第二章・快進撃への道

◆ 1・斬殺の理由 ◆


 悪魔に殺された。

 比喩でもなんでもない。

 そう、私は悪魔に殺されたのだ。

 正当な理由だとか色々その他諸々――納得を別にしても理解はできているから、受け入れるしかない。



 開いた目には、まだ天蓋の布しかみえていない。小鳥の鳴き声も聞こえている。

 また第一回ミランダ戦が始まるのだ。


「いたいた、チャーリー」


 聞き覚えのある男の声は紛れもなく悪魔の物。


「おい、忘れたのか? 俺様だ、俺様! ルーファだ!」



 いや、知らないし。

 何なら名前初めて聞いたし。



 視界に飛び込んできたのは、鎌首をもたげる蛇。

 悲鳴すら喉に詰まる。

 蛇はぐにゃりと溶けて人間体へと変容した。その様も見れたものではない程に気持ち悪い。


「さっき会ったろう、もう忘れたのか?」

「……あっ、殺人犯……っっ」

「悪魔だよ!!!」


 景気のいいツッコミを返す如何にもな容姿の悪魔男はベッドの上に座り込む。



 人殺しといて悪びれ度0、勝手に婦女子のベッドに居座る、うん確かに悪魔っていうか……クソ男だわ。



「悪魔ですね……確かに。名前は、今聞いたけど」

「そうだったか? 俺様の愛称のようなものだ、ルーファかルファと呼んでくれ。俺様もお前をチャーリーと呼ぶからなっ」

「はあ」


 悪魔の癖に輝く笑みで元気にいうのだから、頷く側も釈然としなくて当然だろう。

 何せ、この悪魔はつい先ほど私を殺したのだ。


「すぐ女中が起こしにくるんだったな? 箱庭刑にとって俺様は只の闖入者、時を止める事はできん。時間もない。なので、お前は前回と同じ行動を取れ。俺様、蛇に擬態してるから」

「待ってっっ、リスとか鳥とか猫とかにして!!!」

「……おぅ」


 ルーファと名乗る悪魔はまたも体を溶かして姿を変容させた――白く小さな蛇に。


「すまん……腹が減りすぎてて、選べねぇ……」



 失敗か?

 失敗したのか、それは??




 結果から言えば、第一次ミランダ戦は前回同様の流れで終わった。もとい、終われた。

 ルーファはどうしてたかって?

 指輪よろしくグルリと小指に巻きついていた。これだけ小さいと恐怖はあまりないし、むしろ可愛い部類に入る。

 ミランダが部屋を出て行ったので突いてみると、赤目の白蛇はクタリと床に落ちた。


「え?」


 小さな蛇は見るからに萎れている。


「ちょ……っ、悪魔ってこんな弱いの?!?!」

「俺様が何百年、腹空かせてきたと思ってんだ……」


 少しだけ浮かせた頭が文句に合わせて揺れる。


「数百年だぞ……しかも……うぅ」

「あの、ちなみに悪魔の食事って? 生の人間バリバリ食べるとかじゃないなら……なんか食べてきたら?」

「いや、お前……悪魔にどんなイメージ持ってんだよ。俺様、結構上位なんだからな。バリバリなんて喰うか、……ちょっと無気力になるくらいだ」

「無気力くらいなら、そこらの、そうだ、ミランダとか、食べてきたら?」

「お前、結構最低だな」


 だって、ミランダには数十回殺されてるのだ。

 そりゃ生贄に差し出したい程度の恨みは充分にある。


「お前喰って無気力になられても困るし……もうちょっと我慢する。我慢できる。俺様、上位悪魔のプライドあるからなっ、飢餓に狂って無計画に人間喰いました、ループ再開ですなんて笑い話にもならねぇし!」


 小さな蛇が頭をぶんぶん振っている様は可愛らしい。

 たとえ本性悪魔でも可愛らしい。


「さてチャーリー、話をリスタート前までに戻すぞ。」

「え、協力してくれるの?」

「お、ま、え、が!! 全く達成できそうもないから、俺様が協力する他、空腹を止められねぇーからだろ!!!」


 お説ご尤も。


「いいか、お前はあの闇女こと聖女フローレンスを悪感情、負の感情に晒さないようにする事が一番だ」

「はぁ」

「聖女ってのは、人間の祈りの化身。つまり人間じゃねぇ」

「それは聞いた」

「人間じゃねぇってのはな、人間とは違うって意味だけじゃなねぇ。存在自体が違うんだよ。人間ってのは正邪のバランスが取れた存在でな。まさにこの天と獄の中域に住まうに相応しい存在だ。逆を言えば、バランスが取れるのが人間ってもんだ。どちらかの天秤が大きく揺れようとも片方が0になる事はない」

「聖女は違うの?」

「あぁ。聖女や魔王ってのは最初から天秤の形をしていない。むしろ只の秤だな。乗るものは善であり悪であり……つまり、聖女ってのはとても脆いもんなんだよ」


 分かったような分からないような事をいう男は考えを変えるように頭を振る。


「お前は前回同様の流れを作れ。問題は夜会が始まるより前だ、聖女が人殺しをする前に止める必要がある」

「お母様が離婚を宣言するって話での逆上殺人だから……会場移動が始まった所で私が先にお母様に会う、って事ね?」

「いや、お前は聖女と会え。死体の具合から見ても、死後1時間と経ってねぇ」

「でも、お母様の離婚問題があの子を狂わせたようなもんで」

「大丈夫だ。俺様がお前の母親を喰う」

「は????」



 ……全然大丈夫じゃないんだけど???



「言ったろ、俺様が食事をすると無気力になるってな。なぁに、負の感情を喰うから数日抜け殻みたいに寝込むだけだ。鋭気を養えば次第に……段々? とにかく普通に戻る、ひと月かからんさ!」

「本当に……大丈夫なの?」

「おう。任せろ、腹が減ってても配分見誤る程ガキじゃねぇ」




 悪魔の言葉に後押しされる不安はあれど、効果的な手も思いつかない。

 次の行動までの時間もない以上、乗るしかないのだ。

 前回同様に父との会話からミランダの信用を勝ち取り、王子との念書まで行きつく。

 すでに分かっているルートをなぞらえるのは然程難しくなかった。とはいえ、多少の言動の違い――それから得られる情報量には差があった。

 たとえば、生徒会長たるスライ先輩の叫びで彼の鬱屈とした思い――妹に恋人ができて不満たらたらである事や、聞いてもない婚約者の王子が自分のカエルの種別を説明したり、と。

 その間、悪魔ルーファはずっと小指に巻きついて大人しくしていた。

 やがて、王子たちがやるべき事を為す為に出て行った部屋でルーファは人型を取る。


「魔女オリガか。これまた面倒なのが絡んでるな」

「知ってるの?」

「長生きだからな、あっちの方が」

「悪魔より長生き……それは確かに面倒そうだけど、呪いを解く以外で関わるわけもないし。解くのもフローレンスがメインで頑張る企画だし」

「お前が思ってるより面倒な話だ、と言っても俺様まだ300才の若造だから知ってる事は少ない」



 300才って若造なの???

 オリガどんだけお婆さんなの?!?!



「オリガは、大昔の悪役令嬢だ」

「え、悪役令嬢???」

「オリガ、はな。今のオリガはかつての聖女だったりする」

「え、聖女?!」

「頭の良い男だったらしい」

「え?! 男?????」

「いやツッコミ多いわ、落ち着けよ!」


 一々驚く私にルーファはキレた。

 というか『わざとやっているのでは』レベルでブッ込んできたあちらに非がある。


「どうせ桁が違う大昔の話だ、驚きしかねぇだろーよ。そのうち順を追って話してやるよ。だが、今お前がやるべき事は、だ。聖女の傍で殺人阻止! 聖女を監視する事だ」

「ちょっと待ってよ、はいそうですかって引き下がれないって! だってオリガは悪役令嬢で聖女で男だったんでしょ!? じゃあ、フローレンスは……男なの!? で、まさかフローレンス、悪役令嬢も兼任できるの??」


 溢れる疑問をそのまま伝えるも、相手は頭をかいてそっぽ向く。


「めんどくせ……。やる事やってこいよ。また聖女が人殺ししたら斬殺するぞ。まぁ、悪魔に与えられる死は甘美なもんだから、死に戻れる身では、さほど脅威ではないかもしれないがな」

「充分イヤだったよ!!!」


 悪魔は思いついたように口を開く。


「じゃあ、オリガの正体だけ教えてやる」

「おお!!!!」

「魔女こと悪役令嬢だったオリガの名を騙ってんだよ、聖女脱落者の男がな」


 オリガの正体が悪役令嬢だというなら――いや、今問題にすべきは。


「聖女、脱落って……今のフローレンスと私のアレやコレに近い気がするんだけど」



 元のオリガも、私と同じように箱庭刑をやったんだろうか?

 失敗したっていうなら……失敗し続けた私の300年後は、ってか、オリガはどうなったの?



「言ったろ? 今、お前がすべき事は聖女が行う殺人阻止だ」


 それはそうだった。


「斬殺は……イヤだしね」

「おう! 俺様も空腹イヤだわ!」


 お互いに顔を見合わせ、大きく頷き合う。

 ルーファは力の節約とばかりに、またも小蛇に戻った。



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