◆ 2・天使訪問 ◆
偶には『おやすみなさい』でもいいじゃない?
さっきこの世の物とも思えぬ衝撃を感じて死んだんですよ? 朝寝坊の一つや二つ、二度寝の一つや二つさせて欲しいじゃないの……。
内務大臣をこなし幾つもの荘園を維持する父、王妹にして貴婦人の鏡と名高い母、血筋も家柄も完璧で順風満帆の侯爵家令嬢生活だったはずだ。
見た目にだって文句はない。
赤みがかったロングヘアは毎朝メイドたちが綺麗に巻いたり結ったりしてくれるし、所によっては不吉扱いされる緑の瞳だって我が国では宝石に譬えられる。胸も大きいし、スタイルだって悪くない、むしろ良い。
頭も、まぁ、悪くはないはずだ。
だって数十回学校生活を営んだのだ。学業に興味がなくとも覚えるというものだ。それに元々平均くらいはあった。
持ちすぎていたから、もっと持てると欲張ったのだと今なら分かる。
だから反省だってした。少しでもマトモな人間に、マシな人間になろうとさえ思っている。
なのに――最早、二度寝一つできない境遇だ。
何故って?
起きてないと入室してきたミランダの窒息攻撃に合ってTheEndですから!
選択肢は『おはようございます』の起床しかないですね、はい。
せめても、朝を知らせる鐘の音までは柔らかな布地に身を委ねたい。
そう思ったのも束の間、小さな違和感に気付いてしまった。
何十、何百――は、言い過ぎにしても百十何回くらいは聞いてきた可愛らしい小鳥の鳴き声がしないのだ。
今日は1月13日。
誕生日の朝、小鳥の鳴き声、鐘の音、メイド・ミランダのノック、父は外泊で、母は義理の妹と共に――まぁ今は関係ないが、これらはセットである。
決まり事が破られるという事は今までの日常が壊れたという事だ。
つまり……、つまり?
死んで蘇る人生、最期のターンが来たのか!?
喜んでいい……はずだ。
うん、喜ばしいじゃないか!?
こんな生活はうんざりである。来る日も来る日も死亡回避に明け暮れ心を痛め続け、完全に私は病んでいる。反省し、更生し、時に更生成功し、時に絶望して出奔、時に――とにかく色々やってきたのだ。
今こそ、世界と死にさえも、ありがとうと私は叫べる。
ならばベッドから起き上がる必要もない。
さぁ、ミランダ。
今こそっ、あんたの憎悪をこの身で償おう!
「覚悟キメちゃってご苦労さま。立派立派」
知らないおっさんの声――しかもなんか浮いてる。
「……誰よ、あんた?」
歓喜の涙さえ浮かべていた私は、喜色に満ちた声に返していた。
令嬢の仮面なんてどこにもない。
自慢じゃないが、大幅ルート改変を狙って色々と試した折りには場末の酒場で女給となった事も夜盗紛いの行為をした事すらあるのだ。
本来の令嬢的『ガラ』など地に落ちている。
「見て分からないか? オレは天使だ」
宙にいる生物はその場でくるりと回った。
天使――言われてみれば納得の見た目だ。
背に生えた白い翼は小さく、とても体を浮かせる事に使っているとは思えないし、頭についた丸いキラキラドーナツも、前時代的な白い一枚布を紐で縛った服もソレらしくはある。片肌も太腿もモロ出しだ。いくら暖炉に魔法が掛かっていて暖かいと言えど一般人だとするなら正気の沙汰ではない恰好だ。
但し、絵画などにある金髪碧眼の美少年ではなく――金髪碧眼のおっさんである。そして無精髭付きで筋肉質だ。よく見なくともすね毛などもしっかり見て取れてしまう。
まぁ、創作は願望だ。作者がこうであってほしいと天使の見た目を必要以上に美しく描いていたとしても不思議ではないし、本来の姿が従来の概念を逸脱していようとも私は受け入れます。えぇ受け入れますとも。
なにせ、私に終焉を与えてに降りてらっしゃったのでしょうから??
「横着するなよ。声に出せって、人間。オマエの心を読む労力がホント勿体無い」
「……天使様、いらっしゃいませ。どうぞ、この罪深き魂をお連れくださいませ」
起き上がり、三つ指ついて頭を垂れる。
完璧な貴族らしい所作は健在である。
「お断りだね。オマエのようなモノを召し上げては天が汚れるってもんだ」
美しい笑みを浮かべる天使はおっさんと言えども絵にはなる。然し天使でないなら火かき棒で殴りたいところだ。
「では……どうして天使様はこちらに……?」
私も80才越えの人生経験豊富な人間として譲るべき所は譲ろうの精神だ。
「オマエを『箱庭の刑』に処した事を忘れていたわけではないが。まぁ然程時間もたってないし? 期待するだけ野暮だろうなぁとは思うけども。最近どうだ?」
なんか今……色々聞き捨てならない言葉があったような?
「オマエに正解ルートを引き当ててもらわねばならぬ故このような手段を取ったが、余り猶予はない。せめて後200、いや300年の間に何とかしろと思ってな? 人間の言葉でいう、ケツを蹴っ飛ばしにきてやったのよ」
「流石に!? 流石にツッコミますよ?!?! 天使様ですよね?? 天使様の天使様たるアイデンティティは守って頂けませんか??? そんな、どっかの安酒場のおっさんみたいな口の聞き方はないっっ! それに色々ツッコミどころしかない事言ってますよね? むしろ200年300年って何なの??? 私にまだそんな期間に渡って死に戻りして来いって!? 無理なんですけどぉぉぉ???」
あぁ、ミランダ! どうかこの声を聞かないで!!
これはヒステリーじゃないのっ。ちょっとした、そう、これはちょっとした……うん、私、声が大きいのよ! それだけなのっ!
「何を聞きたいというのだ?」
面倒だと言わんばかりに天使は空中で足を組んだ。
私が本当の16才だったら、目を逸らしていただろう。
「まず、私の置かれてる状況って、天使様のせ……御業なのですか?」
「凄いだろ?」
「なぜ?! なぜこのような事をなさったのですかっっ?! 箱庭って? 200年って?」
聞きたい事は山ほどある。
全部に応えてくれるはずもないと理解はしている。それでも聞かずにはおれないだけの辛苦を舐めて来た。
たとえそれが私本人のせいだったとしても、だ。
「うんうん、オマエはクズのような人間だ。だが、そんなクズのオマエの妹は聖女となる星の元に産まれ落ちたのさ」
「……え? 聖女???」
妹はいる。
私が10才の頃にやってきた一つ年下の――血の繋がらない妹。父が『高貴なる者の務め』とやらで孤児院から貰って来たのだ。
心優しく慈愛深い、歌の一つも歌えばおとぎ話のプリンセスのように動物が集まってくるような妹だ。
彼女は身分を越えた友情をミランダと育んでいる。よって、私がミランダと上手くやれないパターンでは大体病んでいる。
ちなみに今日の妹は、父への浮気疑惑でブチ切れて実家に戻った母を連れ戻しに行っている。
私の誕生日を祝う為に、だ。
今までのリスタートで妹と積極的に関わった事はないが、結構アレな問題を引き起こして良く退場なされている。
母も自死に殺人と様々なパターンを生み出しており、我が一族の女は全員呪われているのではと思っていた。
「先ほど確認した所、オマエがクズな所為で聖女値足らずだ。覚醒しないまま死亡ENDとなっている」
「えー……ぇ」
そんな所にも波紋が及んでいたとは思いもしなかった。
だが、それはソレこれはコレである。
「私がクズだと妹の死に繋がるから改心しろって言うの? それもその子が聖女だからって??」
「改心して事も無しなら悪魔など存在しないぞ? 良いか、よく聞くがいい、シャーロット……なんとか、なんとかな小娘よ」
「シャーロット・グレイス・ヨークですね」
「シャーロット・グレイス、聖女というものは値で決まるのだ。人々の祈りは長い時を経て結晶化し人体を為す。それが聖女だ。フローレンス・メイ・ヨークはそうした存在なのだ」
「妹の名前はしっかり記憶してるんですね」
「人々の祈りを疎外するものは悪魔であり、悪魔予備軍なクズ人間である」
「え、無視?」
どうやら私の所為だという話はまだ続くらしい。
「本来であれば光の化身たる聖女が、獄から這い上がろうとするゴミムシこと悪魔共を番のような勇者と共に打ち破るのだが、いつまで経っても聖女覚醒せずだ」
「はぁ……今度は勇者」
天使の説明ながら、よくある物語でしかない。よし、今回はそれらを小説にして作家となろう。
それを飯の種とし、一人で生きていく。
悪くない未来じゃないか。
「だが、オマエという悪魔未満の存在が聖女の輝きを抑制してしまっている。これでは魔女どころか良くいる只のイイ人だ! その結果は魔王復活コースが待っている」
全部私が悪い設定かよ……。
「そこでオレ達天使は、ある日思い立った。悪魔未満のクズ人間と言えども悪魔ではない」
「そこはもう、悪魔で良いのでは?」
「悪魔を舐めるんじゃない、小娘。オマエ如きクズよりも遥かに有能で能力値が高い存在だ」
殴っていいかな?
「人間には可能性がある。秘めたる力は計り知れないのだ。オマエのようなクズにとて、だ! なので、重罪犯の魂に課す『箱庭の刑』を地上にぶっかけた。永遠にループし改心するまで続く時間獄の檻。主役はオマエ、解放条件は改心。聞いた話では、人間は諦めない生き物だ。そうだろう、シャーロット・グレイス」
バカか????
バカなのか????
「もう、100年近くやってダメなんだからダメと思います。死にかけて生きなおす人は多いです、本当に多いですよ? 私だって何度も改心したつもりでした! 更生したつもりでした! でも、実際は死んでも変わってないどころか遥かに人間的にヤバくなったの実感ですよ! 私にはどうしようもないでしょう……」
「……あぁ、成程」
そこで天使はニンマリ笑った。その顔は悪魔的だ。
「改心とは心を改めよの意味であって『更生せよ』等とはではない」
え……?
ちょっと意味が……? なに? 更生じゃない??
「明には暗が、光には闇が、聖女勇者には悪役が必要だろう?」
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