◆ 4・神の愛 ◆


「ルーファ、止めてきて!!」


 放心したのも数秒の事。

 建物レベルで大きな猪が好き放題駆けずり回っているのだから、今はルーファの謎発言よりも現状の打破だ。

 スライ先輩の妹ドロシーがいる王立寄宿学校は私のいる場所からも近い。


「早く!!!!」

「え、俺様が??」

「言ったでしょ! 狂ったシスコン男スライ先輩がヤバい爆破男にモードチェンジするのは、妹の死からって! スライ先輩は私殺害のトップ3なのよっっ、あんたまた餓死寸前に戻りたいの?!」


 餓死発言が効いたのか、私に背を向けて猪を見やるルーファ。


「餓死じゃねぇ、飢餓」


 彼が手を天に向けて上げ、人差し指を立て――猪に向ける。


「 ボンッ 」


 笑いさえ含んだ声――同時に猪が弾ける。

 それが暴虐の終焉。

 遠目でもソレと分かる、肉が雨となって周囲に降り注ぐ。

 あまりのあっけなさに言葉を失った。



 ボン……って……?



「……え?」


 今なお、『雨』が見て取れる。

 黒い灰と生白い塊が、軽さと重さの対比ができるようにヒラヒラとドシンと落ちていく。

 血糊がないだけ救いかもしれないが、あの多量のゴミをどうするのか、埒もない事が頭を駆け巡った。


「食べやすいように『中身』は燃やしてやったぞ?」

「な、かみ?」


 ルーファの手が、猪に向けた指先が――私の腹を指さす。


「そこにつまってるモンとか、だよ。人間は喰うときに、手順が長いって聞いてるからな! 俺様流の気遣いってやつだ!」

「……さっきの、何? 魔法?!」

「あぁ、『ボンッ』?」


 不覚にも体がビクリと反応した。

 先ほど猪に向けた指はこちらを指しているのだ、当然の反応だと言いたい。対するルーファといえばどこか偉そうにふんぞり返っている。


「かっこいいだろ!」

「それ魔法なの?! 呪文は?!」


 普通魔法は、範囲と属性と発現方法を指定して使うものだ。

 定型文のようなもので、力のある魔法使いなら多少外れた呪文でも使用可能だったりする。だが、無詠唱は流石に聞いた事がない。


「魔法は人間特有のもんだろ。四大魔王の力を欲のエネルギーで引き寄せて魔素と練り合わせる。そんな面倒な事すんのは、人間くらいじゃねぇか?」

「……え?」



 4??? 4人の魔王??



「なんだよ?」

「四大魔王?! 四大精霊じゃなくて?? ってか、魔王一人じゃないの!?」

「……んん? 精霊でも魔王でも一緒だろ? 呼び方は何でもいいし。あぁ、でも聖女が討伐する魔王は昔から一択だし、そっちが『人間にとって』の魔王だな」



 なに、どういう事……、いや、待って待って! 今やるべき事そこじゃないっっ。

 この惨状……だわ……。


 ルーファの要領を得ない説明は後ほど言及する必要がある。

 勿論、私が死ねば誕生日逆戻り効果でこの惨状は回避できる。だが、イカを避けた結果がイノシシだ。何がどうなって死傷者が出るのかは推測もたたない。



 今はとにかく、この破壊された街と死傷者の救護……!



「ルーファ! 回復とか蘇生とかそういう悪魔版の魔法的なアレ使える?」

「スケルトンとかにチェンジしていいか?」

「ダメだね!!!!」


 真面目な顔してとんでも発言をかます男に怒鳴る。

 悪魔に常識を求めるだけムリなのは分かっていても、脳みそ揺れるくらいにガクガク揺らしたい気分にはなる。


「じゃ、俺様ムリ。悪魔だし、そういうの聖女の仕事じゃね?」

「え?! あの子には魔法の才能0よ!!!!」

「……だろうな?」

「じゃ何で言ったし!!!」



 フローレンスが聖女の役割ってので、一番納得いかないのが回復魔法一つも使えないからだし!

 だから、聖女の役目って勇者決定とか特殊なもんだと思ってたわ!!!



 ルーファは不思議そうに首を傾げた。


「いや、聖女が四大魔……四大精霊の力を使うの自体できるわけねぇじゃん? 善なる光の結晶なんだし。別の要素が入るわけねぇよ」

「え、そなの? え、でも回復魔法は」

「聖女は『光』で『生命』で『善』なる者の象徴だ。今は闇分が強すぎだけどな、ちゃんと覚醒した所で殺せば、世界は光に祝福されて死者すら蘇るも……」


 思わずルーファの胸倉を掴んでいた。

 色々聞き捨てならない。


「待って、聖女殺すの……?」

「……俺様が殺るわけじゃねぇぞ?」



 私がこれだけ死に戻りして?

 苦労して?

 まだまだ苦労する予定で?

 全ては聖女覚醒させる為でさ、箱庭刑とかいう狂った状態におかれてさ、悪魔にまで殺された経験あるっていうのに……。

 なのに……挙句に、その折角の努力の結晶を!!!!!



「殺すですって……? 何それ、笑えない……!」

「お前……最低な人間だと思ってたけど、案外イイトコあったんだな? むしろ知らなかった事に俺様ドン引いてるけど……」

「ルーファ、なんで聖女殺すの?」

「そりゃ一般的なコト言うと『神の愛』だろ。俺様たちは一連の流れを『神の計略』って呼んでるけどな」



 呼び方とか、どうでもいいっ。



「聖女殺すと溢れ出る浄化力があってだな。それ使って獄界を封じるんだよ。地上にも配分的に数百年の余暇的な楽園? 聖女と魔王が消える事で『中』に溜まってた魔素と聖素が広がるから、寿命は伸びるし死者復活とかも起きて過ごしやすくなるし? 約束されし『神の愛』放出期間だわな」



 神の愛……。



「だからまぁ、今回死んだ人間の事は気にすんなって元気づけてやろうと思ってだな。後で蘇るし? さっさと覚醒させちまえばこっちのもんだぜ! まぁ俺様には直接関係ねぇけど、食事は増えるし? 俺様にも旨味がないわけじゃないないっつーか。まぁ数人死んでも復活さえすりゃ帳尻合うだろ?」


 つらつらとしゃべり続ける悪魔はこの際、無視だ。



 神の計略だか愛だか知らないが、迷惑が……過ぎる。

 はっきり言って、私はフローレンスが好きじゃない。別に特別嫌いでもないけど……。

 でも違わないか? これは。



 天使のおっさんを思い起こす。


「まぁ……私、悪役令嬢、らしいし?」

「お? おう! らしいな!」


 気を使って悪魔が相槌を打つ。

 悪魔だが、本当に悪いヤツではないのだ。



 そうだわ……、私って『悪役』令嬢だったわ……。

 悪い事OKですよね??

 最高じゃないの、今こうして『神』『絶許』思っても『悪役』だからOKって事ですよね?? そもそも恨みしかなかったけど、今回のコレで確定した気分だわぁ。

 いいじゃないの、『悪役』枠。

 今初めて思えたわ。

 悪役ハレルヤ!!!!

 私もあんたらの望む通り、悪役の道を歩こうじゃないの……。



「あんたら悪魔って、天界に進軍したいんだっけ?」

「おう! エルティア神を元の場所に返してやりたいしな?」


 問いかければ、ルーファは素直に返答した。


「地上は通過点?」

「おう! 俺様たちの食事場だし、なるべく破壊しない方向だな」

「なら……スルッと『通過』させようじゃないの!」

「え、いや、それができねぇから俺様たちもアレコレ苦労を」



 方向性、分かったわ。

 私がやるべき事も分かったわ。



「うん。そうね? 話が分かる人間がいなかったのよね? 私、話分かります。決めました。世界征服してでもあんたら悪魔を天界に素通りさせてやろうじゃないの!」

「本気か???」

「本気よ。魔王とか、なんで人間が処理しなきゃいけないの? 信仰してもらってんだから神がすればいいじゃん! 天使悪魔もそうよ、私たちの邪魔にならないトコでやってほしいのよね!」



 いっそ神も天使も、全員地上に落ちてきたらいいんじゃないの?? 人間様に、人界の厳しさっつーのを教えてもらうといいわっっ!

 地上のヤバさ、なめてんじゃないの?!

 どこに死への近道転がってるか分からないこの世界、味わってみたらいいわ!!



「決まったわ。私『悪役』令嬢を受け入れたわ」

「おう、おめでとう?」



 目指すは『上』!

 おっさん天使、待ってなさいよっっ。まずは箱庭刑の仕返しに、悪魔を送り込んでやるから!


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