◆ 10・祈り ◆


「あんた、勇者……だったの??」


 信じられない思いで問いかける。

 確かに、悪魔の成り立ちや正体については説明を受けていた。ルーファが最近――とはいえ、300年前に生まれた事も聞いていたし、勇者の悪魔転生も然りだ。

 だが、まさか本物の勇者がこの場にいるとは。


「え、記憶あんの?」

「あるぞ。ってか、さっきも言ったけど悪魔は基本あるぞ?」


 何でもない事のように言う蛇を見つめ、掌に力を籠める。



 元勇者! しかも記憶あり!! それってこいつに期待すべきは悪魔側じゃなくて、勇者覚醒に向けての行動とかのレクチャーなんじゃ?!



「ちょっ、しまっ……絞まるっ!!」

「元、地上守った勇者として……どうよ? 世界救ってみない? このカエルやスライ先輩を鍛えてみるとか、なんならもう一回勇者やってくれても! むしろ世界守るのに勇者やらない?? きっとフローレンスも気に入ると思うのよ、カエル姿よりも! そうよ、あの子は蛇とか好きだし、ほら言ってたでしょ?!」

「止めろ、止めろぉぉ!!」


 騒ぐ私たちをカエルが手招きする。

 しゅるりと手から抜け出た蛇が人間体を取る。そのまま傍の木の後ろにまで逃げてしまった。


「俺様、悪魔だからな! 世界救うとか嫌だっ。それにあんな闇聖女もっと嫌だ!」

「フローレンスの何が気に入らないの?! うちの金がついてくるのに!!」


 不毛な怒鳴り合いの横から、カエルは冷静に告げる。


「チャーリー、今から起こすよ? 話合わせてね」



 そうだった。誘拐後の教団とミランダ問題あったわ!! 



「待って! そいつらからちょっと、そのっ、い、命に別状がないくらいの血を全員から頂きたいというか?」

「は?」

「魔王を呼び出したいのよ!」


 奇妙な表情を浮かべるカエルに、身振り手振りで他に4人の魔王が獄に存在している事と強硬派や穏健派がいる事を伝える。

 当然、戸惑ったような様子をみせているが、やがて頷く。


「チャーリー、手を組むのは良いけど、ちゃんと制御できる目安もないのに行動するのは」

「ルーファが頑張るよ! ね?! 元勇者だもんね?!」


 そっぽを向くルーファ。


「言ったろ、俺様は悪魔なんだよ。自分の陣営には忠実なんだ、俺は仲間を裏切るような事しねぇぜ」

「悪魔のくせに!!!!」

「悪魔だからだよ! それに俺様にとっちゃ水と火は親みたいなもんだ。裏切れねぇし、正直色んな事情から逆らいたくねぇ」

「あんた強いんでしょ?!」

「おう、火と水のハイブリッドだからな!」

「だったら根性見せなさいよ! それに元勇者のくせに、あんた地上を守りたいとかないの?! 昔の記憶あるんでしょっ」


 瞬間、しゅるりと人体になるルーファ。

 相変わらず整った顔の男は不機嫌そうな顔でミランダ達を見る。


「俺様は元勇者だった。だから人間の汚さを嫌ってほど知ってるんだ。俺たちとは相容れない。人間はうまいし、お前は俺様の腹に関わる大事だから便宜を図ってもいいけど……ムリな事もある」


 ルーファは彼らの服装を模写するように真似て、しゅるりしゅるりと己の衣裳を変えていく。


「聖女ってのは光の粒で出来た集合体だが、お前らの言う『魔王』ってのは『神の珠』から滴り落ちた雫で作られている。その雫は溜まりに溜まって固まっていく。聖女は覚醒すると更に粒を世界から集めていく。反対に魔王は雫を吸収し肥大する」


 やがて、その中の一人が着ていた青いサーコート付きの銀鎧姿に落ち着く。神に使える騎士団のものだ。罰当たりさよりも、かつて引っ立てられて火やぶりにされた覚えのある嫌な姿だ。

 止めてくれと言いたいのを、重めの空気なので控える。


「ちなみに、記憶ってどこまであるの? 魔王討伐まで? それとも名前とか細かい事は忘れちゃった感じ?」

「ミハイル。勇者の頃の名前だ。あと、俺様は魔王討伐してねぇ」

「は?! 勇者なのに?! その時の聖女は!! 魔王はどうなったの??」


 彼は視線を逸らす。


「俺様も記憶に封印がないわけじゃねぇ。いくつかの事は天獄に関わると封じられてんだ。だが……聖女はいなかったぞ」



 え? 聖女がいない時代って一番最初の……?



「え、こいつら起きるぞ」


 ルーファの声にカエルが頷く。

 ミランダたちが呻き、頭を抑え、あるものは起きると同時に吐き戻している。惨状を前に回復魔法を掛けて回る王子らしさ満載のカエル。


「ミランダ、大丈夫?」


 雇い主であり協力関係でもある以上、声を掛けざるを得ないと判断した。正直距離は取っておきたいところだが、流石にこれだけの人数の前で殺人行為には走らないだろう。


「お、嬢様……? 一体なにが」

「もう大丈夫よ、アレックスと私の騎士が助け出したの」


 混乱しているらしいミランダに慈愛深い声を装おう。然し、彼女は化け物でも見たように顔を引きつらせる。


「夢? 夢か。お嬢様が私を気遣うなんて……ここは夢ですよね?」

「現実ですね。……何があったかさっさと説明してくれる? 王子が助け出すって飛び出したのに付き添わざるを得なかった私の気持ちも組んでよね」


 きつい口調を心がけて言えば、ホッとしたように彼女は頷く。


「実は教団活動をしておりました所、蜂の襲来を受けまして。そこからは記憶がないのです」

「ハチ? イノシシの前に蜂が出てたの?!」



 なんてこった!!!! オリガが全部やったと思ってたら、ハチ? オリガがハチを使ったって事? まさか虫まで巨大化?? 絶対勘弁だわ!!!!



「大きさは普通の蜂ですが、何十匹もの蜂が一斉に。意思をもって行動していました。アレは誰かが操っていたとしか」



 オリガ決定!!!!

 私なら発狂ENDかもしれない。いっそ自殺する勢いあるわ。



「……よく、無事だったわね、ミランダ。嬉しいわ」

「ありがとうございます、お嬢様。しかしどうして王子が我々を?」


 視線はカエルにそそがれている。

 カエルは立ち上がりペコリと一礼した。


「まず詫びたい。救出が送れた事、窮状からの復帰をゆっくりさせてやれない事だ。現在、街はイノシシの魔物が襲来した事による被害で手が足りていない。先んじて回復魔法が使える者を救出している。あなた方は神に仕える者、回復が足りていない事は分かっているが、それでもご助力願う。どうか避難所で重傷者の治療に当たってもらえないだろうか?」



 成程。知らないていでやるのね?



「ですが、殿下……」


 年嵩の男が口を開く。

 見た目は完全な高位の神官である。


「なぜ、このような場所へ。見れば随分と……元いた所から離れた場所で」

「そうなのか?」


 カエルは不思議そうに首を傾げる。


「実のところ、ボクはチャーリーでね。所在確認をしにいったらメイドが行方不明といってね、彼女を手伝って探していたんだ。あなたがたも一緒に助けられるとは想定していなかった。色々聞きたいが、今は時間もない事だ……あとで詳しく教えてくれないか?」

「それは、もちろんです……ですが、我々も何が何やら……」

「分かる事だけで、大丈夫だ」


 カエルは大きく頷き、男に肩を貸して立ち上がらせた。


「相変わらず、お嬢様には勿体ないほどの出来た方ですね」

「否定はしないわ」


 カエルの取った方法は納得のいくものだ。糾弾しても多勢に無勢。ルーファがいるとはいえ、危険は犯さない方がいいのだから、丸く収めて当然だ。

 だが、ミランダが奇妙な顔をした。


「お嬢様、ごめんなさい……」


 ミランダの謝罪。

 慌てて、距離を取ろうとするも縺れる足。

 彼女の申し訳なさそうな顔。

 アレックスの焦った声。


 足元の熱。



 燃え、死ぬ……っ!!!!



 咄嗟に息を止める。

 声すら上がらない痛み、焼ける匂い、音、赤、煙。



 タダで、死ぬかっ、ここまできて……!



 駆けだす。

 ミランダが恐懼におののく彼女に抱きつく。



「 【 フォ、ティ……アァああァァアア 】 」


 絶叫した。



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