◆ 4・封じられた書庫 ◆


 王城の地下には秘密がたくさんある。

 拷問部屋を始め、各種呪具、あらゆる薬物が詰まった薬部屋、弑逆された王の墓もあれば、大昔に使用していたという祭具もある。

 そしてそれらを全て通り過ぎた最下層。


 カエルは閂のかかった部屋の扉を開く。

 薄暗い室内には井戸のような穴だけがある。

 私も知っている。井戸には梯子が下へと続いており、そこからはまともな道すらもない洞窟のような横穴を歩いていくのだ。

 

 封じらた書庫――どれほど昔に封じられたのかも分からない。

 数十年前のリスタート時に入った折に、見たままの姿だ。カエルから逃げて迷い込んだ挙句、書庫で餓死した苦い記憶だ。


「チャーリー? 大丈夫?」


 カンテラを手にしたカエルが心配そうな声を出す。



 あのカエルは、操られたりとかしてたしな……。



「うん。で、指輪もってきたの?」


 封じられた書庫とは言うが、鎖のかかった本があるわけではない。書棚に並ぶ本の中にはそういった部類もあるが、一番は中心に据えられた水晶球だ。

 どこから見ても普通の水晶玉なのだが、王家の指輪を填めて触れれば知識が映像となって見れるのだという。


「陛下に頼んで借りて来たよ。ただ量が膨大だからね、最適な検索ワードを見つけるまでが大変かな」

「よし、任せた!」

「……チャーリーには、紙媒体の方を頼んでいい?」

「……えぇ……がんばるわ」


 天井が見えない程の巨大な本棚が乱立する部屋だ。かつては腹が減りすぎて食べようと口に含んだ事すらある本たちだ。

 やる気は薄いが、やるしかないのだ。

 私は本棚に掛かった梯子へ、彼は水晶玉へと手を伸ばす。




 月並みに言えば古今東西の歴史や秘密に塗れている本たちだ。どれが特別かなど、最早分からない。重苦しい文章と前置きで脱落しそうになった事も多々だ。

 それでも数冊は読んだ。

 そして――脱落した。


「チャーリー、あったかもしれない」


 本を開いたまま眠りに落ちていた私を起こしたのはカエルだ。

 いつの間にか身体にはカエルのコートが掛けられていた。


「それ、私も見られる?」

「王家の名と指輪がいるから……結婚してないし無理だね」

「……今、結婚するわ!」

「いやいや、チャーリー落ちついて。どうも、可笑しいんだ。歴史によると、憎悪と人数がポイントなんだよね」



 憎悪と人数? 何の話よ。



「悪徳値という概念があって、たくさんの死に関わった人間が悪魔に捧げ物をする。悪魔は応える。捧げられた者は供物となるが、その後、捧げた人間の魂を刈り取りにくる。地上から醜悪な種を取り除かれる」

「どの辺がおかしいの? さっきのルーファの説明まんまじゃない」

「悪魔が地上の浄化に一役かってるんだよね。悪行への報いを悪魔が起こすの、可笑しくない? 世界が汚れれば悪魔には生きやすいんじゃないかなって思ったんだけど」


 カエルの言う思想的な事は分からない。むしろどうでもいい。


「問題はミランダを止められるかよ」

「そうだね。チャーリーが思ってるよりも難しくない」

「そうなの!?」

「契約を持ち掛けるんだ。悪魔は契約に逆らえない」

「け、契約?? 私がミランダと? 何の契約するのよ」


 内容はなんでもいいのだと、カエルは言う。ミランダが現れた瞬間に『契約を結びたい』意思を伝える。すると、悪魔は天獄の規約上から『契約』についての取引段階へと移り、害する事ができなくなるらしい。


「じゃあ、内容は何でもいいの? そんな契約結びたくないとかはないの?」

「内容によっては断れる。でも契約を持ち掛けた時点で上客入りするんだ。その期間が過ぎるまでは害されない。難しい契約を持ち掛ければそれだけ、上客期間も伸びるし……契約を結べるのが一番だけど」


 言外にどうするかと聞いてくるカエル。



 契約……難しい契約。



「あんたの、……託宣をかえてもらうってのはどう?」


 カエルは奇妙な表情で固まっている。


「過去は変わらないかもだけど、記憶をいじってもらうのは出来ないかな」

「……多分、無理じゃない? 個人の願いを超えてる気がするね? 大勢の人の記憶と感情を動かすって事だし。それに託宣に関係する事を変えると、ボクが蛙な理由にも繋がるからね」



 それもそうか……。



「魔王を探してくれ、とかは? 勇者と戦う方の」

「ルーファも言ってたけど、悪魔規約上できないんじゃない? 契約と規約、どちらが上位かわからないけど」

「……じゃあ」



 じゃあ、なんだろう?? 応じにくい願い事が必要って、案外難しいな。いや応じにくいならさっきのどっちもいけるのでは??



 カエルは見透かしたように先回りする。


「上客としての期間よりも、応じてもらえる願いで終身契約にしたほうが安心だし得だよ」

「どうしようって言うのよ。なんか考えあるの?」

「死ぬまでメイドになってもらうんだ」


 ポカンと口を開ける。


「絶対に叶えられる願いだから、叶えるしかない」



 死ぬまで……カエルよ、あんたは知らないだろうが……私は大概、死にやすい!!!! そして死んでは戻る! 死ぬ前の契約は死後延長無理っすよね?! ミランダは悪魔になったから、ルーファみたいに記憶もちで私と一緒に永遠ループ展開!

 上客期間すらもなくなるじゃん!!!!



「あのさ、死ぬまでって……さっき私死にかけたし? 案外死にやすい属性なのよね……私って。その、死んだ、認定されてさ? 生まれ変わった的な判断されてさ、とかなったら……意味なくない?」

「あぁ、なら『魂が壊れるまで』ってしたら?」

「た、魂が?! 壊れる?!?!」


 カエルは水晶をなでる。


「魂は肉に封じられている。肉の死が魂の死には直結しないのだから、肉の死での認定でなくしてしまえばいいんじゃないかな。ボクたち人間のいう『死』は概念でしかないし、その概念は天使や悪魔とも別みたいだ」

「はぁ……」



 魂が壊れるまでメイドに、って言えばいいのか。ミランダOKするか? まぁ悪魔の契約で断れないっていうならソレするしかないんだけど……。



「アレックス、それってなんか……得が少ない願いね」

「損を生まなければいいんじゃないかな」

「それもそうか……」


 生き延びる事は最優先だ。


「チャーリー、ところで天使について調べてたんだよね? 何かわかった?」

「当たり前の事ばっかりなら」

「例えば?」

「そうね、天界にいて人を導くとか、神の使徒とか、美しいとか」


 カエルも頷く。

 一般的な天使像は皆同じものを持っている。おっさん天使はあくまでイレギュラーだ。


「ボクの方でも少しだけ見たけど……天使って不思議だね」

「不思議?」

「人間とは違う理で動いてる所為もあるけど、なぜこの時に降臨したんだろうって事が多かったんだ。それに、天使って天使なのかな」



 え?



「ボクには天使が神のしもべには思えないんだ」

「悪魔なの?!」



 だったら納得だわっ。



「いや、……それは違うけど。あ、それより護衛だけど。さっき頼んでおいたよ。最高の騎士に24時間警護を頼んでおいたから、安心して」

「ダース?!」

「一人だけど。チャーリー、さすがにダースで雇うのは周囲からも可笑しく見られちゃうし。ボクこれでも王子だしね? いらない政敵を刺激しそうだ」

「本当に、そいつ強いの?」

「うん、それは間違いなく」


 結局、天使の事に関しては収穫0だが、ここに通って探し続ければ何かしら出てくるだろう。ミランダ対策ができただけでも成果は上々だ。

 後は魔王捜しだけとも言える。



 怪しいのは、カエルの弟……第二王子だよね。託宣からしてヤバいし。



「あんたの弟に会いたいんだけど」

「……それって、魔王疑惑から?」


 話の早いカエルは溜息をつく。


「ボクは違うと思うけど……じゃあ、会っていくといいよ。あ、ボクは引き合わせるけどすぐ退散するよ? 同席しないね。凄く、苦手に思われてるの分かるし……」


 カエルの兄弟仲が悪い原因は、カエルだ。

 出来が良すぎるのに、カエルだからだ――少なくとも私はそう思っている。


「会いたいって言ってすぐ会える?」

「頑張るよ……」


 カエル王子は困ったように笑った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る