◆ 3・発芽 ◆


 馬車の床には死傷未遂な加害者中年男。

 向かいにはミランダ。

 隣には悪魔。

 所狭しと詰められた旅行鞄――中身は父の用意した買収用金貨。


「何のつもりだ、お前らっっ!!」


 起きた男が足元で、怒鳴り散らす。

 この男とは気絶する前まで話を戻す必要がある。それも穏やかで広い心を持って、だ。


「おじさんは『信用度』ランクが落ちたから怒ってらっしゃるんでしょ? でも雇い主が派遣元に出す評価ですよね? 本人にはいつ出されたかの通知すらされなかったような……」


 かつて傭兵登録した頃の事を思い出す。

 結局は任務遂行時の言動や仕事ぶりでの判断になる。意外とこの信用度で雇うか否かが決まる為、重要度は高い。



 で、当時の私は買ったんだよね……信用度。

 アレには抜け道があって、任務不達成でも見合った賠償金払えれば信用度ランクに変動なしなんだよね。特に後見人とかいると更にGOODで。

 ……あの時も、お父様に感謝したっけ。



「おじさんはどうやって知ったんですか? 確実に先輩が信用度ランクを下げたってわかったんですよね?」

「……わかった」

「なんで?」


 ここは聞いておかねばならない。

 今後の先輩殺害犯出没量は、私の危険度に繋がる事象だ。


「あいつの仕事以降、全然雇われなくなっちまって……聞いたんだよ、よく当たるって呪い師になっ、多分!!」

「まじないし?! 多分?! え、どゆことよっ」

「だかーらー……酔ってたんだよ」



 ちょっと待て……そんな不確か情報で人殺そうとしたのか、このおっさん!!

 信用ランク買ってやろうと思ったけど、考え直そうかな……。



「お嬢様、酔ってたら仕方ないのでは? イライラしている所へ腹の立つ言動や情報が入れば、誰だって衝動的に人を殺したくなりますよ」



 ミランダ、あんたの言葉、説得力ありすぎて怖い。



「そ、そぅね……。うん、えー……と、おじさん、そんなに酔ってたの?」

「……覚えてねぇから、そうだろうな」


 おじさんは投げた物言いで、顔を背けた。


「まぁいいや……。おじさんは私が雇ってあげるよ。ついでに後見人になってあげる」

「なんで……嬢ちゃんが、そこまで……あぁ、あいつの」

「違います。恋人じゃないです。でも、交換条件は先輩への死傷行為を止めてもらうってパターンですけどね」


 格別の待遇に何かを勝手に悟ろうとしたおじさんに、食い気味で否定した。

 顔のイイ男が嫌いになりそうだ。

 何かあるたびにファンとか好きとか勝手な枠組みに入れられそうになるのだ。



 あんなシスコン男となんか、絶対に誤解すらされたくないわ。



「……役所は、いかないのか……? 俺は、その……嬢ちゃんをナイフでっ」

「死傷未遂事件の犯人だって? もちろん突き出しません。私の騎士が止めてくれましたし」

「きし?? 俺様、きし?」

「まぁ、いつの間に雇ったんですか、お嬢様」

「やとう?! 俺様やとわれてんのかっ!」

「おじさんは犯罪を犯さずに済んだんですから、わざわざ届ける必要もないでしょ」


 二人を無視して告げれば、おじさんの目から涙が零れた。


「俺……酔ってたからなんだろうが、本当に行動を起こそうなんて思ってなかったんだ……っ、しかも無関係の嬢ちゃんを……すまねぇ!!」

「あー、いえ、お気になさらず」

「……止めてくれて、ありがとよ……兄ちゃん……っ」


 私の心には少しも響かない悔恨めいた言葉とルーファへの礼。

 ルーファに肩を叩かれる。

 見やれば、満面のニンマリ顔。


「聞いたか?」

「何を」

「俺様『兄ちゃん』って! やっぱ人間でもよ、ある程度生きてっと分かるんだよな、俺様のにじみ出る大人感っつーの? 年齢? そういうのだよ、お前もちょっと考えてしゃべれよ? 俺様、心広いから一々めくじらたてたりはしねぇけど!」



 なんだろう、孫でもみてる気分になってくるわ。

 いた事ないけど……。



「そーだねー。あ、ミランダ、このまま例の情報屋集団な会社行って……」



 ん? 待て待て、私も行くべきだわ!

 時間空きすぎて、すっかり忘れてた……っ。



 そもそも情報屋に自分から接触しようとしたのは、時間の交差点のような場所だったからだ。

 毎度、そこに行くイベントはあるからだ。

 イカの事件以来、事務所が移転していて辿り着けなかった場所でもある。

 父の金入り鞄と共に住所の紙がなければ今日も辿り着けなかったかもしれない。



 必ず寄るE地点は自分からは辿り着けないんだろうか?

 イカには遭ったが、あれは遭っても遭わなくても起きる被害だったし時間軸にも幅があった。

 うーん、わからない。



「お嬢様?」


 訝し気なミランダに慌てて言葉を付け足す。


「あ、いや、買い取りの段取りしてきてよって頼もうと思ったんだけど、私も行った方がいいかなーって思い直して」

「お嬢様。託されたお金ですから、取りませんよ?」

「そういう心配はしてません。お父様の言う通り、理由は私の所為でいいからさ。それなら、私が現地でそれっぽい態度とった方がいいかなって思ったのよ」

「どうでしょうね。所長は、お嬢様に会うべき時が来るまで、会わないかもしれません」

「それって……」



 なに?

 会うべき時を相手が決めてた???



「それに、お嬢様は午後の歓迎会までに学園に、でしょう? 今から組合にも顔を出すなら私一人で向かった方がよいかと思いますが」



 私は空気が読める大人だ。

 これは来るな、だよね??? 従っていいものか、ちょっと悩ましいがここは天使の助言にもあった『殺す人間キーパーソン』説で、スライ先輩関連を優先するか。



「おじさんの登録先って組合の傭兵部門よね?」


 嗚咽をかみころし、おじさんは頷く。


「じゃ、私はおじさんと組合に行ってくるわ。通り道にあるし、護衛依頼だして受注してもらってくるから、このまま馬車使って」

「お嬢様はどうするんです? 歩くんですか??」

「……辻馬車拾うわ。ちょっと寄りたいところもあるのよ」

「はぁ、分かりました」


 ミランダはそれ以上つっこまなかった。

 傭兵組合の前で降りた私たちはミランダの乗った馬車を見送って、手順通りの手続きをする。

 だが――。

 それはVIP待遇の応接室で依頼書にサインを書いていた時に起きた。


 轟音が響く。

 クッションの良いソファにいながらも体が微かに跳ね上がるほどの衝撃だ。


 吹きっ晒しの世界に私は座っている。


 家屋は倒壊し、木屑が舞っていた。

 私の周囲は半円状に取り残され、それ以外の世界が壊れている。

 少し離れた位置には、先ほどまで依頼書の説明をしていた職員が血を流し倒れている。


「る、ふぁ……、何が……」

「アレじゃね?」


 ルーファの指先を辿れば、猪だ。

 巨大猪が世界を蹂躙するかのように走り回っている。


「待って……、これ」



 どういう事……?

 イカじゃないじゃん!!! イノシシじゃん!!!!!



「んー、あぁ、これが有名な『神の計略』か」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る