◆ 4・メイドのミランダ、リターンズ(後) ◆
「お嬢様、学校には慣れましたか?」
ミランダは時折、問いかけてくる。
彼女は変わった人だ。急に不機嫌になり眼鏡をむしり取って破壊しては、またポケットから新しいものを取り出し装着するのだ。
一体、何が彼女を動揺させているのか分からない。
初めて眼鏡を壊してから1カ月が経った。
普通に歩けるようになったし、随分と『生活』をこなせるようになったと思う。
今日もルフスが迎えに来るだろう。
そうして学校に行くのだ。
「そうね、たぶん慣れたと思うわ」
安心させるように微笑むが、ミランダはまたも不機嫌そうに顔をゆがめた。
学校という所は不思議な所だ。
同じ年の人間が集まり、知識を得る。会話を楽しみ、交流を深め、文化を学ぶ――私は適合できていない。いや、正しくは、うまくシャーロットをできていないのだろう。
ミランダを見ていれば分かってしまう。
彼女は今の私が不服なのだ。
あぁ、どうしよう。
そうして今日も『制服』を身に纏い、笑顔を張り付け「ごきげんよう」と挨拶をするのだ。
「お嬢様、……もうすぐ、カエルの鳴く季節ですね」
「カエル……?」
セミの鳴き声をたとえに出すなら分かるが、カエルと振られるのには違和感がある。
「カエル……ですよ、お嬢様」
再度彼女が言葉にする。彼女の目を見れば、どれほど強い気持ちが込められているのかも見えてしまう。
彼女が、皆が押し隠そうとしている心が見えてしまう。
「 〈 イライラするっ、どうしてあたしが気にしなきゃいけないのよっ!!!! 〉 」
心の声が――。
「 〈 しっかりしなさいよ! さっさと元に戻って、あたしに殺されたらいいんだわっ。あぁもう! 〉 」
目を合わせれば、心が聞こえてしまう。
「 〈 腹立たしい!!!! そんな笑顔を見せるんじゃないわっ、こんなの……可笑しい! 〉」
ごめんなさい……、声が聞こえしまって……。
「ごめんなさい、ミランダ。分からないの。カエルは、どんな動物?」
落胆の顔。
あぁ、私は失敗してばかり……。
ごめんなさい、ミランダ。あなたの思うシャーロットになれなくて……。
シャーロットを思う。
私が、シャーロットだったら良かったのに……。
可笑しな事を考えているのは分かっている。私はシャーロット・グレイス・ヨーク、それなのに出来損ないのシャーロットと感じるし、いっそ別人なんじゃないかとさえ思う。
それはルフスが嘘を言っていると思うも同然で、とても罪深い考えだ。
ノックの音。
ルフスの音。
ミランダが扉を開ける。
「おはよう、ルフス」
人の心が見える。
抑えきれない心の声が。
その中で唯一、心の声がない人――。
ねえ、ルフス。私はホッともするけれど、とても怖い。
あなたはどうして……。
「おう、最近は調子いいみたいだな! アーラ」
幸せそうなルフスの笑顔は心からのものに見える。彼の不思議は、心の声が聞こえないだけじゃない。彼の背には大きな漆黒の翼。
どうして翼をもっているの、ルフス?
この地上の人間は誰も持っていない。誰にも見えていない事も分かっている。
ミランダをチラリとみる。
「 〈 こいつは何者よ、本当に気味の悪いヤツ 〉 」
そうね、ミランダ。彼が何者か知らなきゃいけない……怖くても。
私の『なくなった』翼。
ルフスの翼。
何より、ミランダの言葉に潜む特別な言葉――『カエル』の謎。
シャーロット、待っていて。きっと謎を解いて、あなたにこの体を……。
そこで自分のおかしさに気づく。まるで本当にシャーロットじゃないみたいな事を考えている。
噴き出しそうになった私に「どうした?」とルフスが問いかけている。
「少し、可笑しな事を考えてしまっただけ。行きましょう、ルフス……学校に」
彼はそれ以上問いかけず、頷いた。
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