◆ 8・王子の呪い ◆



 やるべき事を終えてしまった以上、私にできる事はプリンス・オブ・コンクエストの帰還を待つだけだ。

 私室に戻り、ソファに足を投げ出し、ゴロゴロしている。

 その間、ミランダは一回だけやってきて一言。


「正式契約ね」


 と笑みを見せた。

 あちらはメイド業もあるので、すぐに仕事に去っていった。


 何も起こらない現状は嬉しいはずなのに、逆に怖くなってくる。

 このままでいいのか、今何かすべき事はないのかと頭を巡らしてみても何も浮かばない。足の先からゾワゾワと総毛立つような落ち着かなさが体を支配しているし、不安で爪や周囲の皮を噛んでいる。


 やがて――私は眠りに落ちていた。




「お待たせ」


 アレックスが戻ってきたのは昼前の事だった。

 手には書類の入った分厚いファイルとペン、そして後ろには彼の騎士――ではなく、何故か私も通う聖エルマーシュ学園の生徒会長オズワルド・スライだ。

 艶やかな黒髪、紫の瞳、引き立て役すらもかき消えるほどに美しい容姿をした男は先輩で最上級生でもある。


「ども、ヨーク嬢。流石、大貴族の屋敷は違うな、金目の物だらけで換金したら幾らになるか考えてしまう」


 挨拶もそこそこに、先輩は壁に掛かった絵画や花瓶、ティーテーブルに暖炉の装飾から戸棚の取っ手まで見分している。

 あまりの出来事に、私は熊のように室内を歩き回っていたまま固まっていた。


 全てカエルが悪い。

 言うべきだろう、客を伴うならば。


 視線に気づいたのか、婚約者のカエルは説明を始める。


「専門家として、お招きしたんだ。念書を取り交わす上での見届け役みたいなものかな」

「しかと務めさせて頂く所存。なぁに、必要事項や不正がないかの確認程度だ、重く大きく考えるなよ」

「……え? いやいや、大きく考えるよね?? だって、ちょっと待って、ず、ずいぶん、おおがかり、じゃない??」



 わざわざ生徒会長を呼び出す事か?!?!



「先輩はすでに事業主であり、ボクも色々とご指導ご鞭撻をいただいていたんだ。今回のような念書に、信用の置けない外部の者をいれたくなかったし。……見届け人がいないと、念書も君、破り捨てそうだし……」



 あんたはどんなイメージを婚約者に持ってるんだ。

 いや、突っ込むまい。

 己の不徳は一番私が知っている。



「もういいわ、大体内容もまだ聞いてないのに……というか、ほぼ受けるしかない状況だけども、一応聞くだけは聞くわ。流石にこっちにだって段取りがあるんだから説明はしてもらう、しっかりとね」


 悔し紛れの言葉に王子は頷く。


「分かってるよ、チャーリー」

「でもそれ、先輩にも全部聞かれていいの?」


 ちらりと見た生徒会長は相変わらずの麗しさで微笑んだ。


「信用は金で買えない。何より俺は平民。お前たち貴族の黒い噂を右から左が得策だ。関わるには危険すぎる。むしろ巻き込むな、だが今回は金銭が発生しているので協力はしてやる。だが基本巻き込むな」

「はぁ」


 まともに話したのは初めてながら、麗しの生徒会長像は壊れていく。


「じゃあ、納得してくれた所で念書内容だけど『人間に戻さない』だよ」

「え?」

「未来の妻だし、友達だし、本当はこんな手段を取るのも悪いなと分かってるんだけど、ボクは人間に戻りたくないんだ」



 いや……いつあんたと友達になった???

 というか、人間に戻りたくない????

 そういえば、今までの人生でコイツの人間体見た事……いや、一回、ドS開眼した、あの時に……仮面被ってたけど、一応人間だったっ。

 思えば何で仮面を……。



「あんたと友達? あ、間違えたっ。えー……と」

「あ、チャーリーごめんっ。未来の妻に友達はおかしかったかもっ、ぶたないでっ」

「いや、ぶたない。けども……その人間になりたくないって……私への新手の嫌がらせか、何か??」


 先輩が立ち上がる。


「どうしました、スライ先輩?」


 王子の問いかけに先輩は美しい笑みのまま言い切る。


「お前ら貴族のキャッキャウフフ見てたら虫唾が走る。というか世の恋人夫婦共全員呪われろ」

「え」

「なので、離席する。俺は立ち合い人だが、細かな内容を知る必要はない。内容が決定して、書面段階なったら声かけてくれ」


 部屋を出ていく学園きっての秀才。

 ファンクラブだってあるイケメンは、どうやら何か恋愛に一過言も二過言もあるらしい。


「会長……モテるのに」

「ボクら、仲良く見えるの……??」

「聞かないで」


 二人で大仰な溜息をつく。


「で、アレックス。どういう話なわけ、意味がわからない。普通人間に戻りたいもんじゃないの?」

「ボクら王族は産まれ落ちた瞬間に猊下の洗礼を受けるって知ってるよね? 国教会の。それで一緒に託宣を受けるんだけど」

「知ってる。確かアレックスは『聖なる王として輝く日の下に君臨する』でしょ。有名有名」

「うん。だけど、それは対外向けで……本当は『赤き血と骸の下に世界の覇者となす』だったんだよね」

「……覇者……あんたが???」


 思わずカエルを二度見する。

 カエルも照れたように頷く。


「そう。それで陛下たちも一部の事情を知る重臣も困って困って」


 それもそうだろう。

 自国どころか周辺諸国への外聞も悪い。


「とりあえず文武両道ではなく、武には近づけずに第二王子の誕生に期待してたんだ。ところが弟の託宣はもっと酷くて」

「具体的には??」

「うん、『世界を闇に飲み込む凶星となす』でね」


 もっと救えない。


「期待してただけに全員ガックリきちゃって……それで、ボクは自分を呪わせてカエルになったんだ」

「いやいや、ちょっと話飛びすぎたよね?!?! そこ『それで』と『ボクは』の間くれる???」

「……え、っとボクはプリンス・オブ・コンクエスト、次期国王で、覇者宣告されてる人間としては権力から遠ざかるべきだと思って。とりあえず、風聞から悪くして廃嫡方面に行こうと思って。流石にカエルが国王はちょっとってなればいいなって」

「何でカエル選んだ!?!? しかも無計画!!! 突拍子もない!!!」

「無害そうだし、好みだよね、これは」

「……あ、っそう。いや、ちょっと待って、だったら何で私と婚約した?!」

「それは……王子としてのとりあえずの体面と、君の父上が『それでも全然OK』って」



 なんでだよっっ!!!!



「取れるだけの付加価値は貰っていくから気にしないでくれって陛下と密約交わしたんだって聞いたよ。陛下はボクの呪われ案を全面的に容認してくれてて……」



 クソ親父っっ!!!!

 え、ちょっと待って……私が10才の時にフローレンスは貰われてきた。10才、その頃と言えばこのカエルと初顔合わせをした頃でもある。

 まさかっっ。

 お父様、私を捨て駒枠に……???


 第一王子がカエル姿で廃嫡するも健気に寄り添う侯爵令嬢――心根の優しい令嬢話はウチの家名をアゲる意味も持つ。通常の貴族相手なら婚約破棄でも余裕で取り戻せるだけの権力も地位もある我が家だ。だが王家が相手となると話は変わる。

 ましてコレは王家に恩を売れる最上のチャンスでもある。


 あの父が見逃すはずもない。


 そして我が家の跡取り用には、妹フローレンスがいる。

 いや案外、お父様の浮気は血筋確保の為のバラ巻き作戦の可能性も――出来た子供に跡を継がせ、フローレンスにはだって降ってくる婚姻話はどれもより取り見取りの最高条件だろう。


 ただでさえヨーク家は金持ち、名誉と品格を得たら最強、然も愛らしいフローレンスが嫁にできるとなれば、相手にとってみても血筋など小さな問題だ。


「お父様の事だから、私は人身御供のようにカエルの花嫁決定なわけだ? ホント忌々しいほどの貴族根性だわ」

「君も清々しいほどカエルカエル言うよね」

「うるさい」

「君はきっと……プリンス・オブ・コンクエストとの結婚を望むだろうし、『カエルと結婚するなら死ぬ』というくらいだから人間に戻そうとするだろうなって、どこかで話さないとって思ってたんだ。今回いい機会だったよ」


 怒りで頭が沸騰して、彼の声などロクに意味を持っては入ってこない。

 だが、厭味ったらしく過去の言葉まで引き合いにだされた事くらいは分かる。


「カエルでいたければ、カエルでいればいいじゃない……でも」


 天使の言葉を思い出す。

 勇者が聖女に選ばれるのだとしたら、この『覇者』託宣を受けた男は最高の勇者候補ではないだろうか。

 その場合、カエル姿の伴侶にフローレンスが耐えられるのかが鍵となる。



 あの天使も大穴狙いに賭けてるって言ってた……大穴勇者ってコイツじゃないの?? カエルな勇者だなんて、充分あり得ないくらいって思うでしょ。

 覇者託宣で、カエルで、大穴。

 もう勇者決定でいいよね?!?!

 つまり、フローレンスとコイツをくっつけるのも私の婚約者としての仕事か?

 天使を呪いたいっっっ!!!!



「あんた、フローレンスが好きよね?」

「……別に。むしろ関わったことがないし……」


 困惑を全面にだしているカエル王子。


「フローレンスが好きだったらどうする気よ!」

「いや……妻の妹を好きになるのは道徳的に……」

「道徳とか聞いてない! もし……覇者託宣が案外良い意味で、勇者的に世界救ったりとできる方向だったりで、聖女に愛されたりな未来があったりとか、そんな場合だってありえるじゃない? こんな念書で縛り入れて、未来潰すのアレだと思わないの?」

「えっと、……君が思いの他、物語が好きなのは意外だった」


 核心を避けて話したはずが、夢見がちな乙女扱いされただけで終わる。



 くそっっ。

 今までの経験上、この王子は神や宗教関連の話はダメだっ。

 託宣の話を聞いてよく分かった。

 あの異常な過去の態度は全て、託宣問題からの拒否反応だたんだな?!

 つまり天使に聞いた事をコイツにぶっちゃけるわけにはいかない……っっ。



「ちなみにその呪い、勝手に解けたりしないの?」

「ないと思うよ。あの『魔女オリガ』の呪いだからね」

「魔女オリガ……実在してたのね」

「うん。だけど、チャーリーも知っての通り『あの』オリガだから。解こうって気も失せたんじゃないかな……」


 魔女オリガ、別名『魂の放浪者』――人間ではないとも言われている謎多き魔女。



 カエル云々は……魔女オリガに関わりたくないとか、そんなんじゃなくて……うん、今すぐ結論を出す話でもないって事で……。



「分かった……『あんたの意思で人間に戻りたい場合は戻る』ってのも付け加えるなら念書OKしてあげます」

「ならないと思うけど、ありがとう……」


 こうして私たちはスライ先輩を呼び戻し、念書を認めた――血印まで交わして、だ。


「そろそろ魔導士たちが陣を完成させる頃だ。行こうか」



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