたのですねっ」



 いやーーー!!! もう来た!!!!!!



 妹が笑顔で小走りしてくる。

 クスリと笑う愛人、ピクリと頬を引きつらせる母。

 大方侯爵家の令嬢ともあろうものが夜会場で走る不作法に目を付けたのだろう。

 このまま放置すれば腹に一物も二物も抱える女同志の醜い争いになる。



 どうする、どうする?!?! 妹と二人のブチ切れてる女!

 妹の聖女性を汚させるわけにいかないってんなら、私が……いっそ殺るしかないのか?! 何たって聖女性が汚されればルーファの斬殺エンド……私の死か、母の死か??

 ……うん……、私の生存が第一だわ!!

 よし……、ごめんなさい、お母様。好きなだけ殺し合うなり、キャットファイトなりしてください!! ヨーク家が社交界でオワろうとも私が生き残る事が何よりなので!!!!



 そう、人はいつか死ぬ。

 必ず死ぬ。

 そして一般的にはそこで0になるし、その後の展開は記憶してなければなかった事だ。だが、私にはそんな当たり前の安寧すらもないのだ。

 母が死ぬ事は悲しいが、受け入れる準備くらい余裕で出来る。

 意を決して、妹に笑みを向ける。


「ふ、フローレンス! そうなの! やはり急にお借りした場所だし確認をしたくて……そ、そうだわ! 誕生日だからプレゼントが欲しいわっ」


 さりげなく母たちから離れ、妹を他の招待客からも遠ざける。

 そろそろ客も十分に集まったし、父が登場するだろう。そうなれば私も共に、彼らの喝采を受けてお祝いの言葉へのお礼参り行脚しなければならない。


「え?今ですか?」


 キョトンとした顔の妹に大きく頷く。



 今しかない。



 前回の事を思い出せば少しだけ気を引く事ができそうだった。


「これから、フローと呼ばせて頂戴! 切っ掛けが中々なくて今までできなかったけど、姉妹なんだし!? フローと呼びたいわっ、愛情を込めて? な感じでっ。そう、だから、それを誕生日プレゼントに私に寄越しなさいな!」


 フローレンスは無言で聞いていたが、やがてバラ色に染めた顔を俯かせる。


「……うれしい……、姉様」

「ねぇフロー、4月にはあなたも入学してくる事だし、私の友人たちにも紹介したいんだけど、どうかしら?」

「姉様のご学友……、紹介……」



 あれ??



 眉を顰めて、明らかに乗り気ではない妹。

 この場から速やかに隔離だ、と思っていただけに水を差された気分である。



 あれ???

 私の事、ちょっと好きなのかと思ってたのに!? 自意識過剰だったのか?!?!

 そう、そうだよね……所詮私なんて悪役に割り振られた程の元クズ人間……しかもリアルにクソ時代を傍で見ていたフローレンスじゃないのっ。

 なんで好かれてるって思った?!

 あぁ、あの『大好きな姉様にフローって呼ばれて幸せ』って勘違いだったのね!

 本当は『とりあえず嬉しそうに良い気分にしてあげなきゃ』って事ね?!



「いいのよ……ムリしないで。ただの……ただのノリで言ってみただけだし!!!!」


 内心の激情を隠し、血涙を隠すように背を向けた。

 パチンと手を叩く音。


「そうだったんですね、すみません、本気かと思ってしまって!」



 いや、そんな喜ぶ???

 そんなに私の友人に会うのイヤか?



「良かった……私、人と話すのが苦手なので不安で……、私も姉様みたいに思うまま話す事ができれば良かったんですけど」

「……あんた今、友達いるの? ……ミランダ以外」

「え? ミランダはメイドですよね?」

「え、主従の枠を越えた友情は?!」

「枠? 友情? よくわかりませんが、姉様の仰るお友達はいますよ、庭に」



 あ、聞いちゃダメな気配してきた。



「毎朝、おはようって鳴いてくれますし、木の実のおやつを分けてくれたりもするんですよ。普通の人みたいな手はなかったり、足がいっぱいあったりはしますけど」



 鳴く、手がない、足がいっぱい。

 うん、絶対聞いちゃいけないヤツだ、これ。



 昔の私なら『寂しいやつね!』くらい言ったかもしれない。だが今の私は『人間開けずの扉ってあるよね』精神を常時装備している。

 だから笑顔で返せるとも。


「素敵ね、フロー。とっても可愛いお友達じゃない」

「……ほ、本当ですかっ?! 嬉しいですっっ、私、……私とっても嬉しいです! あ、ご学友とはムリですけど、その子とはお友達になりたいです」


 彼女の指はまっすぐに私の小指を差す。



 ルーファと?!?!



「私、蛇ちゃんのお友達も多いんですよ? あなたもきっと他の蛇ちゃんたちもお友達になれま……」


 後半ルーファに話しかけていた妹は、ふと言葉を切る。


「あら? あなたは普通の子たちより『声』が大きいですね? 他の子の『声』はもっと小さくて、曖昧で……姉様、その子をちょっとお借りしても?」


 うん、妹の言っている事が全然理解できません。


「フロー、この子、ペットにしたルーファよ。仲良くなってあげてね」


 蛇を渡そうとするも、ぎゅっと指を締め付けて抜けようとしない悪魔。しばし攻防していると、妹が私の手を取った。


「私に任せてください、姉様」


 問う間もなく、聖女は顔から表情を消して蛇を見下ろした。


「 〈 離れろ 〉 」

 締め付けていた蛇の体から力が抜け、彼女の手に落ちる。彼女はとてもこれから友情を育む相手とも思えぬ態度で蛇を摘まみ上げ、更に平坦な声で――。

「 〈 姉様の手を煩わせるな 〉 」



 震えるわ……、天使ちゃんな妹どこいった? 私の16年目までの人生にいた、あの可愛らしく心優しい子はどこに……。



「これからよろしくね、ルーファ」

「……ふ、フロー……良かったわ、友達に、なってくれて……ルーファも喜んでるわ、きっと……」

「姉様ったら。私こそ、ありがとうございます」


 ニコリと言う妹に混乱しながらもやるべき事を見失ってはいけない。

 妹の持つ性質よりも立場が問題なのだ。


「そっかー、じゃあ、着替えたいから付き合ってくれる?」

「はい、姉様」


 ルーファを返してもらった私はそっと目を盗んで、お母様のいる方向に蛇を投げた。



 頼むぞ、ルーファっ。

 もうあんたの食事に頼るしかない……!



 飾り布にぶち当たって、地面に墜落する姿は見なかった事にする。

 両親が愛憎劇を繰り広げれば、面白おかしく嘲笑の種として社交界に広まるだろう。私はその事に中傷を受けても泣き寝入りする気はない。所詮ウン十回目の誕生会が貴族社会の笑い話として流布するだけである。

 だが聖女性はどうだろうと、さっきまでは心配していた。

 だが――今回はとても大事な事を知ったのだ。

 きっと、フローレンスは多分社交界なんて気にも留めていない。



 結局、前回あの子が殺人をした理由って、私の為って事になるのか……。姉の特別な日を守ろうとした妹の行動って事なら、この誕生会を無事終わらせる必要がある。

 私の傷になるって見せちゃいけないんだわ……!



 母たちの泥沼回避はルーファの食事で――何ならそこら辺の貴族たちも無気力状態に陥らせてくれてもOKだ。とにかく両親のゴタゴタ如きで私は困らないって事を見せていく必要がある。



 そうだ……そうだよ!!!!

 妹の聖女性云々、なんで気付かなかった!? 私がめっちゃ愛してやればいいんじゃないの?! 私には他の事なんてどうでもいいんだよの溺愛コースで!!

 そうすれば、妹も自分が道を踏み外しちゃダメだって思うのでは???



 天啓のように閃いた私の耳に、会場から悲鳴が届く。


「あら? 何かあったのかしら、ねぇ姉様?」


 妹の問いに、私は意識して魅力的な笑みを浮かべた。


「蛇でも出たんじゃない? そんなことよりフロー、今は私の着替え優先でね?」



 お母様……GOODLUCK!




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