◆ 3・意識の操作(後) ◆


「取引?」


 ミランダが復唱するも、旗色は悪い。距離を測るように、後ずさる。彼女からジリジリと離れれば、程なく壁が背に当たった。


「この後に及んで……取引ですって? あんたと魔王の『とりひき』であたしは『こう』なったって、忘れてない?」

「も、もちろん、覚えてる!」



 もう、後がないっ!! アーラ、あんたへの怒りも絶対入ってるよ、アレ!



 取引とはいうものの、私に取引できる材料などない。いや、一段階上の世界とやらに行った情報くらいはある。人間、何が役に立つか分からないものだ。

 そしてルーファは何かがショックだったのだろう。語彙力を失って「アーラ」と呟いている。控え目に言っても気持ち悪い。


「あんたを『人間』にできると言ったら?!」


 ミランダがポカンと口を開く。



 これでダメなら殺し合うしかない。

 だけど、それって向こうが勝っても永遠ループの始まりよ。ミランダに永遠に命をつけ狙われる幕開けなんて御免だわ。この死に戻りループの事、まだ彼女は知らないだろうし……って、いっそ話す?

 死に戻りがあるから、あなたが私を殺しても……って。いやいや証拠を見せろとばかりに殺されるのがオチだし、死を拒否したら疑いを生む。

 くっそ、やりにくいっ。



「お嬢様、医師をお呼びしましょうか?」


 薄ら笑いを顔に張り付けて、彼女が近づいてくる。


「待って待って、ミランダ、あたしが何の勝算もなく話題に出すと思う?! 私だってヨーク侯爵家のご令嬢なのよ! お父様の手腕を見て頂戴っ、娘として私にだって近しいものがあるわ。負ける交渉を持ち出すわけがないじゃない」


 生まれてこの方、父の仕事ぶりなど注視した事はない。だが、実際我が家は潤ってきたし、潤っている――金銭面において。きっと勝利してきたのだ。


「鎖よ、鎖! ほら、薄くなったり濃くなったりしてるでしょ? 私、さっきから『アーラ』と入れ替わってるからなのよね」


 途端にルーファが顔をあげる。現金な男だ。


「彼女は天使なのよ。兄は、もっと凄い大天使、のようなそんなものよ! 色々……聞いたわ。なんで聞けたと思う? 私が一段、上の世界に行ってたからよ!」

「上?」


 ミランダが繰り返す。



 よしっ、食いついた!! ここからよ……ここから、ハッタリの時間よ!!!! お父様、私に力をっ。



「ミランダも知っての通り、大きく分けると世界は三階層あるでしょ? 天界、ココ、獄界。これらは魂の段階によって居る場所が決まるのよっ。そう、段階を落とすと一個下に上がり、段階を上げると一個上の階層に行ける!」

「……それが本当なら、あたしはあんたに下げられたって事になるわねぇ」

「その通り! 私はミランダ、あんたを下げたのよ!」

「よくも抜け抜けと……っ」


 彼女の足元、強めの一歩が床に穴を開ける。


「ま、待って待って、よく聞いて?! つまり、私は段階を上げたり下げたり出来るって事よ! さっきは一つ、段階を上げて……、まぁ、身体の方はアーラに任せたっていう……ね?」

「あんた、故意に魂の操作をしてるっていうの?」

「魂、というか……意識ね!」


 ミランダは釈然としない顔で私を見ている。

 この場合、納得はしなくてもいい。疑惑を持って、逡巡してくれれば――即死コースからからは免れるのだ。


「私の場合は天使と同居中なんで、少し話が違うけど。あんたは単一の悪魔もどき。まだ完全に悪魔となって一段、下がってもない。天使や神との関わりもある私が手を貸せば、余裕で段階を引き上げて『人間』に戻れるわ」


 かつて宗教にのめり込んだ時すら、こんな狂った話はしなかった。

 無言のミランダ。



 反応、怖すぎ……。


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