◆ 2・調査会社 ◆


「お父様、ごきげんよう」

「あれ? 娘1、学園はどうしたんだい? 早くに出たって聞いたのに……まさかっ?! これが噂の登校拒否?!」

「違いますね」


 柔和なナリの父は、まさに出勤前だった。

 朝から出戻った上に見知らぬ二人の男――しかも一人は気絶中で、もう一人に担ぎあげられている――を前にしても全く取り乱していないあたりが、意外と傑物かもしれない。

 なにせ担ぎあげてるのは悪魔でされてる側は死傷未遂事件加害者だ。

 更に言うなら、私の提案を一笑に伏したので気絶して頂いた次第である。



 ええ、ルーファにやらせました。

 世の道理が分かってない小娘扱いされたんで!!!



「お父様、お願いがあります」


 本来エントランスで話すような事ではないかもしれないが、どうせ家の中の事など家人には全て筒抜けになるのだ。


「お金かい?」

「ですね!!!!」

「いくら?」

「私、カエルと結婚するじゃないですか? あと数年したら」

「殿下、とつけようね。でもそうだね」

「私には出奔とかの未来もあり得ますよね?」


 父は少し考え、頷く。


「そうだね、ありえるね」

「そこで私『しない』と約束しましょう」

「娘よ……、一体いくらほしいんだい?」

「確実に結婚してさしあげるので、ある会社を買い取って欲しいんです」

「NOです」


 父の笑いを含んだ目が、一瞬で切り替わっていた。

 冷徹な眼差しでNOの宣言。


「お前に経営とか絶対無理だし、お遊びで会社買い取って負債とか笑えない。父様、お金あるけど、そういうお遊戯は許可しません」


 確かに父の言い分には一理ある。



 会社経営した事ありませんし?!



「ところで、娘1はどんな会社を買い取ろうとしてたの?」

「……信用調査会社みたいなとこ」


 父はまたも少し悩む素振りを見せた。


「理由を話してごらん」

「私、ある理由から雇ったんですけど、内容クソだったんです」

「おおっ、知らなかった。よし、裁判しよう。父様がもぎり取れるだけもぎり取って……」


「いらないです。ので、ちゃんとした情報持ってくる場所を自分で作ろうかと……この際、犯罪スレスレでも片足つっこんでもいいじゃないですか! 魔法駆使すれば、盗聴、盗視、ストーキング、家宅侵入、相手の全てを丸裸にし秘密など全て暴いてっ、ねぇお父様、信用のおける情報ってホント大事だって思い知ったんですよ、私? 命に関わる場合がかなり、……かなりっっ、ありますから!!!」


「娘1……お前に一体何が……。え、金銭トラブル? 権力系? ちょっとでもいいから父様に話してみない? 何なら母様の方でもいいし……?」


 心配げな父の『心配』がどこに掛かっているかは追及しないのが無難だろう。

 私30、家70と見たのも内緒だ。


「信用調査ねぇ。じゃあ、お前以外のしっかりした経営者が代表してくれるなら、出資してもいいよ」

「経営者……、経営できる人って事?」

「当たり前だよね」


 すげない言葉に頭を抱える。

 そんな知り合いはスライ先輩くらいしかいないが、その先輩はすでに恨みを買いまくっている経営者だ。これ以上のゴタゴタは勘弁願いたい。


「カエル、ダメかな?」

「殿下が信用会社経営してどうするの。バレたら秘密警察だの謀反だの色々面倒な事になるでしょう」

「じゃ、お父様の知り合いで」

「イヤだよ」

「即答?!?! さっきの娘への心配はどうなったの?! 30すらもないの?!」

「30? 父様だって世間体あるし、信用会社はちょっとだよ。だからお前にも代表になってほしくないんだし」

「世間体と娘、どっちが大事なのよ!!!」

「世間体だよ!?」


 父のきっぱりした発言。

 しかも悪びれもせず続ける。


「世間体あっての、社会と権力だよ。お前がスクスク育ったのも、父様が世間体を守ってきたからさ! 世間体の大事さについて、父様、半日でも一日でも議論できるからねっ」

「……そんなのおかしいっ!」

「父様の女性問題も他人事として嘲笑したりすり寄ってきたり、距離をとったりされるよ? でもね、信用調査会社で犯罪スレスレ行為始めますっていうのは流石に。そりゃ標的になるよ。個人の失態で掻く恥とは別物さ」



 でも、どうしたら……。



「だから……うん、ミランダにでも頼んだらどうだい?」



 は?



 振り返った先では箒を持つミランダが固まっている。


「だ、旦那様? なぜわたくしなどが……」

「あれ? 娘が買収予定の調査会社って、君たち教団が運営してる所かと思ってたよ」

「お父様……、なんで」


 私は言ってない。

 何も言ってなかった。

 ミランダの驚きっぷりかも彼女自身が話したわけではないと分かる。



 ってか、教団が運営してたの?! そりゃミランダのアレもコレも正しいの入ってくるわけないわっっ!! いや、待て待て、やばくね? ヤバいよね?! これ、逆上殺人タイム入るんじゃっっ?! 

 いやいや、ココにはルーファがいるっっ!!!



 チラリと見れば赤目のイケメン悪魔は加害者を放置して、庭散策中。



 おいいいいいい!!!!!

 気絶してるからって、放置していくとか……ってか、こっちみろ!!!



「私、内務大臣だよ? 国内の色々知ってて当然でしょ。まして自宅に『何が』いるかくらいは調べてるよ。私、娘と違って『ちゃんとした』秘密警察隊もってるし」

「え?! お父様!?」

「貸せないよ? だからミランダ、君が我が家に損害を与えた場合には、適切な処理が行われるよう手筈も整ってるんだ」



 マジか?

 じゃ、今までの世界線で私を殺した場合のミランダの最後って……。いやその時点でループスタートだから『その後』自体がないのかもだけど。

 あと、教団の方も結構な目にあったかもなのか。

 数年ぶりに思えるわ……お父様、ナイスです。



「では、……旦那様は、私が……教団員とも知ってらしたんですね」

「うん。まさか娘が教団員調べるのに、教団員経営の信用調査会社に依頼するなんて、思いもよらなかったけど」



 なんだろう、ザクザク心に刺さるこの感じ……。



「私が娘さんを殺してたかもしれませんよ?」


 ミランダが笑うが、私は笑えない。

 この時間軸では大丈夫だったが、他軸でかなりの回数死亡した身の上だ。


「報復は正義だからね。お互い様でいいんじゃない?」



 よくないですね!!!



 私がさんざん死に戻りをしていなければ、父を殴ったかもしれない。残念な事に、私はもう出来た人間になってしまっていて、心のツッコミ一つで終わらせられる寛容さを身に着けていた。


「待って、お父様。じゃ、その会社買い取っても私の自由にできないんじゃ?! 教団員が教団と教団員の為に作ったわけですよね??」

「そうだね。だから買い取るのはOKだよ」

「なんで?!」


「昔教えたでしょ。敵は懐近くに置きましょうねって。じゃお金は後は届けるから、ミランダに買わせておいで。理由はお嬢様の我儘あたりでいいんじゃない? リアル『鏡よ鏡』がしたいとか、ちょっと夢溢れるお姫様設定がいいかもね? 娘1の我儘性悪ぶりは結構有名だし、……おっと、父様、もう出仕しないと」



 待て待て、ミランダとは確かに手を組んではいるけども!



「あ、ミランダ。君のお姉さんの介護人、私の密偵だから」

「……脅しですか」

「脅し? ハッハッハッ! 成程、ローズが言ってた意味がちょっとだけ分かったかな。成程、脅しね」


 父はきょとんとした顔をして笑いだすも、私とてココで母の名が出た不思議に、首を傾げる。


「ローズが言ってたんだよ。効果的だって、でもね、只の事実がなんで効果的なのか分からなかったんだけど、脅しになるんだね。面白い。私、仕事もだけど爵位もあるから、時には我が子よりも優先すべき事柄があるけどね。確実に復讐はするよ」


 馬車に乗り込む直前、父は前庭を散策中の悪魔に「ルーファ君の食事ってミミズとパンどっちがいい?」などと聞いており、本気で寒気が走った。



 どこまで知ってるんだ、お父様……!



「み、ミランダ……?」


 距離だけは取って、声をかける。

 相手は蒼白な顔でこちらを見て、嘆息づいた。


「お嬢様、お金が届いたら行きましょうか……」

「そ、そーだねー……」

「……あんた、この未来も見えてた?」



 もちろん、というのは簡単だけど……。



「私だって、全てを見えるわけじゃない。特に身内の事は……あえて見て見ぬフリする部分あるでしょ、家族は特に」


 素直な発言に、ミランダは成程と頷いた。


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