◆ 21・契約と妥協(前) ◆
皆の帰った室内は沈黙が落ちている。
結果から言えば、ルーファと先輩は契約しなかった。もちろん他の誰ともだ。
彼はカエル王子として、優雅に馬車で帰っていった。小指に巻き付いていた小蛇を思い起こせば懐かしささえ沸く。
だが今のルーファと手を組むには色々と解明しなければならない事が多すぎる。『魔王』にと臨んだ理由についても、いつか問い詰めなければならないのだろう。
「お嬢様」
音もなくミランダが部屋に入ってくる。
彼女は今まで通り我が家で働く事になっている。私殺害トップ2が我が家に揃っている事には物申したくもなるが、現在はどちらも仲間だ。
可笑しなものだ。
「お嬢様、ベッドの用意ができました」
「ありがと」
お礼に彼女が驚いた顔をする。
「礼……ですか」
そういえば、メイドへの礼など初めての事かもしれない。
今更取り消すのも可笑しい気がする。
「あー……まぁ、また世話してもらえて嬉しいし、ね?」
間延びした口調で答え、寝室に移動する。彼女は黙ってついて来た。
衣服の着替えから、何から彼女は手伝ってくれる。鏡台の前に座れば、髪も梳かしてくれる。殺し合いをしている頃は、後ろを取られているこの時間がとても怖かった。
契約があるから安心できるって変なもんだな。
「お嬢様、正式契約の儀式をしたいのですが」
「儀式? あぁ……そういえば」
言われてみれば現状、口約束でしかない。正直に言えば、そのままでやっていきたい気持ちの方が大きい。魔王との契約時の、あの身を焼かれるような痛みを思い出せば猶更だ。
トラウマ級よ、あれは。
でも痛みで安全が買えるなら……。
「いいわ。やりましょう」
腹を決める。
あの時とは違い、肉のある体だ。燃えたり血だらけになったりは勘弁である。後の言い訳が面倒くさい。寝着も下着も脱ぎ捨て素っ裸になれば、腹にはくっきりと魔王の契約印ならぬ手形が残っている。
「さぁ、どこでもどうぞ!」
ミランダは私の体を睥睨した。
「お嬢様、着せた服を脱がないでください。また着せなければならないの面倒です」
礼を言う私に、あからさまな文句を言うミランダ。お互いに変わったものだ、と感心する。
「だって契約でしょ!」
「必要なの血ですね。血ください」
「……どれくらい?」
少しの不安と共に質問すれば「お好きな量で」と返される。
「好きな量なんかないし。むしろ針で突いた程度でもOK?」
「ええ、お嬢様」
ミランダが人差し指を立てる。
ピンと伸びて尖っていく指先は黒い針のようになっていく。
「では、どこを刺します? ちなみに、まだ悪魔見習いですので能力値は低いですよ」
「今言う?!」
「決められないなら、こちらで勝手にやりますね」
「ちょ……っ!!!!」
彼女は全てを無視して、私の掌を貫いた。
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