◆ 7・天使と悪魔 ◆


 軽すぎるノリで現れた天使は見知った顔だ。

 私でなくとも、この唐突さにはイラつくだろう。



 むしろ、花瓶とか……投げていい??



「ん? どうしたの、久々の生天使に喜んでいいんだぞ? 人間にとって天使との遭遇って『ありがた嬉しい』もんだろ?」

「なにそれ」

「ちょっと前に降りた時、言われたんだよねー。大勢の人間が、ズサーっと頭下げてさ、まぁ大体『ありがた嬉しい』的なこと言ってたよ。天使冥利に尽きたねぇ、あの時は」

「へぇ。で??」

「うん?」


 おじさん天使は首を傾げ――思い出したようにポンと手を打つ。


「そうそう、今日はお仕事にきたんだった。いわゆる、オレってこの箱庭プレイ場の責任者でね。そこの生ゴミを片付けに来たってわけ。天獄関連のいらない事まで話されちゃ堪ったもんじゃないしぃ」


 天使の指さす先には己の胸。

 いや、クリームのついた胸元だ。いつの間にか、ちょろりと顔を出している小蛇がいる。


「クソ天使野郎……っ」

「え、ちっさっっっ!!!! マジかよ!? これ悪魔?!?! こんなの処理に来たの、オレ!!!!」


 続いて天使は豪快な笑い声を響かせる。

 小蛇はプルプル震えていた。


「ハハハっ……はぁーーっ、面白すぎる。ねぇ知ってる?」



 落ち着け、ルーファ。私もこの天使には色々思うところありますから……。



「悪魔の擬態の大きさって基本系は年齢に比例するんだよね。そいつクソちっさい、幼児レベルっっ」

「うるせぇ!! 天使だって同じじゃねぇか!!!」

「そだねぇ。でもオレが擬態したらこの世界くらい覆えちゃう蛇になるかもね?」

「おま……っ」


 言葉をふさぐように天使は蛇の頭部を摘まみ上げる。

 ルーファの抵抗も、私の抗議も無視して引きずり出される。

 抗うように蛇の尾が必死で揺れた。


「はぁ、これじゃ弱いものイジメな気がしちゃうなぁ。でも……『お前』いらないことを言おうとしてたし……消えてもらわないとね。さて、短い生に、お疲れさ……」

「待って!!!! おっさん天使!!!」


 慌てて天使を掴もうと手を伸ばし、スルリと避けられる。

 床にベチャリと沈んだ私を、天使が思い出したように目を向けた。


「あ、今日の目的ってこいつで、オマエに言えることは何もないんだよねぇ。あ、もしかしてオマエ……!」

「なに……」


 嫌な予感がしながらも問いかければ、天使が驚いたように口元を抑える。


「オレに惚れちゃったの?! 抱きつきたかった?」

「は?」

「ごめんごめん! オレは天使だから博愛なんだよね! でもほら、だっこくらいならしてやるよ!? さぁおいで、賭け馬小娘!!」

「絶対ないわ!!!!! で、そのヘビ返してっ」


 怒鳴り、要求を突きつける。

 天使は蛇をチラリして、首を振る。


「天使と悪魔の事に人間は口出しNGで。そもそもイレギュラーだから捕獲にきたんだし」


 蛇の尾はまだ揺れていたが、やがてポトリと床に落ちた。

 生クリームの油分が生死を分けたのかもしれない。


「ルーファっ」


 慌てて手を差し出せば、モタモタと掌にのってきた。



 まだこのヘビには聞ける事がいっぱいあるのに!!

 なんてもったいない事をしようとしてんだ、この天使!!!



「ねえ、悪魔から情報を貰うっていうことの意味、わかってる?」



 しまった、この天使! 心が読めるんだったっっ!!!



「悪魔と手を組むっていう事だよ?」


 どう答えるべきか悩む私に、拍手が響く。


「いいね。いいよっ、流石は人間だ。祝福を、シャーロット……なんとか」



 まだ覚えないのか!!!!



「己の利益の為になら悪魔とも手を取り合える。そんなオマエたちをオレたちは愛しているとも」

「おっさん……」

「天使様って呼んでくれる?」



 絶対イヤだっっ。



「悪魔に聞いた通り、オマエは悪徳値MAXの7回目だ。本来は死んだら箱庭刑どころか魂の解体作業になるわけだし、粋な計らいでしょ?」

「おい、チャーリー、騙されんな!! 俺様は確かに若いが、それでも生きてる人間に箱庭刑使うなんざ聞いた事ねぇよ! 天使野郎の言葉を鵜呑みにするのは危険だっ」

「黙りなよ、小蛇ちゃん」



 なんてこった……天使と悪魔の声まんまじゃん……。立場逆転だけど?!

 普通、甘言は悪魔の役どころじゃないの?!?!



「それに、俺様分かった事あるわ。やっぱり色々可笑しいんだよ!! このまんまじゃお前永遠にループしてっかもしれねぇぞ!」

「え!?」


 聞き捨てならない一言に、発言はルーファながら天使を見る。

 涼しい顔のおじさん天使は「それで」とも言うように悪魔を見ていた。


「俺様が聞いた話と違うんだよ。聖女っつーもんはフラットな視点で物を見るって聞いてたんだけどな。あいつ、かなりチャーリーに移入してんじゃねぇか。それに、あの聖女は聖女っつーより、闇の気配が強すぎるんだよっ。天使野郎、てめぇ何か知ってるんだろ」

「どういう事よ? フローレンスは聖女じゃないって事?」

「いや、聖女だとは思う。でも従来の聖女とは……違う」


 二人分の視線を受けてか天使は肩を竦めた。


「幼児悪魔に何がわかるってーの。お前、前回の聖女誕生日、生まれてもなかったでしょうが」

「それでも俺様だって悪魔だ、分かる事はあんだよ。……てめぇが、相当な高位天使ってわかるみたいにな」

「え?! こんなおっさんが?!?!」

「チャーリー、見た目に騙されんなっっ、天使ってのも見た目で騙す性質があるっっ」



 確かに、こんな筋肉質で半裸のおっさんが天使なんて可笑しいと思った! こっちの警戒心とか色々下げに来たってことか?!

 ……いや、余計あがってるわ。



「いや、お前もオマエも失礼すぎ。オレのコレは、リアル姿なんでめちゃくちゃ傷付くんだけど」


 言い置いて、天使は頭をガリガリかく。


「真理とは、己で辿り着いてこそ価値がある……もんだけど、じゃあ、一つアドバイスあげる。今までオマエを殺してきた人間は皆、成功ルートに不可欠な人材となる」



 それ……今、ほぼ全員がこの屋敷に今、集まってない????



「ほら、これ」


 天使は懐から時計を取り出した。

 時間は11時55分となっている。そして止まっている。


「時計、壊れてない?」

「壊れてないよ。これはね、悪徳値計。オマエが悪役行動をするたびに動くよ。ちなみに前世6回分もカウントしてるから、あと5分しかない」

「……前世、私、何したの……?」

「色々とだよ。聞いても面白くないし、どうにもならない過去の事象だ。知る必要はないんじゃない? 魂には刻まれてるけど、オマエの今に影響を及ぼしてるわけでもない」


 疑問ばかりが浮かんでくる。


「悪人は悪人転生しちゃうわけ?」

「ううん、かなりのレアケースだね。とても珍しい魂だ。だからこそ、オレたちはオマエに期待している。きっとオマエはこの役目を全うするだろう」



 私が悪役として輝ければ、聖女覚醒なわけだから……これが0時になったら、フローレンス覚醒ってこと?

 だとしたら分かりやすいけど。



「それ、貸して!」

「ダメ。時間進んだら言いにくるよ。実は今回1分進んでるんだ、その悪魔のせいだろうね? 実に素晴らしい。オマエの役目はこの時間を進める事だし」


 悪魔と協力関係で1分? なら悪魔あと5人仲間に引き入れたらOKなんじゃ、え? 楽な気がしてきた?!


「ちなみに、他の悪魔はもう回収済みだから。そいつが最後だったんだよね、いや小さいから遅くなっちゃったとも言えるかな」

「うっせーよ!」


 怒鳴るルーファを掌に閉じ込めて、聞く。


「てっぺんにいったら、フローレンス覚醒? 覚醒したら、どうなるの?」

「0時になったら鐘が鳴る」


 天使は微笑む。


「世界に響く鐘を鳴らしてくれ、悪役令嬢」


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