◆ 19・血塗られた道を行く者(前) ◆


「え、だてん?? 悪魔なったの??」

「ほら、この進んだ針が証拠さ」


 悪徳計を再度見せられる。

 悪魔になった実感などない。



 というか、悪魔になると何が変わるんだ?



「でも、まだあと少し必要なんだよねぇ。だってオマエ、愛は失ったけど呪は生きてるからね。肉に縛り付けられてて、自由に動けない哀れな魂、ソレが現状」


 天使は肩を竦め、エルロリスは不安そうに私を見る。彼女は私の傍にやってきて手を取る。だがエルシアの時のようには、世界が変わらない。

 相変わらずの靄の白い世界。


「シャーロット、一緒に……がんばる。私のできる事したいよ……なにがいい? なにをすれば、シャーロットは助かるの?」


 祈るように私の手を包み真剣な顔で問いかける娘。

 確かに可愛い、ルーファが気に入るのも無理はない。そこで、なぜか彼女の兄たる少年天使が噴き出した。


「ハッハッハ!! そりゃないよ、ローリィ! お前が原因の大半を占めてるんだぜ?」


 そうして彼はエルロリスの頬を両手で挟み込む。


「あぁ、ローリィ、愛しい妹よ。お前の愚かさも嫌いじゃないんだ、本当に。それも含めた、お前の事を愛してるんだよ」


 彼は俯いた。

 身体がブルリと震え、骨格が蠢く――骨の鳴る音がする。腕は太く、背は隆起し、ぐにゃりと捻じれる足。身体が成長しているのだと、気づいた。

 見る間に髪も伸び、年を取っていく。


「でもね、……お前は理解しなかった」


 エルシアは振り返る。その姿はおっさん天使だ。


「オマエに忠告だ。オマエとこの子は同じモノだ。カゲとヒカリだ。どちらが欠けても成り立たない。どちらかがどちらかを吸収するまでは、な」


 質問なんか必要ない。大体分かる。つまりこのおっさん天使は、私にエルロリスを守れと言っている。勿論、自分の命がかかっているなら、エルロリスも守るしかない。



 吸収されてやるつもりもないけど。



 おっさん天使は応じるかのように口元に笑みを張り付ける。


「ほーら、下の世界が大変だぞ?」


 指さすおっさんの指の先で、空気が水面のように震え波紋を起こす。

 広がった世界には、ライラたちと固まっているルーファの姿がある。今きたばかりなのだろう、倒れた私の肉を見て顔から表情が抜け落ちている。


「あぁ、……聖女か」


 ルーファの声が聞こえて驚く。今まで見えた世界とは違い、彼らの声が聞こえるのだ。

 フローレンスがルーファを見て、首を傾げる。続いて、ルーファに向かって歩いていく。


「あなた、悪魔ね? ねぇ、姉様をどこにやったの? 返して?」


 ルーファの手がフローレンスの頭を掴む。二人が視線を交わしたのは、ほんの一瞬。

 次の瞬間、轟音が響いた。

 フローレンスの頭部が床に叩きつけられているのだと、理解した。


 え????



「返してってのは、お前のモノであってこそ使える言葉だよなぁ? 訂正してもらおうか」


 急変したルーファの様子にライラもスライ先輩も呆然としている。フローレンスが呻くも、ルーファの手が彼女の頭に再度かかる。


「お前の器にも使い道があるからな。生かしてはやるが、他は俺の感知する所じゃねぇんだわ」


 ルーファの瞳が燃えるように赤く揺らめく。

 おっさん天使が口笛を吹く。


「行動しな? オマエに以前アドバイスしたように、オマエの死に関わった者は皆、重要だ。さぁ、早くしないと……血塗れルフスに、全部『希望』を消されちまうぞ?」


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