◆ 9・聖女フローレンス ◆
記憶にある初めての誕生会は、たくさんの贈り物と祝いの言葉が純粋に嬉しかった。
次第に、その全ては私に向けられた祝いではなく、父や婚約者のご機嫌伺いを含むのだと理解していった。掛けられる祝いの言葉に、内心『ご苦労様です』を返していく作業。
まして16才の誕生日は何十回目どころではないのだ。
ある意味で毎日誕生会な気配じゃない?
まさか……こんなにも、面倒なモノだとは。子供の頃に毎日開いてほしいとか言ったの消し去りたいわ。
夕暮れ時の空の下、開放された門からは次々と馬車が入ってくる。
従僕が出迎えエントランスから広間へと案内すると、父と巨大な魔法陣が描かれたホール。
いくらお金が掛かったかは知らないが、高位の職業魔術師を四隅に配している時点で人件費も中々の物である。
一定数集まる度に第二会場たる別荘地の中庭に飛ばされ、母が出迎える寸法だ。
婚約者とは言え、王子の別荘になど行った事もないので何も分からない――が、安心はしている。なにせ相手は王子なのだから期待していいだろう。
最後の客を移し終えて、私と父も現地に到着する。
同時にあがる魔法の花火。
赤焼けの空にも十分に輝く黄色や緑の火花。
こちらにも魔術師を配していたらしいと知り、改めて金額に震えそうだ。
まさに、婚約者殿はしっかりと仕事をしたのだ。
約束分以上に働いてくれた……のは、わかるっ。
でも、だからってカエルはカエルのままでいいとも言えないし……こればっかりはフローレンス次第な所があるしなぁ。
まぁ? 私は悪役なわけだし? 約束を破ってこそな気が……と思うけども。
早速私の姿を認めた学友の子女たちがご機嫌取りにやってくる。彼女たちを含めた皆が己の将来の為に欺瞞に満ちた談笑タイムを始める。
恐れていた父関連の女性も、母の存在が抑止力になっているらしく目立った行動は取っていないようだった。
それとなく周囲に視線を巡らせてみても母の姿はない。
病気など一夜にして症状が出るものでもない。恐らく、母は数日前から体調が悪かったのだろう。
でも……お母様どこ……、姿ないんですけど……?
どこかで休んでるのかな……。元々欠席する宴だったわけだし。客の応対する手はずって聞いた時は耳を疑ったしなぁ。
母の姿を探す視線の先に、一際輝く存在がある。
その存在は周囲の人間に穏やかな笑みと完璧な作法で挨拶をしながらまっすぐに、こちらへと近づいてきている。
出た!!!!
義妹フローレンス・メイ!!! そして聖女!!! これが聖女!?
「お誕生日おめでとうございます、姉様」
おじさん天使に通じるふわふわ波打つ金髪に混じりけのない碧眼をした美少女――優しい声は『聖女』だと思って聞いてみれば相応しい慈愛深さを感じるし、清らかな佇まいでもある。
薄桃色のドレスがとてもよく似合っている。
正直、私の有名ブランドが作ったレースたっぷり卵カラーなドレスが霞みそうな程だ。
「ありがとう、フローレンス」
この子を聖女に覚醒……といっても、この子すぐ泣くし根性ないんだよね……。
「ところで、お母様はどこ? 外面だけでも取り繕ってお父様とうまくやって貰いたいんだけど?」
途端、潤む瞳。
「待って待って待って、何??? 何で? 泣く事あった???」
「ごめん、なさい……姉様、せっかくの晴れの日に……っ」
そう思うなら、泣かないでーー!!!!
ほら!? ヒソヒソ始まったし?! 私がいじめたってなってるよね、今まさに!
「私、母様に……言ったのっ、でも母様、離婚するって言いだして……」
この子を……どうやって魔王討伐に送り出せって?!?! 天使、頼む! 教えてくださいっっ、こんな気弱なふわふわ娘、絶対無理でしょーー!!!!
「せめて姉様の誕生日が終わるまで待ってって言ったの」
「待って待って? 誕生日が終わる前にってどういう?」
「この後、離婚スピーチするって言いだして」
「え? 私の『お祝いありがとう』スピーチの後?」
「前です」
「なんですって!?!?」
「母様は『どうせ噂にされるくらいならいっそ大々的に宣言して差し上げるわ』なんて言い出して……それで、私……」
普通なら考えもしない事を言い出すのは元王族ならではなのだろうか。
真似できない根性である。
「私、それで……っっ」
フローレンスは言い淀んだまま視線を揺らす。
焦れた私は、フローレンスを置き去りにして母を探してあちこちの扉を開けて回る。今更奇行の一つや二つで傷付く家名でもない。
「お嬢様、どうしました?」
「ミランダ……!!!! いいところに!! お母様っ、知らない?」
「奥様なら、途中から応対をフローレンス様にお任せになってあちらのお部屋に」
「そう、ありがとう! それでついでのお願いっ、しばらく人を近づけないで!!」
「はぁ。分かりました」
奇妙なものを見たような顔をして、それでもミランダは素直に引き下がっていく。
何をしてでも止めなければならない。
恥どころの話ではなく、あのフローレンスの嘆きようから考えて聖女なぞ離脱未来しか見えないのだから――。
気概もたっぷりに部屋に入った私は、足を止める。
潰える気概。
そこにはあってはならない情景が広がっている。
割れた花瓶、転がる母、赤い液体が広がる絨毯――ピクリとも動かない肢体に呆然と意識が吹っ飛びそうだった。
「あ、姉様……ごめんなさい」
追いかけて来たらしい妹の声。
ミランダも彼女は阻めなかったのだろう。
だが、それがなんだというのだ。
聖女が『こんなもの』を見て――。
これはもう、失敗……ってこと???
「……せっかく」
ポツリと落とされる言葉。
「せっかく……姉様の、お誕生日なのに」
ポツリ、ポツリ。
「私、……」
ポツリ――彼女は言葉にしていく。
「私、命日にしてしまったみたいで」
してしまった?
「……あんた、何言って……」
「姉様の誕生日、終わるまで……離婚はダメだって言ったんですよ? それなのに、母様聞いてくれなくて……ダメだって言ったのに……。それで、……気がついたら倒れてました、母様。姉様の誕生日が、母様の命日になっちゃってて……あぁ、どうしましょう。一日ズラします? きっと布でくるんでどこかに置いて隠して。あぁ、そうだっ、病気だって事にしましょう? 流行り病、それならきっといけますね?」
……え、流行り病……、え???
え? 流行り病??
え、ちょっと待って、まさか、いやそんな……!?
いや、色々経験してきたけど、これ初だし怖いし、妹始まって以来の気持ち悪さだし!! でももしかして、お母様が流行り病って、それが元で死んだり病んだりゴタゴタしてたアレら全部のソレって。
「ふ、フロー……」
「まぁ! 姉様!!! 姉様が初めて私を愛称でっ」
手を叩き、頬を紅潮させる妹。
愛称などではない。
ただフローレンスと言おうとして言葉に詰まっただけだ。
妹は嬉しそうに、笑っている。
最初の頃……お母様は流行り病で夜会に出席しなかった。
その病が元で亡くなった。
妹は病んだのは何時だった?? しばらくしてからだったっけ? 何度やり直してもお母様の病死は中々避けられなかった。
殺人犯ルートですらも最後は病で亡くなってきた。
「ねえ、お母様は流行り病じゃないのね? 今は……」
言い直す。
「生きてた時は病気じゃなかった?」
妹は思いついたように大きく頷く。
「病気だった事にしましょうっ、そうすれば問題が小さくなりますね!」
なんてこった……。
おい、天使。
今、ここに、出てこい……。
出てこいよ……これが聖女か????
お母様は病気じゃなかった。
ルートの大半の病死は病死じゃないと判明した事実に戦慄が止まらない。
「……え、と、つまり……あんたは、離婚阻止のために動いた結果ってこと? だよね??」
怖い……。この子、私も殺さないよね???
今までのルートでこの子に殺された覚えはないけど……。
「ええ。だって姉様があんなに楽しみにしていた誕生会なのに、水を差すなんてダメです」
「……そ、うね。私、楽しみにしてた、し? あ、でも、その、お母様は本当に……お亡くなりに?」
あの赤い物は実はワインで、気絶しているだけの可能性だってありえない話ではない。
だが、聖女のはずの妹は困ったように首を振る。
「思わず、だったから、何も考えてなくて……殺したいなんて考えてなかったんです。でも……動くから、何度も何度も……きっと死んでます」
潤んだ瞳から宝石のように零れ落ちる涙。
絵にはなるが、薄ら寒さしかない現状だ。
落ち着け、私……今は冷静に考えろっ、生き抜くためにだ!!!! ここで逆切れした妹に殺されるパターンは阻止だ、阻止、絶対に阻止!
えーっと、何が目的だっけ、私のこのやり直し人生。あ、そうだそうだ、妹を聖女にだ。妹は生きてるし? うん、まだ大丈夫だねっ、イケるイケる!!! じゃ母の死は、妹の聖女覚醒に影響するか?!
それは……っっ。
……知るかぁぁぁぁぁあ!!!!!!
いや、妹が殺した時点で聖女資格失ってますよね???
え、やり直せって??? 冗談でしょ!?!?
私は聖女顔負けの笑みを浮かべた。
「……よし、隠そう!」
出来る事は最早隠蔽しかない。
誰が死んでやり直してやるものか。
聖女覚醒がどんな形で為されるのかも分からない以上、まだこの人生を諦めるには早いだろう。
「ええ。でもどこに隠します?」
「まずは、お母様の遺体がココで発見なんてタダじゃ済まない事態よ! 絶対に見つからないようにしないと!」
「姉様が、そう仰るなら……燃やしましょう」
意を決したように妹は言った。
間違いなく彼女の唇から漏れ出た言葉だ。
もう妹が、本当に分かりません。
聖女って存在すらも理解できなくなりそうです。
「フローレンス、燃やす、ダメです。私、今日誕生日、客いっぱい、派手な事ダメ」
片言になってしまうのも仕方ないだろう。
「分かりました、姉様。じゃあ……」
「何も言わないでー! 私が、何とかします! あんたはホールでお客様の相手! で、ココに人を寄せ付けないで!!!」
「分かりました。でも……」
「でも、なに?」
「さっきみたいに……『フロー』って呼んでくださいませんか」
はにかむ姿に頭を抑える。
天使よ、本当にこの女は聖女か?? 母を殺したんだぞ? 実の娘でなくともかなり可愛がっていたぞ? 知る限り、ものすごく大事にしていたぞ??
それを撲殺して、燃やします宣言するヤツだぞ???
これが聖女でいいのか????
「フローレンス、……愛称は報酬性だ」
「報酬性……」
「呼んで欲しくばやるべき事をやってきてからよ!」
「了解しました、姉様っ」
フローレンスは大きく頷き、部屋を駆けだす。
残されたのは、月明りが射しこむ室内に似つかわしくない母の死体、そして本来は喜ぶべき日に地獄を迎えた私。
あぁ……お母さま、その腹からやり直したい……。
人生が辛すぎる……っっ、私なにやってるの? ねぇ何やってるの??? これ正解ルートなの? 誰か教えて……っ。
遠くで聞こえる上品な笑い声、楽団の奏でる音色――自失している暇はない。
私は死体の傍に腰を降ろした。
「……死んでる、よね?」
一縷の望みをかけて口元へと、手を翳すも息はない。
「あぁ、確実にな」
男の声が思ったよりも近くで聞こえた瞬間、上から伸びてきた手が私の頬を挟み込んだ。
「随分探したぞ、悪徳令嬢」
目の前には、逆さの顔――天地が逆になったように天井に立つ男の姿。
体が浮き上がり、床から足が離れる。
「お前……また、間違えたな?」
呆れたような声の主は深紅の瞳を細めた。
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