◆ 6・功罪 ◆
「あ、チャーリー……」
目を泳がせるカエル王子。
うん、伝わっちゃってるね????
驚きの速さで駆け抜けたね??
カエルの様子を見れば浮かれて――ではない緊張が見て取れる。
ここは教会。
現在は避難所として、負傷者を多く受け入れ治療にあたる戦場のような場所だ。
カエル王子は回復魔術が得意なので、この場にいる事に違和感はない。母と妹は早々にミランダを捜しに周囲を駆けまわっている。
時折、元気めの住民がチラチラと、こちらを伺う。
これで、この王子は意外と人気があるのだ。
一直線にココに辿り着いていれば……っ、噂より先回りできたのにっっ!!!
先にスライ先輩や学園、スライ先輩の妹が通う寄宿学校と回ったせいで時間がかかったのだ。
勿論、彼らは無事だった。
ルーファの早い行動のお陰だったと、この時ばかりは小蛇の頭を撫でてやった。
「……アレックス。とりあえず座って、そこのお婆さんの回復、続けなよ」
指し示す先には比較的軽傷のお婆さんがいる。
だが、先に話し合えのジェスチャーをするお婆さんや周囲のお爺さんたち。
うん、危険だ……!
これは怒れる住民vs男心を踏みにじった悪女シャーロット的な流れにならないか?!
くそっっ、民衆に慕われるカエル王子めっっ!!!!
「そう、だね。確かに、話は回復しながらでもできるか……」
カエルはあっさり座って再び呪文を唱え始めた。
往来で「愛してる」と叫んだのだから、受け入れるしかないだろう。すでに周知されてしまったのだから、訂正する方が労力を使う。
そして何よりこの場の人々だ。
怒れる住民による集団心理は、簡単に狂気に変わり得る。つるし上げられていく流れを想像すれば、誰だって尻込みするだろう。
ふと顔を上げた先で母と目がかち合う。
能面のような母の顔。
……いや民衆とかどうでもいい!!!
母だわ!!!
母が、怖い。
母の殺意が怖すぎる……。斧だぞ? 斧で殺られるぞ?? もしかしたら今までの世界線でも私が知らなかっただけで、お父様が斧でやられてるパターンもあったかもしれない。そう、出奔してた頃とか……。
あぁ……なんて恐ろしい……!!!
カエルとはうまくやっていかないと!!!
命に関わるっっ!!!
「アレック……っ」
「考えたんだけど……」
カエルが何か話したそうだと理解し、口を閉じる。
彼はまたも目を彷徨わせ、頭を下げた。
「ごめん!! 君がいつの話してるか分からないんだけど?! 嵐の日って、どの日の事?! すっごくボク考えたんだけどっっ、思い当たらなくてっっ。ボクそんな、君が気に入るようなっ、良い事した事あった??」
カエルにしては珍しく、激情も露わな早口でまくし立てる。
「……あぁ、うん。え、っと……アレックス、落ち着いて?」
「いや、本当にごめんっっ。どれの事か分からなくてっ。こんな事、本人に聞くのがどれだけ失礼な事かは分かるんだけど、こっちもモヤモヤするしっっ、教えて貰うというか、……ヒント! ヒントだけでも貰えないかな?! 自分で解には行きつこうと思うし!」
「あぁ……うん。オチツイテ……」
パニック状態の王子の手からはコントロールを誤った回復魔術が周囲に四散している。
その余波は、別の患者の傷が治ったり、回復足らずでまだ呻いていたりと微妙な状態を作り出しているのだから私も多少の反省をする所だ。
「あー……うん。アレックス」
私は立ち上がる。
あなたが選ぶのは恥ですか? 斧死ですか?
勿論『恥』でしょううううう!!!
「いえ、皆さんも気になる所でしょうから、話しましょう! 私がどうしてカエル王子に惚れたか!」
「マジか……痛ぇ」
「姉様、凛々しいですっ」
スライ先輩と我が妹の声が聞こえたが、これらも無視だ。
というか、この場にはそれなりに学園の回復魔術などが得意な生徒が駆り出されているのだ。
隠した所で同じだ。
むしろ虚飾で捻じ曲げられるよりは公言した方がどれだけ健全か。
大した問題じゃないさ……。
どうせ、あの往来でした愛の告白とやらが駆け巡ってんだから今更だわ。精々、美化した素晴らしい思い出として話すまでの事よ!
「あれは、アレックスと初めて会ってから1年くらいが経った頃ね。まぁあんまり期待されても、子供にありがちな話だったりもするんだけど」
私の今までの人生で持てる全ての恋バナをココにそそぐのよっ。大丈夫、数十年生きて来た私じゃない。それだけ死んでもきたし、大体がDEADだらけでも、恋バナに触れた事が0なわけでもないんだからっ。
自分を信じろ……!
どんなストーリーが美しいのかなんて関係ないっっ!
ちょっとばっかり美化すれば、大体いけるだろ!?
「ん? あ! ボクが売られた時の事?!」
「そうそう、子供だった事もあって今より小さいカエルだったし、珍獣扱いで網にかけられて売られた時よ!」
「確かに、アレは嵐の日だったよ!」
我が事だけあって、カエル王子はすぐに気付いたようだった。
「え、でもアレって……ボクより君の方が活躍したよね? 『そのカエル、お父様が高く買ってくれるわよ!』って言って。本当にヨーク家に連れ帰って買い取らせたよね? ボクを」
その通りだ。よく覚えてるじゃないの……。
カエルを買い取ったとも。
王子の癖に買われてペットじゃない、なんて言って……からかったさ。
「ごめん……チャーリー、全然分からない。え、異性って理解できないものだとは聞いてるし、君は特にその気があるとは思ってたけど、本当に意味不明なんだけど」
カエルにとってはそうだろうとも。
「あの時、私はあんたを買いとらせて、ソレをネタに笑ったし、からかったわ、……脅しもしたわね」
「そうだね、君はいっぱい我儘をいったね」
「で、あんたは全部受け入れた」
「助かったのは本当だしね」
「……その通りよ」
急に唇が重くなった気さえする。
だが、言うしかない。
命の危機がなければ言うつもりもなかったが、今から言うのは掛け値なしの本音だ。
「アレックスは一度も文句を言わなかったわ。それどころか今と一緒。『助かったのは本当だ』って……『ありがとう』って言ったのよ」
美化でも何でもない。
これは本当の事だ。
呪われし王子アレクサンダー。彼はカエルの姿をしたお人好しのバカだが、義を通し礼を尽くす男だった。
「笑ってたわ、カエルの表情だって私かなり知ってるからね! 流石は王子よ、売られて買われても矜持も礼儀も完璧だったわ。恩を感じるようなモノですらないのに、私の我儘を受け入れた」
「……そ、れは……っ」
「黙って」
鋭くカエル王子の言葉を遮る。
一歩下がり、深呼吸をする。
くそっ、なんでこんな事になったんだか……!!!
恨むぞっっ、箱庭刑っっ、イノシシっっ。
震えそうになる体を押しとどめ、汚れたドレスの裾を摘まんで淑女の礼をとった。
「アレクサンダー王子、あなたは充分に素晴らしい男性です」
顔を上げた先には驚いた顔のカエル。
「あの日、あなたの器の大きさを知った。それから日々、痛感しています。気位の高い私が唯一、妻になりたいと思える程度には惚れましたよ。カエルでも、ね」
ニヤリと笑って付け足せば、相手も呆れたように笑う。
「それは分かるわけなかったなぁ。……意外すぎたよ、チャーリー」
「言う気もなかったですし、何より我々は婚約関係ですからね。今更でしょう? 特段、関係が変わる話でもスキャンダルにもならない話ですから」
「それは、そうだね」
カエルが大きく頷く。
瞬間に、割れるような拍手が響く。
あっけにとられる私たちに、母がなぜか私たちを抱きしめて「幸せになりなさい!」等と今結婚したかのように泣いている。
私も大概『鬱』だが、母も鬱だ。
父には良く言って、母の精神ケアに務めさせようと心に誓った。
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