◆ 8・バランサー ◆


「……確かに、おっさんだったけど」


 おっさん天使が年を取ったかと言われれば、あの天使らしさ満載の少年期を見ればYESだ。

 エルロリスの姿をしたオリガは大笑いをする。

 見た目と豪快さが全く合っていない様子を見つめる。



 おっさん天使は不老不死じゃなくなった?

 でも待って、普通に年を取ってるように思えるんだけど? 人間よりずっと緩やかなだけでエルロリスだって成長してたし……でも。



 目の前のエルロリスは私と同年代に見える。


「ハッハッ!!!! 聞け、シャーロット・グレイス・ヨーク。1から100まで説明してやる義理もないが、やはりお前の中にいるエルロリスの寿命は近い! あの天使の絶望はどれ程になるやら」


 彼女の狙いはもう先日聞いているのだ。長い口上を聞く気はない。


「いやいやオリガ、私が聞きたいのは別の事よ。何で、ヴィンセント王子を勇者だなんて言ったの? 本当にアレが勇者だったりするの?! で、オリガが選定したって事は本物の勇者と思っていいわけ? 私はフローレンスと第二王子の結婚を後押しすべきなわけ? 早めに動かないと権力が絡む事だからね!」


 オリガは珍妙な顔をした。


「お前、天使に恨みがあるとか言ってなかったか? 気にならないのか、天使の事……このエルロリスの事が! この身体は」

「あ、いいです。私がエルロリスだってのは変わらないんだよね? 私の中にいるのはいるんだよね? 今まで聞いてきた事が全部0に戻るかと焦ったわ。なので、もうソコから離れて。ヴィンセント王子はマジで勇者?」

「……オレは聖女じゃない」

「やっぱそうよね? フローレンスが聖女って事で、あんたは偽物聖女って事よね? 悪いんだけど退場してくんないかな? ドロドロしたフローと、そのキラキラしいエルロリスじゃさ……聖女判定めっちゃ不利」


 民衆は分かりやすい方につくだろう。何よりエルロリスは天使なのだから、誰が見ても神々しくて当然だ。たとえ中身がクソったれ気味なオリガでもだ。


「退場は無理だ。オレはこいつの身体に己の魂を封じる事で存在し続けている。輪廻の輪から出た状態だな」



 オリガって、どうしてまだ生きてんだろっては思ってたけど。成程。エルロリスの身体なのか……。いや、待てよ??

 教団を作ったのはオリガ。そしてこんな深層部にエルロリスを幽閉して、中にいた。



「オリガは、教団を今も操ってんの? 何であの王子を勇者って言ったの? 聖女気取った理由は?」


 質問ばかりが浮かぶ。


「全部答える気はないと言ったろう」

「私ね、ミランダに殺されかけたのよ。私の殺しを依頼したのは教団よね? 教団を動かしてるのがオリガって事になるとさ、当然の疑問じゃない? 私を殺そうとしたのはオリガって事になるんだもん」

「細かな指図などしておらんさ。オレが命じているのは『勇者と悪役の繋がりを絶て』という事だけだ」



 あ、やっぱカエルって勇者なんだ。



「聖女は勇者と結ばれなければならない。……かつて聖女を選ばなかった勇者がいたんだ。どんな風に終わったかも、見たろう?」

「成程。つまりフローレンスとカエルをくっつけないといけない。私は邪魔って事ね?」



 あの告白劇が伝わり、私を排除する事にしたんだわ。で、ミランダはあの時、もしかしたら悩んでたのかも。それでも私の返答に、決意を固めた。

 世界の為の決断だったのかもね。

 うん……よし、オリガにも復讐しよう!



「でも不思議なのよね。聖女システムができる前に、勇者がちゃんと倒してた時あったじゃない? あんたもその様子だとエルロリスの記憶を見てるんでしょ? なら知ってるはずよね? 勇者は聖女とかいなくても倒してた時代があった」

「あぁ。あの勇者は逸材だったな。オレの知るどの勇者もアレとは重ねられない」

「託宣が、カエルの力を抑制したようなもんだし、あんたのやる事って色々ミスってない?」


 オリガは愉快そうに顔をゆがめる。


「オレは世界に必要な事しかしていないさ! シャーロット・グレイス・ヨーク、お前こそ可笑しいじゃないか。カエルを愛していないだろう? 何故そんなに気にする?」

「は?」

「カエルと結婚したいのか?」

「いや、結婚したい云々はあんまり関係ないというか」


 むしろ立場的に結婚未来しかないのだ。心情的な面はあまり深堀りしたくないし、すでに気持ちは本人に伝えた通りだ。


「お前はエルロリスだ。カエルはオマエの相手ではない。エルロリスには、……お前にはお前にふさわしい相手がいる。『真実の愛』に足る存在だ。間に合えば、だがな」


 初めて思った。

 ミランダに殺され、スライ先輩に殺され、ヘクターに殺され、色んな人に殺されてきたがこんなにも腹立たしいと思った事はない。

 エルロリスの可憐な姿で口をきいてほしくない。

 かつての悪のアイコン。私も彼女に憧れた時期があったが、心底後悔だ。


「あんたさ。エルロリスに何を求めてんの? 友達かと思えば崇拝してるみたいなこと言って、かと思えば幽閉までしちゃってさ。扱いの落差が激しいわ。あぁ、それからあんたってエルロリスに全然似合ってないよ」

「……ハハッ。面白いな、あぁ、気を悪くしたのか?」


 気を悪くしたのは恐らくオリガの方だ。

 彼女は額を抑え、クツクツと笑っている。


「悪いが、エルロリスの身体はまだ返してやれない。代わりに答えてやろう、ヴィンセントを勇者だと持ち上げた理由は、アイツこそが魔王だからだ」

「……魔王、ヴィンセント王子が」

「そうだ。託宣を聞けば納得しないか?」


 納得はする。

 だが、逡巡はする。



 オリガの言葉を果たして信じていいもの? ってか、ヴィンセント王子が魔王なら余裕撃破じゃない?



 心を読んだようにオリガが付け足す。


「魔王も覚醒する。闇を吸い取り段々と人間らしさを失っていくのさ。魔王が先に覚醒して世界が終わるんじゃな、こちらも困る。オレはそのバランサーのつもりなんでね。聖女の覚醒と丁度いいくらいに延ばそうと画策しったってわけだ」



 ってか、魔王見つけた嬉しさ半減だわ。

 とりあえず、やるべき事の一つはクリアって事よね。次はミランダに契約を持ち掛けて、……うん、その次はどうするか、カエルに相談だな。



「あ、オリガ。もういいです。情報頂けたし帰ります。またよろしく」

「待て待て待て!!!! オレにもっと聞く事ないのか?!」

「だって答えてくれないんでしょ? 全部を指示してなくてもモンスターを作ってってのは教団だし、ひいてはオリガの所為でもあると思うから見損なったりもしてるし、それとね。オリガも気を付けた方がいいよ」

「ハッ、このオレに脅しか?」

「いや、普通に忠告。私、ミランダに半殺しされて魔王と契約したの」


 オリガの目が見開かれる。


「うん、そう。獄にいる方の魔王よ。で、契約の代わりにエルロリスあげるって言ったのよね? あ、私じゃないんだよね、あくまでエルロリスなんだわ! その身体にいるなら気を付けてね」


 勿論、大枠での説明であり真実からはズレている。それでも彼女が衝撃を受けているのが見て取れた。

 オリガともあろう者が、魔王は怖いらしい。


「お前、自分が何をしたか……分かっているのかっっ」


 オリガの怒声。

 何をも何も、交渉だ。エルロリスには最強のおっさん天使がついてる事も分かってる。魔王を瞬殺したあの男だ。どんな魔王が相手でも痛み分けという事はないだろう。圧勝とまではいかなくとも、エルロリスを守る事くらいはできるだろうと踏んでいる。



 そんな護衛がついてんだから、エルロリスの心配する事はないでしょ。



「契約は強いものだ! 力とは別の所で働く作用で」


 なおも言い募ろうとする彼女の言葉を封じる。


「オリガ、頑張ってね」

「なに?」

「作用だの、契約だの分かんないけど。オリガも生き延びる事に頑張ってね? 私もミランダに殺されかけて頑張って生き残ったのよ。カエルもいっぱい手を貸してくれてね。感謝してる」

「シャーロ……」

「だからさ、オリガ。あんたも精々、頑張って? あ、あと、私、カエルと結婚するわ。ヴィンセント王子は趣味じゃないし。魔王なら立場上は協力していくけどね」


 言葉を失うオリガを見つめる。

 彼女が口を開くより早く、彼女に背を向けて遠ざかる。

 今度は彼女が手を伸ばす番だ。


「待てっっ、オレの外伝を読んだか?! 読んでないなら、読ん……っっ!!」


 だが、景色は流れる。

 眩暈を起こしそうな程の勢いで周囲が動く。


「どうだった?」


 ヴィンセント王子こと未来の魔王の声。

 目の前に鎮座する天使の娘。

 私は振り返り、王子に答えた。


「聖女様と話したわ。情報過多で倒れそう」


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