◆ 8・秘された事象 ◆


 揺れる馬車。

 無言のパーティー。


 母の巧みな手綱捌きで止まる事なく進む道。

 妹は流れる景色を見ながら鼻歌を歌っているし、スライ先輩は読書中で、ヘクター・カービーは手帳に何事か書きつけている。


 私は――俯いていた。

 心は無である。

 母の「着きましたよ」の台詞が聞こえるまで無我の境地で床を見つめ続けた。




 待ちに待った母の台詞と共に馬車を降りた私は、目的地を見上げる。

 記憶通りの寂れた建物は狭く細長い4階建て。

 枠も取れ端切れで塞がれた窓に、戸板を置いただけのドアから入れば階段がお目見えする仕様だ。


「本当に、ここなのですか?」


 母の胡乱な言葉に頷く。

 無理もない、周囲に人の気配がないのだから――。

 この辺りの住人はすでに区長の指示で避難済みらしく、その旨が書かれた張り紙があちこちの商店にあったのだ。


「ヨーク、張り紙はないが念の為だ。中に入るぞ」


 本を閉じ、やる気満々で先輩は階段を上っていく。

 1階は階段、2階が営業所、3階と4階は住居と説明されたのを思い出す。なにせ1ルームが縦に詰まっているだけの家だ。

 住民は所長とバイトが1人か2人しかいなかったのを覚えている。

 ミランダが仲間だというなら、2階より上にいる事も視野にいれておく必要があるだろう。



 そうよ、私だって只の小娘じゃない!!

 信用ランクは初回から数回買ったけども、実戦経験ならこの場の誰より上だ!



 気合を入れる私の前で開かれた扉の中はもぬけの殻。

 狭い室内にデスクは三つ、食べ物や紙ゴミに汚れた室内は昔に見たままだ。そして誰もいない事など想定しうる範囲だ。

 たとえ、否が応でも目を惹きつけるよう計算された『黒塗りの封書』が部屋の中心にあろうとも、床に槍で縫いつけられていようとも――だ。



 そんな怪しいもの、誰が開くものか!



 問題は3階4階である。

 あわよくば教団関連の痛い秘密とか握れない物かと、部屋を出ようとする。


「お前宛てじゃないか」

「まっっ……!!!!」


 あっさり怪しい封書に近寄るスライ先輩。

 彼はこれまたあっさり槍を引き抜いた。



 の・ろ・わ・れ・ろ!!!!!



「ほら『シャーロット・グレイス・ヨーク殿』と書いてある」

「……そうですね」

「どうした? 受け取って読めよ。ど真ん中に穴は開いているが、明らかに何か伝えたいんだろう。推測するに、お前の家のメイドに関わる事じゃないか? 誘拐かもしれんな。妹の借りはあれど金は貸さんぞ?」

「姉様、どうしましょう……父様に言ってすぐにお金を……」



 いや、金とも決まってないし!!!!!

 こんな怪しい手紙拾う?!?! なんで拾っちゃうのぉぉぉ!!! こいつらには危機管理意識ってもんがないの?!



 中々受け取らない私の横から手が伸びる。

 ヘクターはさっさと封を切り、中から黒い紙を取り出した。それどころか、何の衒いもなく赤文字を読み上げる。

 彼らの危機管理に関してはいつか身をもって知らしめたい所だ。


「おはようございます、ニッコリ。今読んでいるのが朝かは知りませんが挨拶とはかくあるべきと考えますので、私は敢えておはようございますを選びたく存じます、オンプ」

「待て待て待て!!!! 内容の要約だけでっっ!!!」


 思わず怒鳴れば、ヘクターは眼鏡を抑えコクリと頷いた。


「これを読み終わる頃には、友達2号になるか? それなら読んで進ぜよう」

「それは断ります」

「姉様、私が読みます。ごめんなさい、ヘクター。姉様、いえ私達姉妹はお互いのお友達と、交友関係を持たないって決めてるの」



 あぁ、なんか朝そんなこと言った気はする。

 いや、それがあろうがなかろうが、ヘクター・カービーだけは御免だが?



 フローレンスは手紙に目を走らせ、コクリと一つ頷く。


「姉様、虫食いからの推測を含んで要約します。お伝えすべき事は3点ですね。挨拶大事、ミランダGET、訪問すべし、以上となります」

「まぁ大変ですわ。チャーリー、どうしましょう? 二人とも制服ですし、着替える時間はあるかしら? 場所はどちら? 何時ごろの訪問になるのかしら? それによって服装も変わりますし、でも時期が時期ですから、あんまり長居もできませんし……旦那様の立場も鑑みるに本来はお断りするべき懸案ですけれど、ミランダがすでにお呼ばれされてい」

「お母様、意味違いますね。でもフロー、どこに来いって書いてるの?」


 母ののんびり声を制し、一番大事な事を問いかける。

 妹は小首を傾げて首を振る。


「書いてません」

「捜せって?! 期限は?!」

「書いてませんね」



 ……落ち着け、これは逆にアリなのでは???

 ミランダは保護されてるような状態じゃない? そこに監禁なり幽閉なり捕縛されてる以上、私は無事だし? ミランダの無事も保証されるでしょ? だって生きてないと交渉にならないし?

 そりゃあ、ちょっとばっかり痛い目には合う可能性もなくはないけど……私もそれなりの事をミランダにされた過去があるし??



「場所なら、わかるよ!」


 ヘクターの喜色に満ちた声。


「俺の土人形ちゃんたちに、追跡させられるよ!」

「却下ぁぁぁあ!!!!!」



 力の限り叫んだ。



 なんという……危険な男だっ、ヘクター・カービーっっ!!!!



 ヘクターの魔術ははっきりいって凄い。

 凄いが、コントロールは効かない。

 魔力甚大にして出力無限大の大火力ぶっぱ系。授業中に誤って町一つ吹き飛ばした事さえあるのだ。

 この男の言う『土人形ちゃん』ことゴーレムもどきは様々な事を己の意思でしてくれる優れ物ではある――最初だけは、だ。

 やがて土人形ちゃんは己の意思で動き、人類を踏みつぶした。

 そう、私は巨大な岩の塊人形に踏みつぶされた過去があるのだ。

 故に、GOサインは出せない。


「ヘクター、頼むから大人しくしていて。むしろ『友達』のフローをサポートして上げて頂戴、と姉の私は思うのです」

「とも、だち……わ、わかった! フローレンスの事は任せてくれ!」

「ウン、頼んだ」

「なら、俺が追跡しよう」


 先輩が手紙を手に取り、魔力を込めた瞬間――手紙が燃え上がった。


「え?」

「……成程な。追跡はダメだな」


 かっこよく絵になる雰囲気で言っているが、考えなしの行動と言わざるを得ない。

 目は口ほどに物を語ったのか、先輩は視線を逸らした。


「俺は悪くない。勝手に燃えたんだから送り主の底意地悪さが原因だ」


 頭を抱える私にフローが気遣わしげに背を摩る。


「でも姉様、オリガさんはどうしてココの人たちを連れて行ったんでしょうか」



 ココの人たち?

 オリガ???



「待って、フロー。差出人はオリガなの? で、ミランダだけじゃなくてココの職員も攫われたって事?」

「はい? ええ、そうですよ。最後に『完全無欠のオリガ様より』ってありましたし、名前は何人も書かれてましたね」

「何人も?! ミランダと職員だけじゃなくて?!」

「片手以上の数は書いてましたね。些細な事と思って覚えてません……ごめんなさい、姉様」

「い、いや、いいけど」


 謎が深まっただけだ。

 ある意味、ミランダの事さえ分かればその他のメンバーに関しては、オリガがナルシストという情報以上にどうでもいい事だ、


「まぁいいわ。オリガの居場所ならカエルが知ってるはずだし? 聞いてみるわ」


 そう締めくくり、念のためと上がった3階は普通の居住空間が広がっており拍子抜けする。

 しかし4階には異様な世界が広がっていた。

 雑にペンキを塗りたくった白い部屋だ。

 四隅は地の床板や壁紙が見えているのに、天井にも白は及んでいる。更に床には見た事もない文字が一面に刻印されている。

 中心に座する――壊れた置物。


 入る事も躊躇う状況だ。

 立ち止まったままの私を追い越し、侵入するヘクターとスライ先輩。流石の強心臓たちはそれぞれ、文様や置物に触れていた。

 やがて欠片を手にしたスライ先輩が呟く。


「イノシシ?」



 イノシシ……ソレって。



 意を決して駆け込み、先輩の手から欠片を奪い取る。

 確かにソレはイノシシの焼き物だ。


「……まさか、さっきのイノシシって……っ」


 言葉を飲み込む。

 踏み込んではならない領域に足を踏み込んだ気がした。


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