◆ 14・高次元の町(前) ◆


 白い靄とふわふわした雲のような白い塊もある。触ってみれば感触はない。スカッと空気を抉るだけの手。

 周囲には光の粒が漂っている。こちらも捕まえようとしてみても空を切るだけの手。

 光の粒は、会話でもしているように瞬き合う。時に走ってでもいるようにすごいスピードで流れ、立ち止まったまま動かない光もいる。


 なぜだか、それらが『いる』のだと分かる。


 光は私たち二人の事など気にもしないように周囲を流れていく。

 知らないものが傍にいるのに、彼らは何も感じていないらしい。


「そういう所なんだよ」


 声は上から響いた。

 聞き覚えのあるようなないような声だ。


 一際明るい光の粒は後光のように光輪を携えている。

 眩しさに薄目になっても、美しさに視線は惹きつけられる。光の周囲は鮮烈な光に照らされ、靄にすら色付けがなされる。

 七色を映す白い空間。


 やがてその光は、私の傍で立ち止まりパッと瞬いた。

 顔を手で隠しやりすごす。

 収まった光の先には、少年が立っている。

 波打つ金髪に、鮮やかな青い瞳。年の頃は10代前半、白いタオルを巻いただけのような服を着ている。

 見覚えがある顔だ。


「え――、……ん?」


 思い至った名前を口にしようとするが、音にならない。


「ダメダメ。オマエには、その名を口にする資格はないよ」


 そうして彼はフッと笑い、横のエルロリスに向かって両手を広げ――抱きしめた。

 唐突に理解する。



 これ、天使のおっさんか!? 若返りが過ぎないか?!?! 天使のサバ読みって見た目まで変えちゃうの!? まぁ天使だから、確かに何十どころじゃなく元々若作りなのかもしれないけど、流石におっさんの見た目から20は若返るのどうなの?



 感動的な抱擁シーンを見つめても私の心は動かない。

 第一、この天使には聞きたい事だらけなのだ。抱擁シーンの邪魔をしないだけありがたく思ってほしい所である。きっと心を読む天使共は、この気持ちを正しく理解しているだろう。

 いや、そうであるべきなのだ。



「あぁ、愛しい子。よく顔をみせておくれ」


 潤んだ声で、どうしようもない喜びを大言する天使のおっさん改めエルシア。対する妹はどこか戸惑ったように、それでも分からぬ何かは感じるのか目が潤んでいる。


「わからない、わからないよぉ、ぅぅ、わ、……わか、らないっ、のに……っ」


 嗚咽の混じる声。

 感動の再会は、感情移入できそうな場面でよろしくしたい。私はすでに時間すら分からないほどの長さ、暗闇にいたのだ。

 腹が減ったり、生理現象を起こさなかった事だけが救いで、ほぼ地獄展開だった。

 急に晴れやかシーンが目の前にきても喜べる要素は0だ。まして自分に関わりのない種の感動である。



 こうして黙ってるだけでも、私ってめっちゃできた人間ね。さすが死に戻りで数十年を経ただけはあるわ。考え方と空気の読み方が大人ね。



「いいんだよ。お前は今、そういうモノだからね。さ、こんな入口じゃなくてこっちへおいで。シャー……うん、ヒトよ、オマエも特別に案内してやろう、この町を」



 おい、前より酷くなってんぞ!? 名前シャーだけなの?!



「ってか、町??」

「そうだよ。ココは天使の世界、天使の在り処……棲み処といってもいい。人間でいう『町』だね」


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