◆ 5・託宣の王子たち ◆


 カエルの兄弟を語るについて、たくさんの但し書きがつく。


 その筆頭は『王家の兄第姉妹すべからく仲が悪い』である。

 もはや噂にも上らないほど周知されている。

 第一王子アレックスことカエル王子を筆頭に王子が2人、姫が2人いるが――全員、公式行事以外では口も利かない徹底ぶりだ。

 原因の全てが性格の不一致でも権力闘争というわけでもない。


 確かに、彼らには後ろ盾となる有力貴族が各々ついている。そして貴族感の仲の悪さがそちらにも影響を及ぼしている所もある。

 だが――。



 まぁ、生まれてすぐ託宣されて色眼鏡で見られて、挙句に自分の兄がある日カエルになったら……誰だって嫌よね?

 その上、そのカエルが文句なしの王子作法完璧で、高智高才にして博学卓識。うん、意味は知らないけどお父様がそんな風に言ってくらいには凄いらしいのよね。

 しかも公明正大で、民衆の支持も高いんだから……。

 凡人にとって、お前は敵だぞ、カエルよ。



 城の内部を最下層から上へと上がっていけば、すれ違う人々が敬礼をする。

 一歩前を歩くカエルに対してだが、私としても悪い気分はしない。

 

「アレックス、第二王子だけど……ほんとに世界を闇にとかいう託宣だったの?」


 兄弟間でもっとも仲が冷え切っている第二王子を思い起こす。噂だけでも出来な過ぎる見本市、それが第二王子への人々の評だ。

 何をやらせても人並み以下。

 姿形は国王夫妻と同じで金髪碧眼の人間体だが、特別美しくも不細工でもない。


『世界を闇に飲み込む凶星となす』と、そらんじるカエル。


「うん、それ聞くと魔王候補1位だわ。私の中でっ」

「声落として、チャーリー。誰が聞いてるか分からないし」



 第二王子ヴィンセント……なんとか。そう、名前は重要じゃないわ、そのヴィンセントが、魔王疑惑一番高い。私に近い位置にいるし、何より託宣の内容の物騒度がそれっぽいし?

 カエルの方のは、確か『血』と『死体』の下に『覇者』とかだった。なんかちょっと魔王系とは違う気もする。



「チャーリーってヴィンセントと、ちゃんと会うの初めてだよね?」

「そうね」

「……弟は、ちょっと変わってるけど悪い人間じゃないんだ。……ってチャーリー、どうしたの?」


 私は頭を抱えている。

 私たちの周辺にはすでに変人しかいない。むしろ強個性が乱立する中で、『変わっている』の評を受ける人物とはどれほど面倒だろう。

 今から嫌な予感しかしない。


「アレックス、……まさかとは思うけどさ。いきなり、暗殺行為とかしない?」

「しないよ? そういう系統じゃなくて……まぁ見たらわかるけど、優しくしてあげて。ボクは別に嫌ってないんだ」



 あんたはそうでしょうね?



 第二王子の部屋の前で立ち止まる。

 すでに挨拶に行く旨を同じ屋根の下にいながら出している。部屋の前に立つ騎士が声を張り上げ、第一王子来訪を伝える。

 途端、中から物凄い音が聞こえる。

 明らかに何かが倒れ、割れた音だ。

 ガッシャンゴッシャンパリーンと続いている。


「……大丈夫、なの?」


 思わず騎士と隣に立つカエルを見るが、どちらも平然としている。


「……ぃ……ば、……ぃ、ろ」


 消え入るような声が聞こえる。

 カエルの前で、騎士が扉を開ける。

 薄暗い室内にビリビリに敗れたカーテン、倒れた机に床に散った陶器の破片――そこは、城の一角とは認めたくない程に汚らしい部屋だった。


「ぁ、ぁぁあっ!!!! あぁぁ、くりょう、たいさん!!!!」


 いきなりカエルが何か白い粉をひっかぶった。



 ええ????



 カエルは微動だにしなかった。


「……塩、だね。ヴィンセント、食べ物は大事に扱わないと」

「うぁぁぁぁっっ!!!! なんで、なんでだよっっ、何で、まだっ、しゃべる!! ぼ、僕の祈りが足りなかったっ?! 祈りがっ、ああああ、神よっっ!!!!」



 あぁ、……うん、変な、子だね?



 倒れた机の影から金髪がひょこりと覗いている。おそらく、でもなんでもなく、あれこそが第二王子なのだろう。

 カエルは掛けられた白い粉を払いながら、何かに気付いたように頷く。


「そうか、これは儀式だったんだね。ごめん、てっきり手近なモノを武器代わりに投げたのかと思ったよ。確か、邪な存在を払うんだったね? 文献で読んだ事があるよ。ただ、もしかしたらだけど、その祈りの種類が違ったって可能性はないかな? 地域によって信仰する神も違って、その土地にあった祈りを」

「うぁぁっっ、煩い煩い煩い!!!! 僕だってそれくらい知ってる!! ちゃんと調べたし、ちゃんとやれたんだっ。それなのに、だからそれは、その、嘘だったって事で、だから、違うんだ、こんな、くそっ、本なんて信じないっ!! もう二度と信じないっっ」


 涙目で叫ぶ第二王子。


「文献の確実性についてならボクにも手伝える事があるかもしれない。どんな本を参考に使ったのか教えてもらえれば」

「煩い煩いっっ、でてけよぉぉぉぉ!!」



 うん、ダメだ、これ。

 カエルは歩み寄りたいのかもしれないが、これは無理だ。そしてこれが魔王とかだったら、余裕撃破未来が見えてくるわ。



「カエル、もういいわ。出てて。話進まないし」

「うん……そうだね。チャーリー頑張って? えーっと、注意事項としては驚かせない事、かな。すぐパニックになるみたいだから」

「了解」


 カエルはあっさり出て行った。

 その背には悲哀すら浮かんでいる。哀れでならないが、今はこの困った未来の弟と向き合うしかない。


「誰だよ……」

「ヴィンセント王子、初めまして。私はシャーロット・グレイス・ヨークです」

「あぁ……兄上の性悪婚約者か……」



 よし、殴ろう!



 顔も出さずに金髪をひょこひょこ揺らしている王子。


「お前が何を狙ってるかは知らないけど、僕は、ゆ、勇者として!! 魔物討伐してるんだっ、性悪とはいえ婦女子は下がって、いなさいっ」



 魔物討伐? 勇者??



「何の話?」


 思わず問いかける。


「知らないのか! 兄上は魔物なんだ! 巨大蛙のモンスターなんだ!」


 確かに、モンスターと呼ばれるものは巨大化生物だ。だが、それを作り出しているのは教団だと分かった。そして、カエルはただオリガに呪わせただけで、モンスターではない。


「カエルは、一応人間枠よ? モンスターならとっくの昔に討伐されてるよ。それにモンスター括りに入れるには少し小さいとも……」

「お、お前は分からないんだっ、兄上はすごく頭が良い、蛙だから! だからやりすごし方も知ってて、うまい事やってるんだよ!!」



 困ったな。これっていわゆるカエルへの偏見ってやつ?



「ところでヴィンセント王子は勇者なんですか? 根拠を教えてもらっても?」

「ぼ、僕が、聖女に選ばれたからさ!!」


 勇者は聖女に選ばれる。私の理解では愛とか付き合うとか恋人関係になった感じだろうと思っていた。



 つまり、フローレンスと付き合ってんの????

 こんなクソ面倒な王子が、面倒な闇成分多めフローレンスと?!



「認められないわ! あんたが勇者でアレが聖女とか魔王に勝てる未来見えないわ!!」

「失礼なっ!! アレってなんだっ、聖女様に失礼だぞ!!」


 飛び出してきたのは10才になったくらいの少年だ。白い神官服に各種祭具を腕や首やらに着けていて、珍妙この上ない。



 最近の子、恋人作るの早すぎない? そしてフローレンスはこんな子供が相手で大丈夫か? こいつが爬虫類にでも見えてんのか?



「フローレンスとはいつから?」

「……誰?」

「あんたの恋人でしょ!!!!」

「ちょっ、ば、バカじゃないのかっ!!!! なんで僕が、ここここ、恋人?! 恋人なんているわけないだろ! そういうのは王族としてダメなんだぞ! 大体、フローレ?? 知らないよ」

「フローレンスを知らない?? 王子は聖女に選ばれたんでしょ? まさか妄想だったの?!」


 鼻白む王子に首を傾げる。


「聖女様に言われたからだ!」


 私の知る限り、フローレンスが聖女だと認識している節はない。おそらく王子の言う聖女は別人で偽物だ。なにせこちらのフローレンス聖女様は天使のお墨付きなのだから――。


「王子、その聖女ってどんな人ですか?」

「とても、キレイな方だよ……、この世の何も、あの方の前では……かすむよ」


 ちゃんと話を合わせられる、それが私シャーロット・グレイスです。ですから、そんなヤツいるかなどとは口に出さなかった。


「わぁ、会ってみたいですね。すごいですー」


 若干抑揚がなくなってしまったのは仕方ないだろう。


「奥にいるんだ……箱庭の」

「は、箱……箱庭?!?!?!」


 一気に現実に呼び戻された気分だ。



 箱庭……?!?!



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