◆ 2・閉ざされた声(後) ◆
ドレッサーの前に座り、私は鏡を覗き込む。
鏡の中には眉を下げて気弱く自分を見つめている女がいる。
「おはよう……シャーロット」
ポツリポツリと漏らす。
目覚めて7日が経っているが、いまだ混乱の日々だ。
どうやら私の名前はシャーロット・グレイス・ヨークらしい。記憶はないし世界にもなじめてないけれど、良いおうちの子だったらしい。
そして、どうやら私は足が悪いらしい。まともに歩く事ができず、何度もヨタヨタとよろけてはこけてしまう。
私の世界には『らしい』しかない。
どれもが本当の事に思えない。
ルフスは私を『アーラ』と呼び、傍にいて一生懸命面倒を見てくれている。どう略したら、そうなったのかはまだ聞けていない。
ルフスは言った。
『今日から、必ず自分に話しかけるんだ』
だから私は今日も『シャーロット』に話しかける。
私はシャーロットなのにシャーロットに話しかけるなんて、何だか哲学的ね。不思議な感じだけど、嫌じゃないし、シャーロットには良く思ってほしい、……私の事。
良く思われたい……?
なんだろう、私、今とても哲学してるわ。
鏡の中の女は困った顔をしている。
慌てて、微笑む。
同時に『彼女』も微笑んだ。
「おはよう、シャーロット! 今日はとてもいい日になるわ、だってあなたが笑っているんですもの。ね、今日はタルトを焼いてもらいましょう? あなたの好物らしいの。私も昨日食べたんだけど、私の口には合わなくて……」
またも顔が陰る。慌てて笑顔を取り繕った。
「あ、心配しないで、シャーロット! ごめんなさい、不安にさせてしまったわね? 大丈夫よ、ルフスがくれた薬湯を飲んだら、美味しいって思えたから。ちゃんと与えられた分を食べきれたのよ? 私が何かを食べるなんて……なんて? なんて……可笑しくは、ない、のよね?」
何かが可笑しい気がしてしまう。
まだ、ルフスの言う通り『混乱』しているんだろうか?
「不思議ね、ルフスは本当に不思議な人」
翼のあった場所が疼く。
いや、翼はないのだ。ないのに在ったのだと体が疼いている。何もかもが可笑しいと叫びそう唇をかみしめる。
「大丈夫よ、シャーロット。私、あなたを守れる……ちゃんとあなたを『出来る』から」
そこが時間切れ。
小鳥の鳴き声に交じり、朝を告げる時計の音。
扉をノックするメイド。
「お嬢様、おはようございます」
入ってきたメイドはワゴンを押してやってくる。湯の入った盥で顔を洗う事にも段々慣れてきた。いつもは――いつもは間違いだ。『いつも』は、私に存在していないのだから――。
「今日も良い天気ですよ、お嬢様」
私付きのメイドは眼鏡を外し、強く握りしめる。パキリと音がして、落ちる破片。
「ミランダ……?」
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