◆ 4・新規ルート


 死刑宣告にも等しい鐘の音。

 そしてミランダのノック。

 入ってくる彼女を待たずして、ベッドの上に仁王立ちする。



 どうするっ?!

 何も思いついてません!!!



「お、嬢様……、おはようございます……」


 戸惑ったようなミランダの押すカートには湯気の立つ水盥がある。

 大まかな――本当に大雑把すぎる正解ルートは聞いているのだ。それによれば今までの全てが間違っているわけだから、違う行動を取らねばならない。

 そう思っての初仁王立ちスタートである。



 ポイントは、悪……。

 悪って言われてもっっ、もう即効ミランダ撲殺絞殺パターン経験済だし! 捕らえてある事ない事言って牢獄送りにした事だってある!

 しかもそのパターン全部最悪なENDで『因果は巡るのですね』が最後の言葉になったし?!

 あれは悪ではなかったと????

 よく考えろ……考えるんだ。



 ミランダは私を殺す為に今、この場にいる。

 彼女の目的が殺害ならと、流言解雇から謝罪懇願殺害出奔、時には肉弾戦を挑みもした。

 最終的な対策としては和解目的の会話により問題先送りにて生存権を獲得してきた。


 だが、今回はもっと進んだ特殊行動をする必要があるだろう。


「ミランダ……」

「お嬢様、今日は人手が足りなくて……っ」

「待て!!!!」


 彼女の台詞が『起き上がって懇願時』パターンに突入しかけたと分かった。咄嗟に大声で止めたものの後に続く言葉はない。


 何もない。

 何があるというのだ。


 彼女の事は『第一次ミランダ戦』を生き延びた折に人を使い調べあげている。

 分かった事と言えばミランダ・オットー――彼女は母の為に生きる健気な娘で非の打ち所がない好人物である事くらい。

 後ろ暗い所など何もなく、元より知っていた通りの愛嬌90%な存在。お花畑な妹とも気が合っているくらいには本来穏やかな性格をしている。



 母の為……、彼女の行動の要因は、母!!!

 理由を消す?!?!



「お、お前の母を誘拐した!!」


 ポカンと固まった彼女は間抜けな顔ではあるものの、私の方が千倍可笑しな顔をしている事だろう。

 ああ、分かっている。

 私は馬鹿だとも。

 自分で自分が何を言ったのか問いただしたい程だ。


「……は??」


 痛い無言期間は終了した。

 正直頭は真っ白だったので、折角の沈黙タイムも生かせないままだ。


「あの、お嬢様……? なんと……?」

「お、驚くのもっ、無理はない、な!? そうだろう、驚くだろう?! 驚くがいい!」



 私が一番驚いているしな?!

 あんたの家がどこにあるかすら知らないよ!!!!



「私っ、シャーロット・グレイス・ヨークはお前の! 母を! 誘拐してやったのだ!」


 言い切る事は大事だ。

 悪役らしさを意識しての言葉と台詞だ。参考は『魔女アデレイド戦記』全10巻のアデレイド。もう方向転換はできない。

 始めたからにはこの方向で突っ走るしかない。何が起ころうとも新ルートがスタートしたのだ。


「どうした? 驚きすぎて言葉もないか! それも無理はないな、ミランダよ!」

「お嬢様……一体、どうなさったのですか……。私は、実家が近いですし事情もあって実家からの通いです……。……出勤前、母は家にいました。1時間前の事です」



 ……ミランダ、理路整然じゃないか……。

 合理性とはなんだろう、誰か教えて欲しい。



「私はっ、昨晩お前にクビを申し渡した。その後、人を雇った! 私は、元々知ってるんだよ、ミランダ。全て知っているとも! お前の母の誘拐、これが何を意味するか分かるか? 私は全て知った上でこの台詞を吐いているのだ。この脅し、伝わるな? コレは自衛だよ、コレは!」


 いささか、くどいとは思う。

 それでも強い発言を印象づけることには成功した。証拠にミランダはピクリとも動かない。

 この距離ならば彼女がどんな殺害行動を起こそうとも、避ける自信がある。


「……知ってる? お嬢様が? 全て、ですか……?」

「そうさ! お前にとって私は邪魔者、私を殺そうとしている事だってお見通しさ!」


 糾弾に彼女は俯く。

 やがて、トレードマークの眼鏡を外した。


「そう……知っていたのね……全部。あたしの事を……」


 呟きと共に三つ編みを解いてボサボサになるほどかき回す。どこか狂って見える行為の後に顔をあげた彼女は知らぬ雰囲気で立っていた。

 温和で愛嬌のある娘はどこにもいない。

 仮面を脱ぎ捨てるように彼女は、私が未だ仁王立ちを続けるベッドに腰掛ける。


「あたしねぇ、こんなつもりじゃなかったのよ……でもお仕事だから、さ。あんたが悪いのよ? 清らかであるべき聖女ちゃんに悪影響しか及ぼしそうもない存在でさ、そりゃぁ消えてもらいましょうってなるでしょ?」



 ……何の話?????

 ってか、ミランダ変わりすぎじゃない??? え? ミランダの仕事ってメイドじゃなかったの?!



「でも全部分かった上だって言うなら話は早いわ。今選びなさいよ。聖女の姉として悔い改め行いを正すか。それとも我ら啓教会の断罪を受けるか」


 啓教会――神の啓示や威光を知らしめる為なら何でもありな危険度大集団だ。


 まさかミランダが教団員だなどと、考えた事もなかっただけにショックも大きい。今までのやりなおし期間にそんな話が出た事もなかったのだ。

 ただ、教団員には色々な目に合された覚えはある。

 特に『宗教に狂ったお嬢様』ルートでは悲惨極まる。


「そう、ね……どうしようかしら……ね?」


 かろうじて返す私の言葉は完全に消沈してしまっている。


 ちょっと待ってくれ……私、そこそこ有名な信用調査やってるトコに金出して、調べさせて……後ろ暗いところ0で……。

 あの野郎……っっ、金、返せ……っっ!!!!!

 いや、落ち着け、よく考えろ、問題はもうソコじゃないっ。啓教会だ!

 ……よりによって教団……しかも、妹が聖女ってバレてるしっ。なんで、こんな面倒な事に、つか、啓教会が知ってるなら妹しっかり聖女にしろよっっ。

 いや、……啓教会……。

 そうだ、啓教会!!!!


「ミランダ、今の義妹についてどう思う?」

「はあ?」


 敬意など欠片もないミランダの声と視線。


「あのまんまじゃ、あの子は聖女なんて夢のまた夢!! 私だってあの子には聖女になって欲しいと願ってるっ、というか、本当に心底! 頑張って頂きたい!!!」


 本音である。

 ミランダの瞬きを無視して続ける言葉も、また本音である。


「もっと強い心を持って逆境に立ち向かって悪魔打倒できるくらいの気概をもってくれないとっ。聖女から脱線なんて絶対に合っちゃダメなパターン!!! 将来勇者と魔王討伐するんだから、私の行動如きに左右されるなよ!! でも今、しっかりして欲しいのは妹だけじゃないって気付いたわっ。そうよ、そうだよ、啓教会っっ、啓教会こそもっとしっかり頑張ってくれないと! あんた達は神だけじゃなくて聖女も祭り上げてる……どうしてもっとしっかり聖女に聖女教育とか……」


 天使の発言を思い出し怒りさえ沸いてくる。


「あんた友達ごっこしてる暇あったら啓教会らしく信仰第一にやれよ! 妹のケツを蹴っ飛ばして聖女らしさを身に着けさせて押し上げてっ、しっかりやれよ……、それでしっかり……フローレンスを聖女覚醒に!! もう私は影の存在でOKなんでっ。しっかり悪役でも何でもやってやるんでっ」


 ミランダは驚いた顔で聞いていたが、やがて立ち上がると正面から私を見据えた。


「聞かせ貰える? 只の社会のゴミではないと言うのなら」


 結構ひどい台詞を平然と吐くミランダに涙が零れる。



 そりゃあ、私だってロクな人間じゃないさ。

 でも、だからって……『ちょっと抜けてるけどあの子はイイ子だね』って言われてきてたミランダの、こんな顔と台詞……見たくなかった。

 生まれ変わるうちに、こんな風になれば私のループ展開も終わって改心な方向にって目指した事すらあるっ。

 親しくなかったけどもっっ、イメージ崩れて心削れるわ……!



 愛嬌も笑顔も眼鏡すらない冷えきった女ミランダ。


 分かりましたとも。

 それが本来のミランダ・オットーなら受け入れようじゃないか――これが私の歩むべき新ルートのスタートなのだから。


 覚悟を決め、口を開く。


「ミランダ、私と……手を組んで欲しい」


 そして一番大事な事をつけたそう。


「教団抜きで!!!」



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