◆ 3・箱庭からの脱却 ◆


 目の前にはしたり顔のイケおじ天使。

 今や、彼の肩や頬に掛かるふわふわ金髪すらも腹立たしい。


「いやいや、聖女勇者には魔王や悪魔って適役がいるんでしょ?!」


 堪らず声を上げれば、天使は呆れたように肩を竦めた。


「聖女値を貯めるには中ボス的な悪役が重要になる。それがオマエ。聖女値足らずというのはオマエの方向性のミス。オマエが聖女を聖女として覚醒させるためのスパイス行動を取れていない証拠だ」



 は、はいいいいい?????

 なんて??

 なんて????

 私に、……ちゃんとした、悪役になれと???? そう言いにきたの? この天使のおっさんは??

 更生じゃなくて? 改心? 今までの『心』を『改めて』? 『悪役』をこなせと???

 それ最早、私の知ってる『改心』と違うっっ!!!!!



「それが、シャーロット・グレイスに割り当てられた役割というものだ」



 今までの私の行動は全て間違いだったと……?



「YES」


 キラキラ光をふりまき、大層見応えのある笑みを浮かべる男。だが、私にとってみれば、ただの半裸のおっさんである。


 とても残念だ。

 おじさんが嫌いなわけじゃないさ。ただ、天使というからにはそれなりのイメージは大事にしてほしかったというのが本音だ。


 然もこの天使、よりによって悪の方面にチェンジを求めてきているのだ。

 お前が悪魔か、と問いたい程だ。

 いや、いっそ本当に悪魔の可能性もある。


「オレは天使だとも。地上は今『箱庭の刑』真っ只中、刑を課した者以外は干渉できない仕様だ。仮に侵入してきても、刑に囚われ記憶持ちのままループに引き摺られる。この刑の主役たるオマエの判断以外、終わらせる事も進ませる事もできないのさ」


 目の前の天使は、体中の毛を毟り取ってやりたいくらいイラつく現状を平然と突きつけてくる。

 そして労力が無駄と言いながらも確実に、勝手に心を読んでいる。

 それならソレで、もう敬語なんて必要ない気がしてくるのだが――念の為、恨みを買わない方が良いので最低限の礼儀は尽くす所存だ。


「それで……正解って、……具体的にはどういう方向に。結局……何をどうしたら、この箱庭から出られるんですか? 私だって悪人落ちした事くらいありますよ?! 何十年あったと思ってんですかっ」

「クズの小悪党で聖女値が溜まるかよ。よく聞け、小悪党のクズよ! オマエがソッチ系に覚醒すれば1年、いや2年以内に聖女は覚醒し勇者が誕生するはずだ。さすれば成功。好きな方法で倒されてくれて構わない」



 え? 倒される確定??

 ……しかも聖女覚醒を手伝った功労者に対して、随分な言い様じゃないか……。



「ちなみに、勇者は聖女の夫なので聖女が認めた相手が勇者号を手に入れる。候補はすでに数名いて、我々は盛大な賭けも行っている。オレは大穴狙いだ。300年以内に是非よろしく頼む」

「天使って一体……、って、300年以内?」

 もう賭博行動には目を瞑って、譲れない部分を口にする。

「先ほども言ったが『箱庭の刑』は地上の時をループしているだけだ。天と獄は動いている。よって300年後には魔王の独自覚醒が待っている。はっきり言うと『おはようした魔王』はめっちゃくちゃ強い。人間如きには無理」

「覚醒ってそっち?!」

「ので、勇者が魔王起床に間に合わねば、地上は悪魔の軍団に支配される。地上は生きとし生ける者全てが救済なき死のループ突入……即ち箱庭と同じ状態となる。ちなみに我々天使に地上を救う義務はない」



 勘弁してほしい……。天使と聖女ってだけでも現実離れしてるのに、勇者に魔王?

 しかも終わりなきループ世界突入? 永遠にアレを繰り返せと???? 全員記憶有り? そんなの、世界崩壊よりも最悪な未来だっ!!

 何より、それを止める為には私が悪に覚醒必須って?

 結構色々やってきましたよ?? この数十年。結構かなり相当……アレら以上の何を為せと???

 もう私、結構良い方向に改心してると思うんですけど??



「あの……その聖女って300年以内に別の所に産まれたりとか、もしくは私を腹からやりなおさせての悪の英才教育するとか……、他の手があるでしょう、他の! 何か……っ」

「善なる祈りの結晶体たる聖女には親などおらず信仰厚き場に出現する為、変える事は不可能だ。よって、オマエが1才の時からしか刑を執行できなかった。ちなみに初回から10回程はオレも立ち合いアレコレとしたが」


 大きなため息をつくおっさん天使。


「結局なぁ、オマエがオマエ自身で完全なる記憶保持状態でリスタートしてやるしかないんだよ。ソレを為すには今日この時この時刻しかなかったよ。ついでにいうと、今現在、地上の刻は止めてある」


 だからミランダが入ってこないのか、と思い至るが何も解決はしていない。

 確かに方向性は理解した、と思う。

 理解したといっても良いだろう。



 一つだけ確かな事は、この『シャーロット・グレイス・ヨーク』は何一つ悪くなかったという事。

 何度もやりなおしさせられる全てが、自分の行いに対する神の刑ではなく!

 イカレた天使の仕業で!

 本来の、性悪令嬢程度の私はザマァ展開からの不幸人生を歩んだ後、昇天終了だったはずだ。たとえあの世の業火に焼かれようとも、このループ展開は全て!

 そう、全てだ!!!!

 全て、義妹フローレンスが聖女フィーバーを起こせなかったからだっ。



「シャーロット・グレイス、神の代弁者として応えてやろう」


 厳かな顔で天使は手を伸ばす。

 私の頬に触れるか触れないかで止められた手からは温かさなど伝わってこない。

 その様はまるで天使であり、行為も神聖視されるに相応しい紳士的イケメン面である。


「その考えの全てが正解だ」


 優しい声。

 慈愛の笑み。


「自己本位なオマエの考えの全てが正解だとも」



 えぇぇ……。



「だから安心して世界を恨み、聖女許すまじ精神でしっかりとした悪役になってくれ」

「おぃぃぃぃいっ!!!!」


 叫んだ所で、天使は先ほどまでの天使らしさを脱ぎ捨てた。


「大体説明してやったし、後は人間らしく自分で到達して達成感を味わってくれ」

「ちょ、ちょっと待ったーー!!!! 何、これから帰りますみたいな雰囲気を勝手に出してるのっっ、何も解決してないよねぇぇええっ???」

 片手を上げてサヨナラポーズの天使に慌てて、取りすがる。尤も、掴む前に天使は身をヒラリと返しておりベッドに突っ伏する羽目になったが――。


 天使は頭上で、またも溜息を吐く。

 天使の癖にだっ。


「つっても、なぁ。天使は万能じゃないし? なにせ堕天有りだからな。かくいうオレも将来堕天するかもしれないし」



 あぁ、なんて説得力のある言葉だろう。

 天使のいう堕天未来。



「もうぜーんぶ開示してやったろ? オマエは悪役人生スタートすればいいんだよ」

「ソレ、つまり私だけは地獄展開なんじゃ?」

「何事にも抜け道はあるだろうし、頑張れば道は開けるさ! 聖女が勇者と魔王討伐に出掛けた時点で『箱庭の刑』は解けるから、そこからは好きに死んでもらって構わない」

「え……ぇぇ」



 この天使、ちょっと私に冷たすぎるっ。



「うーん、そう? じゃあヒント……歴史は繰り返す。恐らく今回も同じ道を辿るだろう。これは託宣ではなく観測者のような立場からの発言だ。大体聖女の家族は悪魔側に堕ちてきた。聖女は家族を救う為に覚醒し勇者と共に旅立つのだ。だがその後の展開は……様々だよ、シャーロット・グレイス」


 愉快そうに笑う天使。

 光に溶け始めた体に気付き、慌てて声をかける。


「待ってっっ、ちょっと待ってよっっ」

「一回だけ使用可能で唯一の呪文を教えてやろう。本当に、もうこれ以上はダメだという……行き詰った時に唱えてごらん。だが二度はないし、使用すればオマエは『神の愛』をも失う事になるだろう」


 神の愛なんて怪しい宗教家の台詞にも等しい。

 今までのリプレイリターンリスタートのどこにそんなモノが存在していたというのか、数日に渡っても問い詰めたい程だ。

 本当にこの天使とは合わない。


「 【 エルキヤ・エルティア 】 」

「それが呪文?」

「これに関してやりなおしは効かない」


 それを最後に姿は完全に見えなくなる。

 同時にピチチと小鳥の鳴き声が耳を打つ。



 ……考えろ、時間はないっっ。

 リスタートだ!!!!!

 私は結局……結局? いや違う、まずはっ!

 ……まずは、どうすればミランダに殺されないか、だ?!?!



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