◆ 7・TOP3 ◆


「おい。結局、俺様の作ったイノシシ肉くってんじゃねぇか」


 炊き出しに使われているのはルーファが倒した肉片だ。

 モンスターと言えば気味は悪いが、実質巨大化生物である事もあり、食せる物は食す風習が根付いている。何よりの理由は大量の肉が腐臭を放つよりは――片付けに最適というわけだ。

 教会には次々に負傷者が運び込まれている。何ならそこかしこで無事を確かめ合った家族が喜びの抱擁もしている。

 私はと言えば、呆然と彼らを見ているだけだ。

 そもそも回復魔術が得意ではないのも理由だ。



 うん……殺してくれ。

 いや、生きろ。

 そうだったそうだった、殺されてたまるか。

 いや死にたい。

 いや、生きる。



 本当に殺されたいわけはない。それを避けるために全ての行動をしているのだから、勿論殺されたいわけもない。

 だがそれはそれ、これはこれである。



 そうさ! 誰だってあるだろ?!?! あぁぁぁ、殺してくれって時!!!

 今だよ、今!!!!!

 あぁ、生きるとも!

 死んでたまるか、でも死にたいと思う事くらいは許してくれ、私よっっ!

 カエルに良くわからない告白劇をかまして、もう真っ白ですわ。今から何をしろというのか……。



「チャーリー? さっき聞いたけどミランダを捜しにきたって」



 あぁ、そうでしたね。

 すごく遠い昔な気がしてきたわ。

 そして何故このカエル、全く動じてないんだ?!?!



「ここにはいないよ」

「なんで、アレックスにそんな事わかる」

「ボクが看て回った範囲にいなかったし」

「……全部見た?」

「うん」


 このカエルが『見て』いなかったというのだから、いないのだろう。

 王族の努力なのか才能なのかは分からないが、彼らは人の顔と名前を覚える事が得意だ。特にこの王子は長ったらしいピアソン家の全員分フルネームで言える猛者である。


「アレックス、避難所って他どこ」

「自主避難の場所も含めると6箇所あるね。騒動時のミランダがいたであろう予定所在地は分かってるの?」

「スライ先輩の家から東の大通り近辺にあるオムレツの美味しかった店の辺りだね」

「あぁ」

「騒動からは少し離れてると思うから……まぁ無事と信じてるけど。念のため一番近い避難場所のココに来た」

「え、チャーリー……現地には行ってないの?」

「ないよ。あんなイノシシ暴れてんだから普通避難するでしょ。ミランダだってココにって思ったのよ」

「そう……だよね」


 カエルの目が私の小指を捉えている。

 彼の気持ちは分かっている。

 教会には啓教会に仕える聖徒が聖なる結界を張っており、モンスターはおろか悪魔すらも破る事ができないと言われていた。



 ガッツリ悪魔、侵入してます。



 悪魔が侵入している事を知っているのは私とこのカエルだけだ。

 啓教会どころか結界への信頼も地に落ちた瞬間だ。


「念のため、別の結界を張るよう有識者たちと話してくるよ」

「そうね、ガンバッテ」

「一応、騎士団を投入して救護に当たってるんだ。ボクも立場上あまり動けないし、ミランダを捜すなら、到着予定地と……さっきの話から推測される避難所は聖歌隊のホールかな? 行ってみて」

「聖歌隊のホール?」

「一般的には結界への信頼度まだあるからね……。あ、でもイカがイノシシになってるくらいだし、チャーリー、くれぐれも気を付けてよ」


 共に『予知によるイカ被害』話で街を救おうと奔走した過去があるのだ。『イカ』が『イノシシ』に変わっての現状に、思うところも大きい。

 何故なのかを今問われても『予知』は絶対ではありませんというしかない状況だ。

 最早、天の配剤な気さえする――。



 そういえば、ルーファは『神の計略』だって言ってたっけ。



「お母様! ここにミランダいないそうですから、他を探しに行きましょう」

「え、もういいの?」


 母は照れながら「邪魔じゃないかしら」などと宣いながらやってくる。

 少女のような夢見がちで可愛らしい所はお父様の俗っぽさと全くつり合いが取れているのかもしれないが、そのあたりがうまくいかない理由かもしれない。



 いや、案外こういうタイプがモテるんだよな。私、知ってます。



 己の母への評をつけながら、乗ってきた馬車に乗り込む。

 ふと妹がいない事に気付き、周囲を見回せば誰かと話しているのが見えた。


「フロー、行くわよ!」

「あ、姉様」


 振り返る妹。

 影になっていて見えていなかった話し相手が見える。


「……n…………N、地点……キタァァァァ!!!!!」


 叫ぶ。

 恐らく叫んだのだ。

 意識してなかったが声に出してしまった。

 なぜなら、そこにいたのは男。

 忘れもしない私ことシャーロット・グレイス・ヨーク最多殺人犯だ。


 もじゃもじゃの鳥の巣頭、無精髭、瓶底丸眼鏡、ひょろりとした痩身痩躯の長身、汚らしい灰色のツルリとしたエプロン、同じ素材の手袋が肘までカバーしている。


 どれもが忘れえぬモノだ。

 一言に殺人犯といっても、色々な状況場面理由が存在していた。勿論、見誤っていた理由もあれど『理由』は存在してきた。

 普遍的なモノとして、避け、先制し、逃亡し、時には本当にやり過ごせるパターンが存在してきたのだ。

 だが、この男――ヘクター・カービーは違う。

 根本的に違うのだ。


 彼の場合は避けようも先制も逃亡もしようがない。

 時期に差はあれど、生き延びた先で大体この男が立ちはだかり、不条理な死を突きつけてくる。


 そう、ヘクター・カービーは理不尽な存在だった。


「やぁやぁ! 君がお姉さん? 今ね、俺たち友達ってのになったんだ! 嬉しいよ、初めてだよ! と・も・だ・ち、良い響きっっ、俺スキだよ!」

「……ソウデスカ……、あ! 待って!! 動かないで!!!! 一歩たりとも動かないで!!!!」


 狂ったように叫んで、私は妹のみを手招きする。



 あぁ、どうして……どうして私はっっ!!! このバカな妹に言っておかなかった?!

 知らない人と話してはいけません!

 子供だって知ってる事だろぉぉぉ!!!



「姉様、どうなさったの?」

「どうして? どういう流れで友達に? ちゃんと筋道立てて話してくれる、とっても重要な事なのよ。ええ、勿論あんたの友好関係に口出す気はないのよ、でもね、こんな場合のこんな場所でしょ? やっぱり姉としては色々気になるのよね、ほら、愛する妹だし!?」


 まくしたてる私に妹は感動的に何度も頷いた。


「心配ご尤もですっ。それに心配も、とても嬉しいです」

「で????」

「はい。今朝、学園に向かう途中で……」

「そこからぁぁあああ?!?!?!」



 私のバカ私のバカ私のバカ!!!! なんで一人で行かせたし!!!!

 いや、待て、相手は避けも逃げもできないN地点な男だ!!! どうあっても出会う運命だったのか?!



「姉様? どこかお加減が?!」


 頭を抱えた私にフローレンスの声と――。


「え、病気? それなら是非この俺印のお薬を!!! 効くか気絶かの二択! 滋養強壮用にハーブ多量投下な有効成分煮出しマシマシで飲みやすいようスパイスもぶち込んだ優れモノ! まだ人体実験はしていませんでしたが多分大丈夫でしょう!」

「まぁっ! 姉様っっ、お薬ですって!!!」


 怪しい匂いを漂わせる液体が入った水筒を差し出す男。



 あぁ、告白イベントして死んでいくパターンの本って多いよね?

 さっきのカエルへのアレってフラグだったんだね……。



「って、死んでたまるか!!!! やっばいモノ寄越さないで、一発で穢れて死ぬ気がするわ!!!!」

「信じてください、お姉さん! この薬湯には体に良い物しか入れてません!! 人参や玉ねぎの搾り汁だって入ってるんですよ! 他にも蜂蜜入りの蜂とか、元気に笑いだすキノコとかだって!!!」

「頼む、あんたが息を止めてくれ……」


 思わず呟くも、相手はまだ薬効成分とやらを語っている。



 どうするっ、一番の問題は今後の動きだ!

 殺害犯TOP2のミランダを捜しにTOP1のヘクターを連れていく?? ないないない、死ぬ死ぬ死ぬ!!!!



「おい! よし、まだいたなっ」


 駆けてくるのはスライ先輩だ。

 TOP3のスライ先輩だ。

 私は震えそうになる体を押しとどめ、一応聞く。


「……スライ先輩……何か?」

「妹の無事を確認してくれた礼がてら、俺も付き合ってやろうと思ってな!」



 マジか……。

 人への優しさがこんな有難くない形で戻ってくるとはっ。



 勿論、優しさからではなかった。

 スライ先輩にとっての大事な存在は私の生命に関わる事象だ。だからこそ所在の確認を行い、安否、いや無事と安全を確保してきたのだ。

 それが、要らない優しさになって今降りかかっている。


「毒って」


 思わず漏れた。


「は? どうした、ヨーク」

「毒って、毒で毒を制するとは言いますがソレって毒が三つの場合ってどうなんでしょうね?! 結局毒が毒を消しても更なる毒が襲い掛かるんだから毒の方が勝ちません?! いやむしろ毒が手を取り合って更にヤバい脅威となって命を奪うのでは?!」

「お、落ち着け! 一体どうしたんだっっ」


 父の言葉が蘇る。

『敵は近くに置け』という理屈は分かっている。

 だがあくまで、政敵や生命を脅かさない所で存在する敵に有用な手段ではないだろうか、と問いたい。

 今いない父に問いかけるように空を見上げる。

 腹が立つほどの晴天。



 そうだった……しっかりしろっ。

 あの上にいるおっさん天使が泡喰う姿を見るまでっ、生き延びてやるとも!!!



「……ありがとうございます、先輩。狭いですが、どうぞ皆さん乗ってください! さぁさぁ行きますよ! ほら、あんたも!」

「え? 俺も?」


 ポカンとする男の手からを薬湯の入った水筒を受け取り、投げ捨てる。


「え?」

「乗って? ヘクター・カービー」

「いや、俺は別に一緒に行く気がないってゆーか……あれ? 俺の名前」

「いいから、乗って」


 背中を押し、嫌がる殺害犯未定を馬車にあげた。



 受け入れようじゃないの……!

 殺害犯TOP3揃い踏みにしても……その上でっっ、絶対に生き延びてやるから……!!!!



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