◆ 5・一癖どころではないPT ◆
加害者と被害者の弟妹が入場する。
ミランダの案内で入ってきた二人はどちらも招待客ではないのに駆け付けた為か、普段着で乱れている。
だが、面差しは兄と姉によく似ており美男美女カップルである。
どちらも色艶の良い黒髪ながら、その髪質は性格を表すようだった。
片や良く知るライラの弟は、柔らかな猫毛でホワホワだ。勿論、その性格も昔から現在に至るまでホワホワで、掴みどころがないというよりは多分――きっと何も考えていない部類なのだろう。
ただそんな彼の恋人はスーパーストレートロングヘアで、スライ先輩よりもずっとクールビューティーだった。瞳さえ紫水晶と表するにはあまりに硬質で見下すかのような表情をしている。
美少女は入ってくるなり兄の頬をはたいた。
「何をしているんだっっ、兄さん!!! 私の未来の義姉だぞっ、イメージを悪くしてくれるなっっ!! 言い値の和解金払って土下座しろ!!!」
うっわぁ……。
美少女の口から聞きたくない台詞である。
しかも兄が反論しようとするたび、平手が飛んでいる。イケメンの顔は大事にしていただきたいものだ。
一方、物静かな入室からの穏やか微笑でライラの弟が口を開いた。
「姉上、いつかはヤルかもとは思ってたけどねー、何も友達の誕生会でしなくてもいいんじゃない?」
それですよ、それっっ。
彼の発言には同意しかない。何度も頷く。
親友の弟は礼儀というものを心得ている。
名前はアメルだかカメルだったか覚えてないが、別に私が父に似て覚えられないわけではない。親友の家ピアソン家はミドルネームが長すぎるのだ。
「アメル……だって、あの男はお前を誑かそうとしてたのよ」
どうやらアメルだったらしい。
そして話題の『あの男』ことスライ先輩は妹に猿轡をかまされた所だ。謎の兄妹仲である。
「姉上……俺の事、考えてくれたんだね」
アメル・中略・ピアソンとライラ・中略・ピアソンはスライ兄妹よりは穏やかな雰囲気だ。
アメルがカエルに向かって頭を下げる。
「大体の事は殿下の使いの者から封書にて報告いただいております。殿下、姉を止めてくださって本当にありがとうございました」
「謝罪は……ボクよりも、誕生日のチャーリーに」
「そうでしたね。シャーロットさん、ごめんね……せっかくの楽しい誕生日なのに」
全く楽しくないウン十回目なので、気にしないで欲しい。
だけど、素直でイイ子じゃない……。
今までのパターンから逸脱しすぎてて、今後の展開が謎だから早く退場してほしいけど。
互いに幼い頃から知り合っているとは言え、親友の弟と姉の親友でしかない。情報は多いのに、会話した回数などたかが知れている。
「シャーロットさんにも迷惑かけちゃったし、俺もちゃんと言わなきゃだよね……ここに来るまで、ずっと考えてたんだ。俺、姉上にどういえば分かってもらえるかなって、もしかしたら俺の言う事が、姉上の中にある『俺像』を壊してしまうかもだし……」
「アメル……あたしがあなたに幻滅するなんてあるわけないでしょう? たった二人の姉と弟じゃないのっ」
ちなみに二人の両親は健在だし、何なら田舎荘園に隠居した祖父母や叔父夫婦や従兄妹たちも多数いる。何より忘れてはならないのは年の離れた兄がいる事だ。どこをとっても『たった二人』ではない。
感極まったような姉弟から目を離す。
先輩だって妹が怒ってくれているし、親友だって弟に宥められている。ならば、本来の我が妹チェックに戻るべきだろう。
そっと部屋を出ようとしていた私の耳に――。
「俺、シャーロットさんのこと好きだったよ」
とんでも発言が聞こえて来た。
恐る恐る振り返れば、ライラが石像のように固まっている。
待って待って待って???? まだそこからのライラの殺人衝動ポイント上げてくる?!
「あのね、姉上、あまりこういう話を俺も『姉』とはしたくないと思ってた。でも俺もそれなりにモテちゃって、結構男女問わない求婚多いから姉上も心配しちゃってたんだって思うんだ。だから、軽蔑とか恐れずに……ちゃんと言うべきだって、だから……あえて言うね」
よし、止めよう。
「待ちなさい、カメ……アメル!!!」
「俺、胸がないとダメなんだ」
私の叫びと彼の言葉は、ほぼ同時。
それでもちゃんと聞こえたとしても意味はわからなかったろう。
アメルは困ったように頬を染めて続ける。
「巨乳が好きなんだよね。だからどんな美人でも男はムリだね、筋肉にも興味ないし、ふわふわおっぱいじゃないとなんだ、もちろん貧乳が嫌いなわけじゃないんだよ?! それがおっぱいなら全部尊いし! でも、でもね? 俺的に滾るのはやっぱり大きい方で、受付けも手からはみ出るサイズにしたいんだっっ」
熱く語る弟に、何故か彼の恋人が胸を張る。
「そう! そして私は大きい!」
確かにスライ先輩の妹君はわざわざ胸を張らずとも見て取れるほどに大きい。私より大きいだろう。
彼女の足元では先輩が猿ぐつわ越しに喚いている。内容は分からないが概ね同意したい。
ってか、それでいいのか、スライ先輩の妹は?!
放心していたライラはやがて――。
「あたし、小さいね……?」
「うん! そうだね、姉上と禁断の壁越える要素がなくて良かったよ」
ライラの目が私の胸に注がれる。
「うん、そうなんだよね。一時期好きだったよ、シャーロットさんの胸」
彼女の目に殺意が宿る。
「いやいやいや、ライラ、良く聞いて、そこのカメ野郎が言ってんのは私の胸であって、私の人格や存在とは全く関係のない事で、勿論、そんな乳しか見えないカメ野郎なんかに触らせた事も見せた事もないっっ!!!」
「そうなんだよね、とっても残念だけどないんだよー」
お前、黙れっっ!!!!!
「チャーリー……彼はカメルじゃなくてアメルだよ」
カエルは無視だ。
「病気で寝込んだ時にね、悪寒に苦しむ俺を姉上は抱きしめて寝てくれた。あの日、気付いたんだよ……乳に大きいも小さいも関係なく、ただ尊いんだってね?」
余裕あるな、こいつ。
「俺は幼すぎたよ、無邪気にも近場の巨乳シャーロットさんに心奪われたりしてさ」
言い方どうにかならないか?
「貧乳の良さを教えてくれた姉上、心配しなくて大丈夫だよっ。だって俺は巨乳ならドロシーが! 貧乳でも姉上がいるんだから! どっちも最高に美人でエロくて、俺を愛してくれてるっ。だから、心配しないで? もう寄り道しないから」
私はカエルを睨む。
最早スライ先輩の妹の名が判明したとかどうでもいい。
「あんたが言った私も『知っておくべき事』って、まさか親友の弟のクズっぷりじゃないよね? それとも私が『近場の巨乳』だった事ですか?」
「いや……こういう話の予定じゃなかったって言うか……うん、結構な問題児だったね、彼……」
カエルは困ったようにオーバーリアクションで驚きを体現している。
だが今心配すべきはライラだ。
この驚きの弟発言で、どう動く気かが問題である。
アメルは姉に手を伸ばすも何かに阻まれジリリと宙を光が走る。光は円柱状に天井まで光り消える――結界だ。
彼が悲し気に視線を落とすも、ライラの方はそんな弟に慈愛深い笑みを向けた。
「そう、だったの……。あたしね、本当は知ってたのよ。アメルがチャーリーを好きって……だけど彼女には婚約者がいる。それも王子……で、カエル。とても太刀打ちできないと思ったの」
大体はカエルだったら太刀打ちできると思います。
「アメル、愛するあなたを守りたかった……、だから今日、チャーリーを殺そうって思ってたのよ」
「え? 待って待って待って? それって私が近場の巨乳だから???」
慌てて割り込む。
「姉上……そうだったんだ」
「お義姉さまは姉の鏡ですっっ」
弟妹の方は感動している。
スライ先輩の妹ドロシーなどノリで『お義姉さま』呼びだ。
だが待って欲しい、とても弟を守ると『だから』私を殺すが繋がらない。ライラは結界のせいで動けないが、それでもギリギリまで近づいて留まる。
彼女の息が触れたのか先ほどと同じく青い光が宙を駆ける。
「チャーリー、今日はあなたの誕生日。16才よ? きっと夜会の最後にはカエル王子との予定成婚日が発表されるわ。それを聞いたら、アメルは傷付く……だから発表なくすのに、手っ取り早く」
「いやいや、待って待って!? 私たち親友よね?! まだ親友でしょ?? まずカエル殺しなさいよ!!!」
「嫌よ。あたし蜥蜴とか蛙、好きだもの」
「……トカゲ?」
とか、ってなんだ??
トカゲって誰だ?
このカエルみたいに呪われた人が他にも??
「チャーリーにとってはカエルってアレクサンダー王子になっちゃうけど、あたしの言ってるのは普通の蛙だからね」
「……カエル……そう、なの? ライラって、生物的な、そういう、蛙が好きなの??」
「そうよ? 子供の頃から蛇飼ったり、蜥蜴飼ったりしてたじゃないの」
言われてみれば、ライラは変な生物を飼うのが趣味だった。
彼女に刺された時、親友に刺殺されたショックから立ち直って振り切って……それから原因を考えて。
やがて彼女の言動の全てで、カエルを好きなんだって思った。
私が恋敵だからだって……。
でも、そうか……やっぱり弟が一番だったか!!!!!
「だからって……ライラ、蛙より友達選んでよ……」
「……殿下にも言われたし……ネタバラしするわ」
彼女はフゥーっと長い息を吐く。
「あたしね、あなたと友達じゃない」
そうか……、まだこの問題はあったのか。
なら、聞くしかない。もう私は充分、あんたに刺されてきた。初回だったらムリだった、でももう全然痛くも痒くもないわ。
「私は友達だと思ってきたから聞くよ、ライラ。今まで友達面してたの? 話合わせてたの? そういう方向の理解でOK?」
余裕たっぷりに聞いた。
こういう時、なんでだろう。
終わりたい、0に戻したいって考えちゃうね。
……刺すなら刺せだわ。
でも、タダでは死なない、理由はしっかり覚えて次回に生かすっ!!!
気合十分な私に、彼女の方が目を逸らす。
「友達ってね、あたし、同じレベルで対等じゃないと成り立たないと思うのよ。そして、あたしたちはどちらの条件も満たしていないの」
カエルが傍にやってきて私の背を押す。
このカエル、私を殺す気かっっ?!
ライラの前に立たされた私は、それでも結界があるのだからと心を強く持つ。
「……聞こうじゃないの、16年の大半をあんたと共有したんだから」
今更痛む胸もプライドもない。
どんな話でも受け入れると、彼女の次の言葉を待った。
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