◆ 3・思惑 ◆


「チャーリー、封じられた書庫を見てくるよ。やりすごし方もあるかもしれない……。あそこは有史以来の禁書が揃っているからね」


 カエルの言葉は右から左に流れている。

 ミランダが来るのだ。

 必ず、来ることが決まってしまったのだ。


「おい! で、この人間たちはどうするんだ? 拷問だろ? どっか切り落としたり、剥いだりするか?」

「ルーファ、チャーリーはちょっと考えられなくなってるからこっちで話そうか。そうだね。話せるようにはしてくれる?」


 カエルが主導で何かが始まるのだと、顔をあげる。


「あのイノシシが、あなた方が用意したモノである事は分かっています。ミランダがヨーク嬢を殺そうとした所も見ました。ですが、分かりません。なぜ狙わせたのですか? ボクの調べではミランダに魔法の才能はありませんでした」


 そういえば、と思い起こす。

 確かに彼女は魔法が使えた事は驚きだ。事態が事態だった為、考えもしなかったがおかしな事だ。今までのやり直し人生でもミランダとは色んな肉弾戦を繰り広げて来たが、その中に魔法での攻撃はなかったのだ。



 あれが、ミランダの魔法じゃないなら……私、見当違いの恨みを買った事に?!



「あの火炎呪文も、彼女のものではありません。ミランダは……おそらく魔法壺を使いました。痕跡すら残っていないのは恐ろしいですが……暗殺用ですよね?」


 魔法壺とは、魔法を詰めた壺だ。割る事によって魔法は解放され力を発揮する。だが、指向性が難しく高位の魔法ほど高額だ。

 ミランダが買えるものではない。


「じゃ、狙われたのはカエルなんじゃないの? 私殺すのに魔法壺って」


 金額的に元が取れる話ではない。


「いや、チャーリーだと思うよ? 成婚予定日も公表されたし、そろそろ出るかもとは思ってたけど。こっち方面とは思わなかったな」

「どういう事?」

「ボクって一応……第一王子なんだよね」

「そうね?」

「カエルでも王子で、おそらく継がないだろうと思われている王子なんだ。……予定でも3番目か4番目の弟に王位継承権を譲るつもりだし。それってつまりボクの旨味は婚家の実家って事になるんだよね」



 つまり? カエルの旨味狙うなら、私を引きずり下ろした方がいいと?



「それは納得してもいい。でもアレックス、なんでそれの片棒をミランダが?」

「そこだよね」


 カエルも神官服の男たちを見つめる。


「チャーリーを殺したい理由はボクも分かるんだ。なぜ教団が後押ししたのか、だよね」


 年嵩の男が苦々しい顔で唾を吐いた。


「神は仰られた!! 貴様は悪魔の手先になるのだとっ、全てを平らかにしてしまうのだと!!!! 始まりはあの日、お前が産声をあげた瞬間から始まった」

「意味が分からないんですよね」


 狂ったように猛る狂信者に対して、カエルは冷静だった。


「そこはもう分かっています。教団がボクの託宣以来、色々と思っている事は知っていますし。こちらだってそちらを可能な範囲で監視の元の自由を許してきました。ですが、ヨーク嬢を狙う意味が見いだせない。現状、教団の後押しとして支持を取り付けたいのであれば、第3王子の婚家などを目指した行動が良いと思います」


 カエルが普段何をしているかは知らないが、色々と王子らしい行動はしていたようだ。元々賢明な男だ。実際、いくつかの時間線では列強諸国と同盟や支配や――色々と画策していた事もあった。



 教団が動いてるんだし、フローレンス関連でって事よね? 多分。



「私を狙ったのは聖女がらみでしょ」

「それはどうかな? そこで質問なんだけど、ボクって魔王だったりしないよね?」

「え?」


 カエルを見る。

 何を言い出すのかと思い、次の瞬間に理解する。おそらく彼は自分に下された託宣とやらについて悩んでいたのだ。

 聖女や悪役の傍に魔王や勇者がいる事もオリガの話から分かっている。

 自分に割り振られあ役割は何だろうと考えた先に行きあたってしまったのだろう。



 いや、あんたは勇者なんじゃ?

 覇王とか、そんなの勇者でしょ絶対。



「魔王って意味では第二王子なんじゃない? あんたより酷い託宣だったみたいだし?」

「それはどうかな。昔からボクは教団に嫌われてきた。それが魔王だからっていうならある程度は納得もできるんだ」



 どうかな?

 嫌われてんのは、カエルだからじゃないの??



 珍しく先走った内容に思えて首を傾げる。


「じゃあ、アレックス。とりあえず話したくなるまで拷問しよう」

「……チャーリー……それは」

「大丈夫よ。蜘蛛好きに蜘蛛を群がらせても意味がないのと一緒。こいつらは拷問OKどんどん来いって思ってんのよ」


 そう、私はかつての世界で彼らと殺り合い知っている。


「彼らが痛いのは、背徳、不信心、神への冒涜、そして悪魔崇拝。そういう宗派の理念を裏切る行為なわけよ。そこでルーファ!」

「お?」

「こいつらの家を神を象ったモノぜーんぶ悪魔に変えちゃって! ついでに祈るたびに悪魔からの甘い囁き声が聞こえるとかもいいわね? 神に祈りながら、隣には悪魔しかない。この絶望、最高でしょう?」


 ルーファが何かを言おうとするも、カエルが一瞬早くその口にパンを突っ込む。

 首を傾げ、パンを見つめるルーファ。

 初めての出会いだったのか、目が爛々に輝いている。



 流石カエル。今、絶対ルーファのヤツは『そんな都合の良い魔法ねぇ』とか言おうとした。問題はできるかどうかじゃない。信じるかどうかよ!



 青い顔をしている教団員を前に、もう一声をと口を開く。

 口にパンが突っ込まれた。



 うん、うまい。



「悪魔崇拝というものに具体性はないんですよね。第三者から見て、それはとても抽象的なモノです。信じる信じないは個人の感情ですし。信心を謳いながら背徳を行う事も良くあります。そして信心とは上に近ければ近いほどに狭い世界です」


 カエルの真面目な言葉の最中にルーファは「うまいな、これ」などと声をかけてくるが放置した。


「狭い世界は排斥によって確立しています。あなたがたが白い目で見られ教理から排斥される程度の事なら、今のボクでもできますよ」


 言外にどうします、と問いかけている。

 彼らにとっては一番されたくない事だろう。



 相変わらず、人の痛い所をつくのがうまい。



「何が聞きたい……」


 男の言葉にカエルは再度問う。


「なぜミランダにヨーク嬢を殺させようとしたのですか?」

「……お前たちの結婚を阻む事が神から与えられた役目だからだ……」

「神、ですか。抽象的ですね? 直に頼まれたのですか?」



 カエルよ、神は分からないが天使は言いに来たかもしれないぞ?



 フットワーク軽めのおっさん天使を思い起こす。


「天使様だ……」

「まさか……それ!!!! 髭の半裸おっさん?!」


 私は食いついた。

 男は逡巡し頷く。「罰当たりな」という声も聞こえたが、そこはもう関係のない事だ。おっさん天使こと、私の前世だかの兄が何かをしているのだ。



 くそ、名前思い出せないっっ。

 あいつ、一体なにを?? 私を箱庭に押し込めて、ミランダに命を狙わせてきたってこと? それってなんで? だってアイツは妹の事を大事にして見えた。

 私とは違っても、この魂が妹なら、守ろうとするんじゃって思ってたけど、やってることが全部反対じゃん!!



「チャーリー?」

「半裸のおっさん、みたでしょ? あの記憶の……魔王を瞬殺したヤツよ!」


 カエルはやっと髭の半裸おっさんと天使が繋がったようだ。


「おっさん、ではなかったような?」

「確かに、ちょっと若かったけど! 今はもうおっさんよ!」

「で、どういう事? チャーリー」


 パンを欲しがる悪魔に荷物から食べ物を広げる。

 おもむろに人間食に手を出すルーファ。


「私もよくわかんないけど、私もその書庫いくわ! 天使について調べたいのっ」

「それは、いいけど」


 カエルの目が後ろの犯罪者たちにそそがれる。


「あぁ、ルーファ。後は頼んだ!」

「え?」

「ちょっと食事にして気力減退させて、どっかに押し込めといて!」


 ルーファの食事事情を知らないカエルが焦る。


「チャーリー、悪魔の食事って?!」

「死にゃしないってっ。それより行くわよ! 時間ないのよっっ、私はミランダに狙われてるんだから! ついでにダースで私の警護も雇ってちょうだい!」


 彼の返事を待たずに、御者に命じる――行先は王城だ。


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