第三章・成分表
◆ 1・波乱の入園式 ◆
妹が、ついに……入学してくる!!!!
フローレンスには、これから一年の間に聖女として覚醒して貰わなければならない。だが、それがどれほど困難か、私には分かっているく。
なぜなら私――シャーロット・グレイス・ヨーク始まって以来の、最多殺害犯も入学してくるのだ。
問題の大部分はどうやって『あの男』から生き延びるかに掛かっている。
おっさん天使の話では聖女フローレンスが勇者を選ぶという話だが、絶対に選んでほしくない人物だ。
「姉様、おはようございます。一緒に登校できるの嬉しいです……」
うっとり言う妹。
言っておくべき事をいってやるのだっ。
ここ数日考え続け、出た結論……これしかない!!!
「フローレンス、良く聞きなさい。私は一緒に登校しません!」
「え? 同じ場所なのに?」
「……フロー、今からあんたが通う学園はね、とても恐ろしい野蛮な場所よ! 気を抜いたら殺られるわよ!!!」
「そ、んな場所に……姉様は通ってらしたんですか……? どうしてそんなに」
「私もそう思う。治安の悪化は今日からよ。今日からなのよ! いいこと? 絶対に『してはいけない』事を言うわ」
ゴクリと唾を飲み込み、真剣な目をするフローレンスに、私は宣言する。
「私に近寄らないで」
「え?」
「前回、私があんたに友達を紹介しようとした時、断ったじゃない? カエル王子にも言われたのよね、姉や兄の友達と関わりたいと思う弟妹はいないって! 言われてみればそうかもしれないと思ったわ」
「はぁ」
「私に兄や姉がいて同じように言われたらイヤだし。だから学校では一切の関係を封じようと思う。私もあんたの友達に絶対に関わらないから、そういうつもりでよろしくね!」
「はぁ……それは大丈夫ですけど。姉様、今体調悪いんですか? 何だか顔色が……。あ、もしかして今日はお休みされるんですか?」
体調が悪いかって??
悪いに決まってる!!!!
くだんの最多殺害犯は、フローレンスの友人となるのだ!
「……大丈夫よ、フロー」
「最近、船遊びにハマってらっしゃったし……今日はやっぱりお休みになった方が」
イカをムカデが海に沈めた日――念のためと、その後も船出の約束をして実際に何度も船出した。
大体カエル王子が付き添いでハトと共に来たし、ヘビ姿な悪魔も一緒だった。
だがアレ以降、モンスターの姿はなかった。
得た物は疲労のみである。船酔いしない体質だったことがせめてもの救いといえる。
「いいえ! 無関係でやっていくとは言ったけど、一応それでも大事な妹である事に変わりはないんだからっ、見に行きますとも」
「姉様……っ。嬉しいですけど……大丈夫ですか?」
「ええ」
そう、そして監視する!
放置なんて危険すぎる!!!
やるべき事をやったら、即効で戻って遠巻きにフローの監視! そして、くだんの男の監視!!! できればフローに近づく事すらも邪魔してやるっ。
だが、まずはスライ先輩だ。
殺害トップ3の一人スライ先輩に関しては、あのイカ討伐で大丈夫になったと思いたい。先輩の家族が元気=私は死なずに済むの図式は間違いないのなら、だが。
妹が馬車に乗り込み学園へと向かう様を見送り、私は別の馬車を用意していた。
不安は少しも晴れない。
フローレンスの予定としては午前中は入園式からオリエンテーションと続き、歓迎会などに移るが、まずは入園式である。
これには全学園生徒が出席する。
そして、よくあるパターンとしては――スライ先輩の乱入からの爆破魔法で終了。
もちろん、時間はまちまちだ。
学園長の長い話の最中だったり――基本系が生徒会長=乱入者で――副会長の挨拶時だったり、歓迎会の最中もあった。
時間幅は割と広い。
フローレンスが死んだら終了だから、結局休ませるか、一緒に登校して監視するかしかないのよね。
だけど、もう一つ……。
「ここに向かって」
御者にスライ先輩の家に印をつけた地図を手渡す。
これはカエル王子に用意して貰ったものだから間違いはないだろう。
先輩の家族が無事である事は昨日の時点では確定情報だった。
だが念には念を!!!
今度こそ、成功生存の道を進んでやるっ。
オズワルド・スライ――生徒会長にして文武両道、学生の身で人材派遣だか保険だかの会社を始めた傑物。取り巻きも多く、ファン多数の男だ。欠点は重度のシスコンである事くらいだが、それこそが一番重要な彼の問題点で、彼をとんでもない馬鹿な男に変えてしまう。
朝から平民街の一角、二階建てのアパートメントに横づけした馬車。
集合住宅地が立ち並ぶだけあり、朝から通行の邪魔とばりに迷惑そうな市民の顔もちらほらとあった。
一人、階段を上り、部屋をノッカーを鳴らした。
程なく扉を開けたのはオズワルド・スライ本人だ。寝巻姿の先輩は明らかに、起き抜けの顔で、寝ぐせだらけの髪をしている。
私を認識し、当惑顔の先輩。
可笑しい……、圧倒的に可笑しい!!!
確かに私はフローレンスを「何が起きて遅刻に繋がるか分からない」と御託を並べて通常の一時間は早く家を追い出した。
だが、優等生の生徒会長ともあろうものが、我が家より少し遠い位置にあるのに――。
今、起きた??? だと????
「先輩、妹さんはどこですか?」
「ドロシー?」
「重要な事です、妹さんに会わせてくださいっ」
彼を押しのけ室内に入り込む。
騒ぐ彼を無視し各部屋を見て回るが、巨乳妹の姿はどこにもない。
「なんなんだっっ、ドロシーがどうした!?」
どういう事???
明らかに……狭いっ!
二部屋とバス・キッチンルームしかないのだ。
しかも一部屋は明らかに先輩の部屋だろうが、もう一部屋は書類や本棚で足の踏み場もない。
どこもかしこも雑然とした室内で、とても年頃の妹が同居しているようには見えない。
一般家庭にメイドなどがいない事は私とて知っているが、これは流石にない。あり得ないレベルの汚さだ。
というか――。
「先輩、妹さんは? ご両親は?」
「さっきから何だっ。ドロシーは寄宿学校だが? ってか、何で俺の家知ってんだっ、いやそこよりも、ドロシーに何かあったんじゃないだろうなっ?」
「いや、先輩の妹のことなんか私、知らないです。で、ご両親は?」
寄宿学校……まさか先輩と同居してなかったなんて……。
今から寄宿学校の方に回るべき??
「両親なら、融資する事にしたピアソン家にお邪魔してる。事業主や監査は俺だが、現場の実務は両親に任せてるからな。見た目年齢への安心感ダンチだし」
「ライラの家……」
親友ライラ・中略・ピアソンの家といえば海からは遠い。
海から襲来系なモンスターによって先輩の家族が襲われる心配はないだろうし、仮に襲来しても途中の町々が被害に遭っているうちに、逃がす事はできそうだ。
と、なれば後の心配は彼の妹ドロシーのみだ。
「見に行きましょう! 妹さんを」
「……お前、頭は大丈夫か? 今日は入学式で、俺は挨拶しなきゃならん。その為にスピーチ書いたしな」
「ちなみに妹さんの学校どこです?」
「聞けよ……。王立の方だ。場所は分かるだろ?」
私立と違い、王立の寄宿学校といえば街に一つしかない。
「私が様子見にいってきます。先輩は確実にスピーチなさってください。ついでに入学したウチの妹もしっかり見てくれると助かります」
「……そうか、お前みたいなヤツでも妹は……。なんだ、仲間だったんだなっ」
お前も妹大好きだなって?? 違いますから。
先輩は何かを誤解している。
だが訂正するのも面倒なので放置する事にした。
今優先すべきは、先輩の家族の無事を確認する事。
「では、行きます。また」
「待て! スピーチは副会長に任せられるが妹には俺しかいないっ、俺もいく!」
悲壮感すら背負った先輩がうざい。
どうしよう……、先輩は大体入園式に乱入し、ぶっ壊してる。理由は家族の死が裏側にあったわけだけど、今回その家族が無事だとするなら?
先輩は行くべきなのか、行かないべきなのか……。
副会長がスピーチをする事が正解ルートなんだろうか?
「うん、迷惑なんで来ないでください。先輩はファン多数ですから、誤解されて無駄な死傷問題増やしたくないんで。学園行ってくれません? 代わりに妹さんの事しっかり……先輩の良いところを吹聴してきます」
「……ヨーク……っ、よろしく頼む!!! ドロシーな、最近の俺への冷たさが半端なくてな?! 俺は本当にどうしようかとっ、本当に、本当に頼むぞ?!」
「えぇ……もちろん……会えたら言っておきます」
「絶対だぞっ!!!!」
先輩の必死さが怖い。
そうして、私は先輩の家から王立寄宿学校の方へと移動するつもりだった。
だが、世の中そう上手くはいかない。
退出の為に開けたドアには、見知らぬ中年男。
そして手にはナイフ。
は?
避けようもない男の一突き。
阻むものは――ルーファの腕だった。
ルーファ……!!!!
小指に巻きついていた小ヘビ擬態の悪魔は、人型になっていた。
手首を掴み上げ、得意げにこちらを見る。
「どうだ! 俺様もやる時はやるぞっ」
イケメンのドヤ顔男に礼よりもすべき事がある。
この中年男が何者であるのか、だ。やたら酒の匂いはするし、小汚い恰好だが浮浪者には思えない。
「どうして、私を?」
私はしっかりとした声で質問した。
対する中年男は人を刺す恐怖が今更襲ってきたのか、突如現れたルーファにか、震えている。
「スライ……スライ商会……」
あ、これ、先輩関連か……!
まだ、先輩関連終わってなかったのかーい!!!
「ウチが何だ? 俺は殺される程のことをした覚えはないぞ!」
「貴様のせいで俺の信用ランクが落ちたんだぞっっ」
信用ランクとは冒険者や傭兵登録をしている者に付与するA~Eまでの5段階でなっている。
ちなみに1年目は全員Fだったり、完全にダメなヤツ認定としてXがあったり、万年A者がSになったりと、厳密には何段階か言及しにくいのも特徴だ。
実は腕のランクよりもこちらの方が重要だったりするのが世の常である。
腕Aの信用AなAAランクは一握りで、腕Aの信用Xな通称A×も一定数いる。
「そんなの俺のせいじゃない」
きっぱりと言う先輩に、中年男は憎悪の声をあげる。
「貴様っっ、覚えていろっっ!! どれほど時間がかってもお前とお前の家族、全員に復讐してやるからなっっ、枕を高くして寝れると思うなっっ!!!!」
マジか、そうか……。
そうだよね? 仕事とかしてたら一定数の恨み買う可能性ってあったわ。そうだわ、あるわ。
で、わけのわからない逆恨みもあったりするわ。
いや、たまに的を得た恨みもあるけど……。
「うん、ルーファ……その方、馬車にお連れして」
「ヨーク、これは俺の問題だ」
「スライ先輩、もう違いますね。全然違いますとも。それと、先輩を恨んでそうな方々のリストも用意していただけます? ちょっと私、思うところがあるので」
「はぁ? なんでお前に関係するんだ?」
なんで???
先輩の家族害される=爆破まったなし=私死亡な公式が出来上がってたからですよ!
「スライ先輩の家族を害する事は、私の敵という事ですから」
「……俺とお前、いつからそんな関係に??」
先輩は心底不思議そうに聞いてくる。
「あ、ないですないです。そゆのないです。全く。欠片も! ……あー、友情、ですかね? ライラの、そう、親友ライラの家の金銭を、助けてくれた先輩への? 感謝含む? みたいな? そういうのです」
先輩の「お前、俺が好きなのか」的な視線を廃するよう言い放ち、最後に理由を付け加えた。
我ながら、突飛で可笑しな理由だが何もないよりはマシだろう。
考えてみれば、おかしい話だよね? 何で先輩は学校で爆破魔術ぶっぱした? 家族が死んで精神病んでの暴挙と思ってきたけど……。
もしかしたら、もっと何かあるのかもしれない。
妹が死ぬからとか、そういうのとは別の所での問題……?
くれぐれもスピーチと妹を頼むと伝えて先輩宅を辞した私は、死傷事件を起こしかけた犯人と馬車に乗った。
勿論、首根っこを捕らえているのはルーファだ。
「で、こいつどうする? 喰うか?」
内容に震える男。
喰うといっても肉体バリバリ系ではないが、知らない人が聞けば十分に恐ろしい言葉だ。
あえて訂正せず、誤解を加速させる言葉を吐く。
「待ちなさい、ルーファ。食べるのはいつでもできるでしょう?」
「ん? まぁ、今は腹減ってねぇし、いつでもいいけど」
ルーファが、ちょっと抜けてるバカでよかった!!!
この男から先輩への殺意を消す必要がある。詳しい事情は分からないが、聞きかじった範囲で出来る提案は一つだけだった。
「おじさんのランク、私が上げてさしあげます」
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