◆ 6・ライラの事情 ◆


「我がピアソン家は、貧乏なのよーー!!!!」


 どんな罵倒すらも受け入れると待つ私に、彼女は思いっきり叫んだ。

 そして息を整えている。


「……え? イメージないけど……」

「でしょうね。チャーリーにはバレないようにしてたわ……でも、……ぶっちゃけ、バイト4つ掛け持ちしてる」

「え??? 伯爵家! 貴族! 淑女の鏡! なんで?!」

「だから貧乏なんだって」


 彼女はげんなりした口調で告げた。

 それにしたって、ピアソン家は古くから荘園管理だけでなく船便など手広く稼いでいた家だと聞いている。



 せめて荘園からお金あがってくるんじゃ??



「朝は近くの農場の手伝い、昼は髪しばって男装騎士、夜は酒場の女給、あと冒険者ギルドにも登録してて、時間のある時は依頼こなして報酬もらったりしてしてるの」

「ええええ??? 騎士? ギルド???」


 想像すらしていなかったバイト実態に呆然とする。

 農場の手伝いや女給は、私のループ人生でも経験があるし、出奔パターンでの極貧生活中にギルドにも加盟した事はある。


 まさか彼女が――とは思いもよらなかった。

 何を勘違いしたのか、ライラは己の胸をそっと抑える。


「ないから……女って見破られなかったのよ。笑ってよ、チャーリー……男に言い寄られてね、女だってバレて捨てられたりもしたのよ? 男が良かったんですって!!!」

「……あぁ……そのパターン」

「女に言い寄られてね? 女だからって見限られたりもしたのよ!!」

「そのパターンも……か」


 ライラは拳を握りしめる。傍でドロシーが未来の姉の悲しみにハンカチを差し出していた。

 確かに、男装を想像してみれば薄幸そうな美少年に見えるだろう。


「外から見た我がピアソン家といえば、結構な歴史ある名家よ? でもおじい様の船が沈没して一気に貧乏になったそうよ。それで父上が婚約者捨てて、貿易先の成り上がりお嬢様と結婚したの。それがあたしの母よ」

「そ、そーなんだぁ」


 正直、友達の家庭事情にどう反応していいやらだ。

 私とライラは『友達』という枠について話していたはずだが、彼女は全く別の話を始めている。

 確かに彼女たちピアソン家の子らには異国感がある。


「でも……あたしが産まれた頃、また沈没したのよ!!!!」



 うん、もう、なんも言えない。



「それでね、私、あなたの『友達』になった。あなたのお父様が名家の家柄だから丁度良いってあたしを友達に宛がったのよ、あなたに。報酬は我が家への援助っ」


 カエルは補足する。


「ヨーク侯爵は子供の頃、中々友達ができなくて苦労したって話だよ。友達の作り方を知らなくて、本当にお金を積んで友達を買ってたって話を陛下から聞いた事があるよ」

「ひくわ……」


 思わず漏れる本音。



 お父様がロクでもない事は知ってたけど……、よもやそこまでとは……っ。



「だから、チャーリー。あたしはあなたの友達じゃないのよ」

「なんだ、そうなの」

「え?」


 あっさりと頷いた私にライラは首をかしげる。

 重大な事実かもしれない、恐らく告白者たる彼女にとっては。

 だが、私としては踊り出したいレベルの吉報である。



 良かった……。

 ライラ、私に、恨みないじゃぁぁぁぁん!!!!!

 よし、生存競争に勝利した! って言っていいよね? だってライラは私を憎んではない! 恨むならお父様よね??? いや金銭援助してたならOKなのか? 分からないが、まぁいい!!!

 ライラ、私は大丈夫。

 なら、あんたとまた手を取り合えるわっっ。



「ライラ、お父様を殺す気なら手伝うわ! 全然気にしなくていいのよ、むしろ一緒に殺しましょう。だって今日の一日考えてみたら、結構お父様の所為も多い気がしてくるというか……うん、いいのいいの。忘れましょう! 辛いことは!」

「……どうして、チャーリー……あたしの事、怒らないの……?」

「どうして、ってライラは、私を憎んでないんでしょう?」

「ええ」

「私を殺したのは……、あ、いや、殺そうとしたのは! 弟とのLOVE的なアレのせいよね?!」


 ならば、全然問題はない。

 彼女の愛する弟は、先ほどちゃんと明言してくれた。



 私はただの『近場おっぱい』だったと!!



「えぇ、チャーリー。あたしだって愛する弟の次の次くらいにはあなたが好きよ」



 構わない。

 次の次という間に、カエルという生物がいようとも、蛇という生物がいようとも!

 だって、彼女の殺意の理由を知れたのだっっ。



「ね、全て勘違いだったなら問題ないわ」

「チャーリー、どういうつもり? 何だか今日のあなた、いつもと違うわね……キレて殴り倒されるくらいは覚悟してたのに」


 過去の悪行が蘇り、首を振る。


「私も16才だもの、大人になったって事よ。それよりライラ、友達は止めましょう!!」

「……そぅ……ね」

「これからは同志よ!」


 ライラが何かを悟ったように俯いていた顔を、あげた。


「同志……?」

「私のお父様とライラ祖父の打倒同盟。私が今日一日、どんな目にあったかを伝えられるなら伝えたいほどに、……色々と、ね」


 笑顔たっぷりに言った私にスライ先輩の声が振る。


「バカバカしい!!」


 口まで封じられていたはずの彼だが、どうやら、見かねたアメルに外してもらえたようだ。


「ピアソン! だったら、ウチと提携しろ!」

「死にぞこないは割って入らないでもらえます? 今、親友と縁切り話から可笑しな流れになってるんで」


 ライラはすげなく応えた。


「待て! 聞け! いいか、バカなお前らにも分かるように言うとだ、ウチの仕事は、人材派遣に近い。ギルドから毎日上がってくるヒマ人リストから組み合わせを決めて簡易傭兵団を設立し……ぐっっ」


 妹の膝蹴りが腹に入って黙る兄。


「言葉遣いに気を付けろ、兄さん。私の未来のお義姉さまだぞ」

「……Angel、ごめんよ……」

「ドジな兄に代わって、私がご説明申し上げる! スライ事業部のモットーは『安全な運送を!』なのだ。船が沈む他にも都市間の移動が困難な昨今の情勢は、魔物の急成長が原因だ。ギルドと連携し、使える人材で作った傭兵団を派遣している」



 魔物の急成長……。

 それってまさか魔王とか聖女と関係あるって事になる? ん??? それ、つまり覚醒してない聖女のせいとか??? え? それって、つまり悪役できてない私のせいとか??



「この仕事の良いところは力自慢はいらない事だ。戦いや魔物への勝利が目的ではなく、回避だ。よって魔法も結界よりも隠形系が求められる。隠形系の魔法は下位魔法、ギルド下層ランクで雇える。我々の財布は痛まず、彼らも仕事でうるおうという仕組みさ」

「だが利率がいいわけでもない。まだ運営スタートしたばかりだし、あちこちに根回し金ぶっこんで、迂回ルート用の情報処理で金がかかるからな」


 自慢げなドロシーに反して、先輩の方は厳しい顔をしている。


「それでも、ピアソンはウチと組むべきだ。そもそもピアソンが貧乏になったのはお抱え傭兵団のせいだぞ。船ごと積み荷を沈没させた傭兵団に金を払い続け、事故の補償までしている。見上げた雇い主根性だが……」


 彼らの会話内容などどうでもいい。

 聖女の覚醒うんぬんが関わっての貧乏だとしたら、その事は絶対にバレてはいけないという事だ。



 ルート的にどう動けば正解だ?? とりま、聖女云々がバレても恨まれないように、今のうちにライラの貧乏脱出計画は必要だよね??



「俺はAngelの恋人調査をした、だからピアソン家の内情は全部知ってる。お前の兄たちが凄腕の傭兵をやっている事もな!! 俺にはお前の家がいつでも潰せる事が分かっていた。だが、俺だって鬼じゃない……自殺に追い込む云々はその場の勢いで、本当はっ」

「所詮、兄の言う事、もったいぶった所で期待はできん」

「妹と別れてくれたら、解決策を提示する気だったさ!」



 解決策!!!!



「ライラ、先輩と組みましょう」

「え、チャーリー?」

「そこの恋人たちに別れて欲しいのは二人の総意でしょ?! 私も乗るわっ、そう親友としてね!」

「いや、流石にチャーリー、それはないよ」

 カエルが常識的な指摘をする。



 悪い、カエル。

 私は悪役なので、気にしません。



「待ってよ……別れるって、どこまでの接触OKなの?」


 アメルが最低な質問をしている。


「別れる気はないぞっっ、私が何年片想いしてたと思ってる!!!」

「でもドロシー、うち潰されるの困るよー……」

「大丈夫だ。私が兄をぶちのめしてでも、そんなことは」

「冷静になって、みんな」


 カエルが割って入る。

 なんだかんだ言って王子だけあり、うまいタイミングで周囲に意見を割り込ませるものだ。


「第一にライラに決定権はないよ。家のことは伯爵がなさる事、決定権も伯爵にある。交渉するなら先輩はライラの御父上にしないと」

「殿下……!」

「だがっ」


 ライラと先輩が正反対の意味で声をあげる。


「第二に、今聞いた話には決定的な保証もない。何とかなったとしても結果が見えない事に別の結果で釣り合わせるのはどうかなって思うよ?」

「そうよね? 私もそう思ってた! そこでカエルを誘拐して身代金をっ」


 カエルが私の肩に手を置きクルリと後ろ向かせる。


「だからお試し期間を持とうよ。まずはライラと先輩で伯爵に話を持ち帰り相談、始動できそうなら始動。その間、弟妹カップルは兄姉を刺激しない範囲での交際」

「まぁ、悪くないですわね」

「……いいだろう」



 そうか、そうか、私は邪魔か!?



 振り返り、カエルを怒鳴りつけようとした瞬間――全てが停止した。

 何もかもが動きを止める。

 止まったと分かったのは動きの少ない室内の事ではなく、音が消えたからの理解だ。

 無音。

 それは私に、ある出来事を思い出せた。


「ハロハロー、どうも天使です」



 あぁ、やっぱりお前か……っっ!!!!



 出来事が多すぎて、久しぶりに感じるイケおじ天使が頭上に降臨した。


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