第五章・天獄の誓い

◆ 1・悪魔失格 ◆

「よう来たね、こんちは。あ! ごきげんよう、やったかな?」


 溌剌とした声の主は女だ。青く逆巻く炎の髪に、赤々とした瞳。グラマラスな褐色の肌には炎が衣服のように絡みついている。

 暗闇一色の世界に燦然と輝いている。

 彼女は独特のイントネーションで、両手を広げる。


「久々のお客さん、嬉しいわ。今日はどないしたん?」

「あんた、だれ?」


「呼んだやろ、ウチの事。ウチは、炎の魔王にして偉大なる精霊フォティア。ウチの子がお世話になっとりますー。あ、ウチの子ゆーんは、ベオルファの事ですわ」

「はぁ……え?」



 ベオルファ?! そうだ、エルロリスが言ってた『ベオルファ君』って!! エルロリス? そうだ、どうして……さっきまで私……。



「ルーファの事、だよね?」

「やね。知らんかったんか? えらいへたこいた。どないしょう……」


 確認の意味をこめて問いかけるも、彼女は大仰に頭を押さえる。

 更に背後に向かって大声を上げた。


「あんたー! あんた、この子の記憶、消したってや」

「わ、忘れるので!! それはナシで!!!!」


 女はキョトンとして私を見つめ、にっこりと笑った。


「ありがとぉ。で、どうしたん? おばちゃんに何ぞ用があったんやろ、言ってええで」



 おばちゃん……いや、魔王だよね????



「やで! あ、ウチもどっかの天使さんと一緒で『心』読めまっせ! ちなみに、ここは隔絶されとる。封じ手も効かへん。せやから、なんも気にせず、話すとええ。ウチと、ジブンだけの約束……しよか」


 二人だけの、という言葉に違和感が生まれる。

 同時に直前の情景を思い出した。



 そうだ、私っ!!!!



「せやな」

「私、どうなったの?」

「臨終一歩手前やね。今、あんたの仲間が回復かけとるし、期待しよか」



 でも……なんてこった。よりによって強硬派の名前を呼んでしまうとは。



「あ、そうやった。そこの『魂』ありがとぉ」

「え?」

「あ、見えへんか。ジブンにも見えるように、っと」


 足元の暗さが晴れる。

 ドロリとした黒い粘液が地面を覆っていた。

 その中に埋もれるようにミランダがいた。目も口も粘液に塞がれ、藻掻く腕すらもとらわれて、沈み込もうとしていた。

 呻きすらも聞こえない。


「な、に……?」

「ほんまやったら豚も、なんやけど、まぁ人間でもええ、似たようなもんや、丸々一匹くれる剛毅なお人やし、おまけや」



 一匹、くれる????

 いや、あげても良いけど……その前に色々聞きたい事あるっていうか。何でミランダは私を狙ったのかとか、同盟関係だったじゃんとか、言いたい事いっぱいあるし。



「それが、願い?」


 魔王の言葉に慌てて首を振る。


「違いますね! ちょっと質問させて欲しくはあるけど!! とりま、そこのミランダあげてもいいんですけど、どうなるんですかね!? こっちも辛酸舐めつくしてきてますし? 仇敵がどうなるのかくらいは知っておきたいというか!」


 おっさん天使の話では私の死に関わった人間には何かしら未来に関係するらしい。腹立たしくともミランダに死んでもらいましょうってわけにはいかない。


「食うで!」


 思考停止。


「バリバリのゴリゴリに食うで!!」


 魔王は更に言葉を募る。


「る、ルーファって……」

「ああ、あの子はそーゆータイプちゃうもん。ほんで? 願いは?」



 ヤバイ、なんか悪魔と契約するノリになってない??

 私、同盟持ちかけようってハラだったんだけど……。引き換えに命とかは勘弁願いたいし!?



「同盟?」



 無遠慮に心を覗かれているのは仕方ないにしても、聞かないフリはできないのだろうか。



「ウチ、そーゆー繊細なんは……」

「へぇ。あの、地上素通りで天界攻めたりしません? 普通に道開けて通しますよ、我々!」


 地上代表のような顔をして提案してみるも、実際のところ自国すらも平定できていないのだ。無理がある提案だろう。


「ええで」

「え?」

「ええで。で、代わりは? 人間の文化やろ、GIVEとTAKEや。オマエらの命の代償、生かしてやる代わり、何してくれるん?」



 あぁ、明るく見えても……やっぱ魔王だわ……。



「……お金、ダメよね?」

「いらんわ」

「じゃあ……我々は今後、天界にも獄界にも関わらないって事で、どうですか?」


 魔王は口をへの字に曲げる。


「ジブンが思うとるよりイイ提案や。せやけど、もう一声」



 もう一声?!



「ジブンの中、天使おるやん? 事が終わったら、穢れた部分と綺麗な部分、すっぱり別れよ? そんで、ジブンはウチの配下になれ」

「マジで? 是非お願いします!」

「……ええの?」

「良いも悪いも、なんで悪いとか出てくる?! 地上素通りしてくれるんでしょ!? その場合、他魔王にも話通してくれるんですよね、当然? で、あのクソ天使のとこに悪魔になって一緒にザマァしにいけるって事ですよね?! やりますともっ!!!!」


 こちらからお願いしたいくらいの好条件だ。飛びつく勢いで言えば、魔王は手で制する。


「おそろし……人間の復讐心、ほんま美味しいけど、気持ちわるっ。ってか、ジブンの反応見たら、無理やわ」

「ダメなの?! どこがっ? 弱いってこと?!」

「穢れ強すぎ、アンタは悪魔失格や」


 他の条件をと言う魔王に愕然とする。



 悪魔失格???? 悪魔に失格とかあるのーー?! ってか、命欲しいとかマジ勘弁して!



「そうやね、切り離した方の天使もらおか」

「どうぞ」

「ええの? エルロリスやで」


 少し考える。


「エルロリス切り離した場合、私ってどうなります?」

「只の強欲クズ人間やね。……まんま」

「ならOK! エルロリスどうぞどうぞ!! その辺のエルロリス争奪戦は勝手にやってもらえると嬉しいです。私に関わらない所で勝手にやって欲しいので!」



 というか、あの神と魔王だろうが、天使だろうが、基本人間に関わらないで好き勝手やってくれるならそれでいい気がするのよね。そもそも祈っても助けてもらえたことないし?!



 魔王は読めない顔で、じっと私を見ていた。


「あの、魔王様? なにか?」

「エルロリス、随分小さくなっとるね」


 掌サイズだったエルロリスを思い出す。魔王はすぐに気を取り直したように笑った。


「契約は人界素通り、代償はエルロリスの身柄。それでええな?」

「ぜ、全員の魔王にお願いしたいんですけど」

「それはこっちの話やね。ご希望に沿うよう頑張るわ。一個サービスしたろ。その子ぉが、殺そとしたのはカエル王子とジブンの結婚を阻止する為やて」



 それはどういう……?



「覇王相やからやろ。覇王相ってな、まぁ……ベオルファに聞き。あの子も持っとったもんや」


 魔王が更に距離を詰めてくる。


「ほな、約束締結ゆーことで。証を」


 腹に手が当てられる。

 瞬間、中から激痛が身体を駆け巡る。


 あえぐ。

 あえぐ。

 あえぎ、涙が零れ、拭う暇もなく、息も吸えず、口が意味を為さなさい。



 痛い。

 痛い。



 助けて、助けて助けて助けて、ああぁぁ、誰も、助けられないっ、わかってるっっ、分かってた! だれにも、どうにも、なにも、できないっ。助けて助けて助けて、叫んでも叫んでも、だれにも、どこにも届かない。知ってた、ずっと知ってたっ。




「チャーリー!」


 カエルの声に目を覚ます。

 見るからにホッとした顔で、ひんやりとした手が頬に触れた。


「ごめん……ミランダが……」



 ミランダ? あぁ……そうだった。



「大丈夫、殺したのは私。殺されかけたから、せめて一緒に死んでやろうとしたし」


 カエルの回復魔術の凄さは見て知っていたが、違和感なく起き上がれた事に驚く。

 どこにも違和感がない。


「あぁ、そうだ。ルーファ。そこの人たち全員捕まえて、拷問タイム行きましょうか! どういう事なのか色々と聞きたいからね」


 ルーファがパチリと指を鳴らす。

 同時に見えない何かに縛られたように地面に倒れていく。

 位階の一番高い男の前に立ち、私はごそごそと服を緩める。学校に行く体で用意していた為、コルセット姿でない事が幸いした。


「チャーリー?? 何して……」


 カエルが慌てているのも無視して、腹をむき出しにする。


「あぁ、契約したのか」


 ルーファが呟く。

 腹部には炎の意匠が焼きゴテをあてられたように残っている。内部から焼かれた気分だったが、どうやら違ったらしい。

 だが、神に仕える人々への衝撃は中々に強烈だったようだ。

 口を戦慄かせ、冒涜者と罵り声さえあげている。



 視覚的効力は十分ね。



「見ての通り、悪魔と契約しました。ミランダは魔王様に、さしあげてきたのよ。生贄に、ね」


 正直、ミランダの事は私だけの所為ではない。そもそも彼女が私を殺そうとさえしなければ彼女だって今この場にいただろう。

 彼らの怯えに乗って、私も強気発言を続けた。


「あと何人生贄に差し出すか迷ってるんだけど、質問に答えた人だけは助けてあげる」



 マジで燃える苦しみ、味わってみたらいいよ? 死ぬから、普通に。



 言外の苛立ちが伝わったのか、彼らはさざめきのように口を開いた。






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次話『ミランダの逆襲』ですww

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