◆ 10・エルキヤ・エルティア ◆


 ハトは鳴かない。


 船は遊覧航行。

 すでに甲板で朝食昼食まで済ませている。同乗者が王子なので、父が用意したコックや給仕係と至れり尽くせりの時間だったし、ノリは船遊びの延長に近い。


 見つけようのない存在を見つけるのだ。

 私にできる事といえば、海上をくまなく見つめるくらいだったりする。


 カエル王子の方は私の『予知』の話から推測される事柄を考えてか、海図や周辺地図を手に〇や×をつけていた。


「ねえ、アレックス。その〇と×は?」

「×は探索終了域の中でも怪しい部分の目印で、〇は予想地域だよ。最近の船乗りの話から推測される地点でもあるんだ。あ、ボクの推測でしかないんだけど……。急にこの辺りで座礁した船が出てるって話で」



 いつの間に……。

 ちょこちょこ船内、歩き回ってるとは思ってたけど、情報収集してたのか。このカエル、本当に優秀だ……。

 でも、まだ生まれてないって言ってたから関係のない話なんだろうけど。



「あ、チャーリー、……予知の話は他の人にはしない方がいいかも」


 こそっと耳打ちしてくるカエル。


「しないけど、一応なんで?」

「……王家のモノは託宣をうけるっていったけど、あの託宣はモリガミ様がなさってるんだ」

「あのハトが?」

「うん。モリガミ様は大昔、天から降りて来た『光』が指針として残してくださったと言われてるんだ。託宣は未来視の結果でね、魔女オリガもその能力があるって言ってたよ」



 知っているとも。

 世界の大逆賊にしてブラックなヒーロー『オリガ・アデレイド』。

 私が度々、口調や態度を真似させて頂いている人物だ。

 子供の頃から『魔女アデレイド戦記』10巻は大好きだった本だ。



「でもそれって本物のオリガ? 本当にあんたに呪いかけたのってオリガ本人?」

「そうだよ」

「それってどうやって会えたの??」

「……その質問って……流石に本にサイン貰うためとかじゃないよね?」

「もちろん違う!!! 本の中のオリガ・アデレイドは好きだけど、実際に会ってみたいとは少しも思わないから!!!」


 強く言えば、カエルは何度も頷いた。


「そっかそっか。ならいいんだ。ボクはその本読んでないけど、会った時の感じがあんまりお勧めできないなって思って。イメージ壊しちゃったら悪いし……あ、これってネタバレになる? えっと……忘れて……」



 そうか……本物のオリガ・アデレイドはちょっと微妙なのか……。

 いえ、ショックでは……ないですとも。

 ……。

 ……っ。

 このカエル、やっぱ一発、殴っていいですか?



「別に。オリガが実在するなら、あんたのツテでイカ捜索、兼な討伐とかって思っただけだし」

「うーん……してくれなそうだけどね……」



 私のブラックなヒーロー像こわすな、カエル。



「だからチャーリー、未来視ができるって事は神への冒涜として啓教会を始め、幾つかの集団に誤解を与えると思う。今後も隠した方がいいよ」

「わかったわ」


 そもそも予知などできない。

 実際に私が体感してきた事からの話を、うまく他の人に話す上で言っている嘘なのだから、望んで吹聴するわけもない。


「今日はイカ、見つからないかもよ。私の予知では時期的に……早すぎるかも」

「時期……時期か……。チャーリー、予知の時って景色が浮かぶって言ってたよね? そのイカの大きさは全部同じだった?」

「え……、うーん……」


 思い出してみても明言できるほどの記憶はない。

 実物と相対したのは4回で、どれもが薙ぎ払われ、叩き潰され、その他は全て溺死だ。


「チャーリーも知っての通り、モンスターの発生理由が未だ解明されてないけど、モンスターって大体巨大化生物でしょ?」

「そうね」

「啓教会あたりに言わせると、不信心者への神の怒りだって事になっちゃうんだけど。有識者の中にも地上の人数制限って話もあってね。いわゆる間引き」

「……つまり? アレックス、何が言いたいの?」

「誰かが、作り出してる可能性ってないのかなって……ボクは啓教会と思ってるよ。最近議会でもその辺りの話出てたし、威光を知らしめるって意味では災害レベルの大量虐殺は恰好の信者獲得方法だろうし」



 啓教会……。

 なら、ミランダにそれとなく聞く? いや、下手につっついて殺されちゃたまらないし……ここは、あえて、B地点からE地点に自分から漕ぎつけようじゃない?



「私の知ってる情報集めを得意とする所があるの。そこに頼んで調べてもらうわ」

「……でも、人類数千年の歴史でも分からなかった事だよ?」

「大丈夫。『今度』は大丈夫」


 頼んだミランダの身上調査が全部ガセだったくそったれな情報屋集団。

 だが、今までの人生で確実に辿り着くルートなのだ。

 どうせ寄るルートなら先にこちらから会いに行ってもいいだろう。



 恨みもあるし、買い取って私の情報会社にしてしまおう。いっそ魔法を駆使して、犯罪すれすれ、いや犯罪そのものでも個人情報を暴いて調べる形に成長させる!!!

 金ならある。

 お父様の金だが……まぁそこは……関係ないでしょう?! 誤った情報のせいで私が何度殺されてきたか!!

 そうよ、これってめちゃくちゃイイ案じゃない?



「チャーリー……あれ、なんだと思う……?」


 どこか夢見心地な声に顔を向ける。カエルの指さす先では海が波だっている。

 一部分だけが波立ち、やがて、もりあがる。

 海がシーツが膨らむように盛り上がっているのだ。


 白い何かが海を割って出る。

 鳩が低い声で鳴く。



 遅いって……!!!



 なまめかしくも白い巨木めいた足が――無数の吸盤が並んだ足が――。

 迫る。

 迫る。

 迫る。

 船上で響く怒号の嵐、叫びの声。



 あぁ、また世界が終わる……っ。



 馬鹿みたいにソレを見上げるしかできなかった。


「 〈 無上なる神膜、大風壁! 我らを守りまいらせよ!! 〉 」



 見えない風の壁が一撃を受け止め、轟音を響かせる。

 衝撃破が結界外で海を大きく波打たせている。

 アレックスだ。

 アレックスの声だった。



 アレックス……!!!!



「さて、俺様の出……っ」


 小蛇が人型をとるより早く、ハトが結界壁を突き破って出ていく。


「 〈 双子神エルキヤ・エルティア 我が魂の楔を祓いたまえ

    我は落とし児 父なるキヤ 母なるティア 我は忘れ子

    我が名は××××・×××・××××× 〇〇を司る者なり 〉 」


 おっさん声の怒声と共に顕現するのは無数の棘持つ巨大百足。

 光っていようが、金色だろうが、ムカデはムカデだ。

 それは海へと埋没し、微かに見える白い巨躯を縛り上げている。


「……なに、なんなの……」



 ってか、今、すごく……聞き捨てならない言葉がっ。



 欠落部分はあれども、おっさん天使に使ってはいけない一度きりの呪文だと教えられた言葉が、あっさり使用された上に、付加要素までついていた。



 今 〈 エルキヤ・エルティア 〉 って……神???

 神の名前なの???



「ルーファ! 今のどういう意味?!」

「あ? どういうって……昼と夜の神の子供なんだろ、あいつ。あぁ、双子神って人界じゃ名無しの神だっけか」

「エル……なんとか、って」


 危うく言葉を繰り返しかけて留まる。


「その双子神って? さっきのが名前?? ハトがその息子って?!」


 ルーファは未だうねうねと見え隠れする白光ムカデを見ている。


「だからー、あれが『朝』なんだって。確か兄弟に『夕』もいたっけな。俺様も詳しくは知らねぇよ。人界じゃ、唯一神扱いで昼の神が信仰されてんだろ? でも実質二人で一柱だからよ、何かとバランス壊れてるっつー」

「へぇ……」



 いや、頭入ってこないわ……。



「ま、人間の所為だな。夜の神エルティアの方は獄界にきてたせいもあって、人間の信仰が邪魔になり天に戻れてないらしいし。人間転生とかして天に戻ろうとしてるって話だぞ」

「詳しいね、ルーファって若いのに」

「若いっつっても、お前よりは年上だし。それに俺たちは天使は嫌いでもエルティアは気に入ってるからな。別に天に戻らなくてもいいだろって思うくらいには」


 波打つ海が段々と穏やかに落ち着いていく。


「思えば、俺たちは 〈 エルティア 〉 を天に返してやりたいだけで地上侵攻してるのかもな」

「神なのに、悪魔が手伝うの?」

「お前、……悪魔が何なのかしらないのかよ、人間は」

「悪魔は悪魔でしょ」


 ルーファは呆れたように溜息をついた。


「悪魔ってのは、元を正せば天使なんだよ」

「は?」

「天使が堕天しそうな時の緊急措置で、悪い部分を切り離すんだよ。悪い部分は悪魔として獄に繋ぎ留められ、良い部分のみで天上に在る。そうやってそぎ落としてそぎ落として、天使は小さくなっていく」

「あの、宗教画とかにある幼児姿みたいな?」

「近いな。……で、だ。これ以上そぎ落とせないってとこの『魂』の根幹。そこまでもが染まったなら本当の意味で堕天となり地に堕ちる。人間となり、闇に染まり、次は繋ぎ留められていた部分と合体しての悪魔転生だな」



 宗教家だって知らない、ほんとに世界の根幹に近しい事じゃないの、これ? 一介の人間に話していいの……?

 でも、もしかして……。

 おっさん天使って実は凄いのでは??



 ムカデが光に溶けて元のハトに戻る。

 神々しく空を飛翔し、カエルの肩へとおりてきた。


「お疲れ様です、モリガミ様」

「いいって。こっちも予想外の出現だった」


 気安く言って、ハトがこちらを振り返る。

 ぐるりと頭が回る様は鳥だからだと分かっているのに、心臓を掴まれたような心持ちになる。


「一つ、予定外の未来変容だ」


 ハトの言葉は、最早ただの戯言ではない。

 託宣に等しい。


「……そ、そっか」


 応じて、白波に沈むイカの巨躯を見つめる。



 つまり、先輩たち家族は大丈夫になったって事?


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