◆ 6・箱庭の聖女 ◆


 箱庭の、聖女……なんだソレ。

 箱庭って、私みたいに箱庭刑って意味ではないよね?



「あの方はずっと、閉じ込められてるんだ。僕が彼女を、助けてあげる。そう約束したんだ」


 キリリとまっすぐな瞳、祈るように胸においた手、純真な子供の心に胸打たれるシーンかもしれない。

 残念ながら『箱庭』話のせいでピクリとも心が動かされない。


「王子、その子はどこに閉じ込められてるんですか?」

「その子じゃない! 聖女様だっ!! ……大神殿の最奥にいるよ……。僕は、その……勇者だって言われたし、コンクエストと違って気に入られてるから、……入れるんだ」


 確かにプリンス・オブ・コンクエストことカエルは神官たちに嫌われている。



 でもこの王子、騙されてるんじゃ?



 そもそも聖女の本物云々をおいといても、確定勇者なら発表とかあってもおかしくない。魔王vs勇者の形は世界の通念で、聖女教こと啓教会ならば大々的に宣伝する価値がある。

 それこそ信者大量GETチャンスなのだ。


「その、聖女は、どんな人なわけ? 勇者選定しちゃったなら大々的に発表しても良くない? なんでまだ発表されてないの?」

「聖女様のお加減が悪いからだよっ」

「え? 聖女なのに風邪?」

「違うよ! 聖女様は、その……身体を自由に動かせないんだ。そういう、状態なんだ」



 そういう状態?

 縛られてるってこと?

 新たな犯罪発覚かよっ。でもこれ、放置したら面倒な事になりそうだよね? 新聖女vs偽聖女でどっちが本物かの投票的な色々あって、……うん、フローレンスが勝てるわけないわ。

 聞く限り、純真な子供が堕ちてんだから、フローじゃ無理でしょ。そうなると偽聖女を擁立した悪女として私はきっと燃やされる。

 あ、めっちゃくちゃ未来見えましたぁ。



「彼女……その聖女が、そこに留められてるの、良くないんじゃないかしら?!」

「え?」

「王子、空気よ!」

「空気?」


 何のことを言われているのか分からないと首を傾げる少年。大丈夫だ、私も同じ気持ちだ。


「空気が悪いからよ! 空気が良いところで養生すれば治るわ!」

「……症状みてないのに、なんで分かるのさ?」

「かつての私がそうだったからよ……身体が弱かったの、私」


 そんな事実はどこにもないが、王子は驚いたように瞳を瞬かせる。


「で、でも……ぼ、僕はっ。あの清らかで可愛い、あの彼女がいい! 体調不良時のツケを取り戻すように悪女復活する彼女なんて見たくないよ!」



 本気で殴りたい。

 いや、落ち着け? 彼はまだ子供だ。大人の女性の良さが分かってないだけ、そうに決まってる。



「王子、ソレは本当の愛ではないわ! 悪に堕ちてグチャドロ状態でも見捨てないのが愛よ! ……カエルに勝ちたいならね?!」

「蛙に、勝つ……」


 王子は最後の一文に食いついた。よほどトラウマとか確執があるのだろう。ありがたく利用させて頂く事にして、更に言い募る。


「カエルは何でカエルだと思う?」

「え? 呪われた悪い王子だからでしょう。神官たちもそう言ってたし」



 神官たちの間ではそうなってるのか……。



「……どうやったら呪いが解けると思う?」


 そこで少年王子は、何かに気づいたように口元を抑える。


「愛……愛だ!」

「……そうね、おとぎ話のセオリーよね?!」

「そうか、アイツには愛が足りないから……っ。そうなんだ、コンクエストの癖にそこに到達できてない、そういう事ですよね?! 僕が持つこの至高の愛の域に到達できてないから、まだカエルなんですね?! でもそれは仕方ないのかも? だって、コンクエストは聖女に会えてないし、今後も会える確立ないし。何より相手が……っ!」


 失礼な視線を寄越す王子にニッコリ微笑む。この顔とスタイルのどこに文句があったのか、数年後の彼を問い詰める決意もする。


「いいえ、王子。これは、試練です」

「試練?!」

「ええ、カエルは全てを持っている。カエルってこと以外の欠点がない程に! でしょう?!」

「……まぁ、ですかね……」


 実兄への誉め言葉はどんなに正しくとも、素直に頷けないらしい。


「そんなカエルに与えられた試練がカエルの姿と、私ことシャーロット・グレイス・ヨークよ!」

「な、成程!!!! 慈愛も母性もない我儘令嬢相手に愛を育む、世の中、うまくできてる!!!! 何事も簡単にはいかない、そういうテーマなんですね? 先生!!」

「そう、……その通りよ、王子……」



 いや、いつの間にか先生とか言ってるけど、その先生を貶めまくってっからね??



「では、先生、僕の試練は」

「そうよ! 彼女をそこから連れ出す事ね! そして元気にすることよ。もちろん、一人でやれなんて言わないわ。手伝うわ。なぜなら最高の試練そのものが私だからよ!」

「お、おお!!!! 試練は人の形をしている場合もあるのですね!? 目が覚めた気分です……試練先生、そうしたら、カエルに勝てますか?!」

「勝てる。もしくはカエルはとっても困る」

「いいいいですね、それ!!!!」


 王子はノリノリだ。

 この勢いに乗って、箱庭の偽聖女のところまで案内させたい所だが――腐っても相手は王子だ。そして私は第一王子派であり、貴族の裏事情から表立って第二王子と行動するわけにはいかない。

 下手をしたらお父様に殺されかねない。

 第二王子の後ろ盾とヨーク家は犬猿の仲だ。ヴィンセント王子と行動を共にしたなどと知られれば、お父様のフラグが立ちかねない。

 いや、立つ。

 確実に立つだろう。


「そういうわけで、王子。こっそりやりましょう。決行は真夜中で!」

「いいけど……試練先生は、帰らないんですか? 一応淑女ですよね? しかも結婚前ですし、風聞問題あると思いますけど」


 騙されやすく非常識な王子は、それでもやはり王子だった。

 真っ当な貴族的観念で忠告してきた。私とて言われるまでもなくわかっていたとも。

 だが、このままいけば偽聖女を担ぎ上げた魔女シャーロットとして教団に断罪される。理由は様々ながら、教団には何度も断罪された過去がある。

 チラつく嫌な記憶を頭を振って片隅に追いやる。


「大丈夫。帰ったと見せかけて野宿します」

「え?!」


 力強く拳を作って応じる私に、王子は心底驚いて声をあげる。


「い、いや、流石に? え、どこに? どこにですか?? まさか中庭? 正門付近は絶対やめてください! あ、いやでもカエル派ならいいか、ダメだダメだっ、僕まで狂った王族扱いされる!」

「落ち着いて、王子。野宿がなんですか! 場所くらい自分で探しますし、見つからない場所を選びますとも!」

「でも……」

「王子、それが勇者を支える仲間ってもんですよ! 聖女の為に頑張りましょう」


 今のうちに偽聖女事情を知っておく必要がある。カエルは何も言ってなかった所をみると、やはり教団関連には手が及ばないのだろう。


「僕……あなたの事を誤解してたかも……っ。ごめんなさいっ、一緒にあのカエルを打倒しましょう! がんばりましょうね!!」



 私がカエルを打倒する必要はないんだけど……。ってか、まだモンスターと思ってんの?!



「そうね。カエルの事はともかく聖女を助けましょう」

「先生、ミッションのタイトルはどうします?」


 どうでもいいと言えたらどんなに良かったろう。私はちゃんと答えた。


「ミッション『真実の愛』で」


 いかにも夢見がちな少年少女が好みそうな言葉を選ぶ。案の定、王子は平均的な容姿ながら目をキラキラさせた。


「真実の愛! 聖女様、待っていてくださいっ、このヴィンセントがすぐに助け出してごらんにいれます!」



 さて、近隣の宿でも取ってもらうか。

 カエルに言えば秒だろう。


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