◆ 3・かつての親友 ◆



「お前、マジないわ……、ほんとない……」


 小蛇姿のルーファの嘆きは止まらない。

 はい、つい先ほど天井から落ちて来た白蛇に紅茶をぶっかけたのは私です。アレは仕方のない悲劇でした。


「害虫系と思うじゃない? 白くても……ね? これでも昔より虫系平気になっててね。ほら、姿が見えなくなる前に倒せ精神というか」

「俺様をよりによってペット扱い、しかもあの闇100%聖女に引き渡すわ、ぶん投げるわ、紅茶ひっかけるわ、お前ひどすぎる。俺様が行きがかり上とはいえ無償で相棒してやってんのによ」



 この悪魔、しつこいな……。



 確かに私も悪かったかもしれない。

 だが不慮の事故というものだ。あの場では一早く母の気概を喰ってもらう必要があったし、妹が隣にいた。投げる以外に母の元に送り込む方法は思いつかなったし、まさか貴婦人の胸元に落ちて、つんざく悲鳴からの払い落としに、貴婦人の夫から踏み潰されそうになるなど想像もできなかった。


「さすが悪魔だね! よく生き延びてきたよっ、それでお母様は?」

「……お前が熱湯紅茶のカップ逆さで攻撃したこと、絶対に忘れねぇ。人間なら火傷して窒息か溺死コースだぞ」

「悪魔だったし無事だったし。忘れなくてもいいから、ちょっと話戻そう? お母様はちゃんと食べたの?」

「お前ほんと最低。まぁ、食べたけど。結構うまかったから調子に乗って数人喰っちまったぞ?」

「OKOK、良い行動です」

「いいのかよ」


 多少寝込んでも死ぬわけじゃない。


「私、妹溺愛ルートで今回やっていこうと思ってる。あんた言ったじゃない? 人間が天秤だとすると聖女は秤だって。ならその秤に愛を注げば、イイ子のままでいるって事でしょ?」


 小蛇は机に零れた紅茶を舐めている。


「ちょと、聞いてよ」

「酒はないのか?」

「……ルーファ」

「あのなぁ……そりゃムリだろ。お前、今代の悪役なんだろ? 悪役が愛情注いでどうすんだよ」

「ここぞって時に裏切るのよ」

「うわぁ……」


 悪魔にドン引きされる理不尽さにカップを手に持つ。小蛇はピリッと震える。


「ま、まぁ! 案としちゃ悪くないだろうな、普通の人間相手なら。あ、そうだ。ちなみにお前、前回この辺で死んだろ?」

「悪魔に殺されたね」

「こっから先、大体分かってんのか?」

「会場が違うから確実な事は言えないけど、夜会出席の場合でお母様たちが無事なパターンでは、当時の親友に殺されてるね」

「親友ってすごく仲が良いの意味だろ? なんでそんなヤツに殺されるんだ?」

「最初は謎すぎた。でも数回のパターン後に分かったのよ、その子がカエルを好きだってね! 王子をカエル呼ばわり、財布呼ばわりしていた私にブチ切れたっぽいね。ちなみに生存ルートはひたすら彼女を避けまくって会わずにやり過ごした時のみ」


 悪魔はコクリと頷く。


「お前、ほんと終わってんな」


 小蛇はケーキの乗った皿に移動すると生クリームに乗り上げた。



 あぁ、私の夕飯が蹂躙されていく……。

 基本夜会では豪華な飲食愛でるだけで終了なのに……。



 蛇は私の気持ちなどお構いなしで、たっぷりの生クリームをかき分け天辺のイチゴに巻きつく。


「悪魔の俺様がありがたくも、だ。ご教授してやる」


 どことなく満足げな所をみると、よほど居心地がいいらしい。


「頭イッてねぇ限り、いきなり殺人にはならねぇ。行為の良し悪し? いいや、違う。踏み留まらせるものが人間社会には多いからだ。代償のが大きいからだ」

「でも殺すじゃない」

「そうだ、それを押して殺しちまう。人間は天秤だ。何かキッカケが錘となって傾かせ、ガッタン落ちるのさ。思い出せチャーリー、何かあったはずだ」


 何かと言われても、実質殺すつもりでこの夜会に参加しているなら何もできない。そして彼女にとって昨日や一昨日の事だったとしても、私には数十年前の出来事。

 細かな部分まで覚えていない。

 殺されるターンでの直前行動も様々でどれかが引き金と言われても『どれが』と言及できない。


「悪魔の特殊能力とかない? 分からない?」

「悪魔なんだと思ってんだ、便利商品じゃねぇんだぞ。自分で頑張れ」


 できるならとっくにやっている。


「という事で……俺様、腹もくちたので寝ますーだ。おやすみ」

「はぁぁぁああ?? ちょっとっっ」

「あ、闇聖女の監視もしっかりしろ」


 思い出したように言い置くと蛇は、頭を生クリームに突っ込んだ。


「いやいや、窒息しない?! 悪魔それでいいのか?! そんな生クリーム枕にねちゃうとか悪魔のイデオロギーは?!」


 悪魔は返事をしない。




 ――と、放置されて数十分が経過している。


 何かキッカケと言われても何も出てこないのだ。

 彼女とは物心つく頃には友人関係にあったように思う。子供にありがちな『私たち親友だよ』や『これ親友の証』などの親友確認イベントも全て為してきた。

 お互い妙に馬が合ったし、お互いに全部ひっくるめて空気のように一緒にいられる存在だった――はずだ。少なくとも私はそう思っていた。


 なので、初めて殺害された日は驚く以上に受け入れがたかった。



 でも、婚約者ってのは家事情なんだし。

 今更カエルへの対応変えても時すでに遅しだよね。



 ドアがノックされる。


「お嬢様、ミランダです。少々よろしいですか?」

「え、あぁ、どうぞ」

「ライラ様の事なんですけど……」


 まさに今考えていた我が親友――だったはずの人だ。


「ライラ……、今どこ?」


 ミランダには未来予知できると言った手前、実は違うんじゃないと思わせない発言が必要になる。

 今更ながらに、意外とめんどくさい事に気付くも頑張るしかない。


「……刺したんです……」

「え?」

「ライラ様、刺したんです」


 ライラがアイスピックで刺す相手は私だ。何度となく、アイスピックで死ぬまでめった刺しにされた記憶がある。



『誰を?』と聞くのは予知できてない判定に入る??

 でも推測で誰かって当てられない……だって絶対あたしだったは……ず、だけど、もしかしてカエルの方を?? 自分の想いが届かないならいっそ死んで系???



「ミランダ、問題ないとも。そう、私はライラ『が』刺した事は分かっていた。だが候補は数人いる。誰を殺したかで、私の予知の道も確定される。さぁ、名前を言うがいい!?」


 完全なフカシである。

 私一択の殺害だったはずが、他の人間を殺したとなっては言える事など何もない。


「殺し? ……いえ、生きてますけど」



 ミスった!!!!



「……そ、そぉぉお!!! 今回はどうやら!!! 間に合ったようだ?! いや本当に大変だった、人の命は尊いモノ! やはり助けたいと思っていたから色々試行錯誤したけど何とか命だけは救えたとは!!! うん、感無量!」

「はぁ」


 ミランダは私のハイテンションを気のない返事で流した。


「で? 誰ルートだったの? 誰を刺したルートなの??」

「……オズワルド・スライ様です。お嬢様の学校の先輩だったかと」

「えええええ????」


 ミランダの発言など後半は私の悲鳴で上書きされていた。



 いやいやいやいや、何で?????

 何で生徒会長にして公認ファンクラブ有りの先輩を?!



 オズワルド・スライはイケメンというより美形という言葉がしっくり来る黒髪に紫色の瞳をした男だ。ファン層は老若男女問わぬ上に、盲目的で最早信仰レベル。

 夜会前の王子との約束事で立会人になってもらった事を後悔するくらいには、私にも美形フィルターが掛かっていた。


 後悔の理由は、アレだ。


 知らなくてもいい事を知ってしまったからだ――彼はタダのシスコン守銭奴だという。

 妹に恋人ができた事が許せない彼は、恋人側を篭絡し金を巻き上げ自殺に追い込んでやると宣った。知りたくない事情だったとも。



「ライラは今、どこに?」

「王子殿下がスライ様と応接室に監禁しておりまして……一応、ご報告をと」



 何で殺人未遂犯と被害者を同じ部屋に?! あんのカエルっっっ、本当に、そゆトコがムリなのよぉぉおっっ!!!!

 常識で考えなさいよ、常識で!!!!

 しかも監禁っ、せめてスライ先輩は医者にっ。やっぱドSか?! あのカエル男っっ。



「……ありがとう、ミランダ……。本当にありがとうっっ」


 涙を流せるほどではないが、流したいくらいにはミランダの心遣いが身に染みた。

 これからやる事は一つしかない。私はケーキを鷲掴みにする。


「お、お嬢様???」


 埋もれるように眠っていた白蛇が手の中で蠢くのを無視して、生クリームだらけのソレを胸元に突っ込んだ。



 ルーファもいた方が何かの役に立つかもしれないっ。



「ミランダ、案内して」

「はあ」


 遠い目をしてミランダは頷き、ドアを開けた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る