◆ 9・推定加害者 ◆
手紙は招待状。
相手からの土産にはミランダ他数名。
であるなら、訪問者が差し出すものはなんだろう。
命じゃないよね????
いやいや、私の命とってどうすんの? また0スタートになるだけで損も得もあったもんじゃないよ!
向こうは知らないだろうけど……。
考えてみれば嫌な想像しか沸いてこない。
「おい」
スライ先輩が先ほどまで読んでいた本を差し出してきた。
花の刺繍が綺麗なブックカバー、と先輩。
視線のみで3往復ほどすれば、業を煮やしたのか本を押し付けてくる。
「サイン、もらってきてくれ」
「は?」
「オリガからのサインだ。大ファンなんだ、何を隠そう、うちの妹も俺の英才教育によってオリガっぽい口調仕草態度をマスターした強者だ!」
「何してんの……ってか、それであの妹、あんなに浮世離れた暴りょ……いや、いいんです。人の嗜好に口は出しませんとも」
本を受け取れば、サインの確約を走り書きながら書面にさせられる。
その後は、在るべき場所に皆それぞれ戻っていった。
母は逃げ遅れた人たちの救済に騎士団と合流して――馬車ごとだ――行ったし、先輩も通りで蹲る人に回復術をかけたり、妹フローも瓦礫の撤去に向かった。
こうして、殺害犯TOP1と3によるTOP2捜索は終了した。
拍子抜けだなどとは思っていない。
なぜなら――。
なぜ、まだ私の隣にいるっっ、ヘクター・カービー!!!!
現在私は、通りに蹲っているうちの一人だ。
ヘクターはオリガに会うなら自分も会いたいと残ったのだ。
逆にFANである先輩は、自分の持つ夢世界を大事にしたいと断ってきた。
実像を観たいわけではないときっぱり拒否する先輩に、言われてみれば私も本の中のオリガ・アデレイドで満足している事を思い出し妙に納得したものだ。
そうして、今、推定加害者たりえるヘクターと共に辻馬車を待っている。
「ヘクター、……オリガよりも『友達』のフローレンスの手伝いした方がいいんじゃない?」
「と、『友達』……い、いやぁ、俺は体力には自信がないんで。実は俺……あ! 馬車きたきた! さぁ、乗りましょう!」
常に躁状態ではないかと疑う男は、さっさと停まった馬車に乗り込む。密室に殺人犯と二人という恐怖はあれど、乗らないわけにも行かない。
仕方なく乗り込んだ私に、ヘクターが先ほどの続きを口にした。
「実は俺ね、『友達』はフローレンスだけなんだ!」
「へえ」
「今まで誰も『友達』になってくれなくてね? だから、残念だなぁ。お姉さんの方とも友達になれないのは」
居たたまれないはずの悲しい内容だが、男はちっとも悲し気ではない。
むしろ嬉しそうに笑っている。
「まぁ、姉妹の協定みたいなもんなんで、諦めてもらえると嬉しいですね」
そっけなく言えば、彼は大きく頷く。
「大丈夫! 俺は全然大丈夫だよ!」
「そ、れは……良かったです」
「実際ね、逆に良かったかなとも思っててさ! だから……っ、ううん、だけど、だ!」
大きな声で身を乗り出すヘクター。
「友達の家族、ドキドキする」
変態か。
「で、お姉さん! 今度はどんな『死』に方する?!」
全ては、反射だ。
拳が男の頬を捉えていた。
心に浸透するより早く、体は動いている。
狭い車内で男の腹に馬乗りになると、その首に手をかけた。
素早く、確実に――絡めた指に力を込める。
泡吹く顔、異臭を放つ体、そんな全てが遠い。
彼への恨みは山ほどある。
恐怖も山ほどある。
何度も殺されてきた。
だが、今回は――彼の息が止まる『番』だ。
永遠に近い沈黙。
五感が壊れたような感覚。
死んだ顔を見て、ドッと体が重くなる。
人が死ぬ事で生を実感するのは初めてじゃない。それでも、この感覚だけは慣れない。
無我の境地だ。
呆然とした事さえも時間の感覚を狂わせている。
やがて「フゥ……」と息を吐く。
い、……生き延びた……っっ!!!!!
「いや、お前ダメじゃん!」
ルーファの怒声に我に返る。
「天使野郎の言葉だよ!!! お前殺すヤツがコレ脱出のヒントって言ってたろ! 殺しちまってどうすんだよ!!」
「……ぁ」
「……ったく、しょーがねぇ」
ルーファが人型を取る。
やばい……、そうだっ、コイツいた……!!!!!
殺されてたまるかと全身に緊張が走る。
「……ひっどいな、芸術性の欠片もない殺しだよ。苦しかったよ、今のは」
間延びした声。
忘れるわけもないヘクター・カービーの声だ。
今、死んだはずの、殺したはずの男のモノだ。
下からの声は、目の前の恐怖を上回った脅威で塗り替えていく。
恐る恐る見下ろした先には、ヘクターが泡吹く口元を拭っていた。
「俺はいっつも苦しめなかったのになぁ。楽に逝かせてあげてるでしょうに、こーゆーのゆーんだよね? 恩を仇で返すってさ」
拳を振り上げるも、ルーファの手に阻まれる。
「待てってば! そいつは必要な駒だろ」
「……んで、あんた! 死んでないのっっ!?」
叫べば、またもヘクターは笑った。
「俺も『受刑者』なんだ! お仲間さ!!」
「え……」
「魂の浄化? お清めってので閉じ込められて? 永遠ループしてたんだ! でも、ある時からループが可笑しくなってさ。俺は調べたね。そしたら、あんたを中心に渦になってるって気付いてさ?」
私以外の受刑者?!
箱庭刑の??? ってか、箱庭刑の条件って……確か!
「……もしかして、重犯罪者?」
「そんな大層な呼ばれ方するような事してないよ。でも素材が減らないのは良い事だよね、俺、自分が死ぬ瞬間も嫌いじゃないんだ。だから」
ヘクターの手がナイフを閃かせる。
あぁ、や……ぃっっ。
反応の遅れた私への刃――防いだのはルーファだ。
片手で私の振り上げた拳を、もう片手でヘクターのナイフごと手を掴んでいる。
「人間こぇーよ!!! 何でいきなり暴力だよっっ?! 話し合いしねぇのかい!」
「……ルーファ! 良くやった! 手を放して、ぶちのめす!!!」
「ちょっとお姉さんっっ、今度は俺の番でしょ!!!」
「お前らぁぁあ!!! お・ち・つ・け!!!!!」
怒鳴るルーファに、力を抜く。
だが手は放してもらえなかった。
「どういう事? 箱庭刑って死んだら最初に戻るんじゃないの? 定められた時間軸とかいうのに」
「そうだよ? 俺はね、生まれた瞬間からのやり直しだったね! 何回やっても辿りつく場所が一緒でさ、根性見込まれてたってわけ」
意味の分からない事を言う殺人犯。
最早『推定』ではない。
「待って、どういう事よ! ってか、あんた死に戻りの記憶あるの?! この数十年の!」
「あるよ! 受刑者だからね。天使から出されたナゾナゾをクリアしたら、好きにしていいって言われてるんだ。で、俺の結論!」
せっかくの同類登場も全く有難くない相手で、しかも――。
「あんたを殺し続ければいいんだよ! だって俺は死なずに、何度でもいくらでも殺しを楽しめるんだし!?」
ぶっとんだ思考の犯罪者だ。
ちょっと待ってよ、良くわからないナゾナゾの自己結論で、私殺されてんの?
殺されてきたの?!
力を込めるも腕はピクリとも動かない。
「あー、ヘクターっつったか? 記憶があるのは分かった。だが肉体はどうした? 受刑者って基本的に魂での追体験だろ? 体ごとっつったって、独自の疑似小世界構築してのループって聞いてるぜ? それらはこの物質社会とは別の軸に存在してたはずだ。なんで死者のお前が」
ルーファの問いの意味が分かったのか、彼は短く「あぁ」と呟く。
「なーんにも変じゃない。俺が死者で、この体が天使の作った器でしかないからさ! 副次的な素養が何一ついらず単体で存在できるんだ。つまり食べなくても平気って事な」
「それ……最高っぽい……」
「うんうん、お姉さん、この体は最高だよ? 人も殺せるし、良く動くしさ」
でも待って……天使がなんで重罪犯に器まで与えて?
天使は一体何を狙って、この男を……。
「天使出題のナゾナゾって何?」
「んー……なんかちょっと記憶がぐちゃぐちゃの所もあるんだ! でも、ああ、確か、そうそう!! 魔王いるかどうか的な?! だった気がする?! うん、多分、そうだよ!!」
どこか狂ったように空いた方の手で頭をガリガリと掻く。
そして彼は懐から手帳を取り出し、へらりと笑った。
「うん、あったあった! やっぱりそうだった!! つまりさ、人界に魔王は必要かって事! なんでシャーロット・グレイスを殺すかは、うーん、あぁ、こっちのページか。すぐ消えちゃっていつも困るんだ! えっと魔王の覚醒に必要なのがお姉さんで……あれ? なんで殺すんだったっけ、うーん……」
考え込む男はページを繰る。
「魔王がいるかどうか?! いるわけないじゃん!!!!! バカなの?!」
とりあえず毅然とした態度を貫けば、ヘクターは手帳に顔を埋める。
「俺にも分かんない。俺の記憶は虫食いみたいになってってるんだ! でもでも! オリガとの勝負らしいから、俺たちは巻き込み事故にあってるようなもんだ! だからオリガとの勝負がつくまで、俺たちは殺し合ってればいいのさ!!」
天使が彼に何を期待したかは分からない。
だが答えが飛躍しすぎているヘクターは明らかに人選ミスだ。
天使のおっさん、今ここに来なさいよ!!!!
で、責任持って連れ帰って!!!!
しかし、問題はまたも『オリガ』が絡んでいるという事だ。
あぁ、憧れのオリガ・アデレイドが嫌いになりそうだ……。
オリガとの勝負が問題って言うなら、あの世でも天界でもいいから勝手にやって欲しいわ!
でも……全ての発端がオリガにあるのなら、私はオリガの先手を取る必要がある。
オリガの居場所を突き止め、オリガの狙いを明らかにしてから……死に戻る?
ゴクリと唾を飲み込む。
人を殺して少しの生存に一喜一憂するよりはマシかもしれない未来だ。
「いいわ。分かった……このままカエル誘拐してでもオリガの所へ行くわ」
私は覚悟を決め、ルーファを見た。
「なので、いい加減……手を放してもらえません?」
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