第四章・捨てられし者

◆ 1・立ち位置 ◆


「それはぁぁっっ、オ・レ・がっっっ、エルキヤをぉぉぉぉ――っっっ!!!!」


 オリガは言う。

 すでに両手でも足りない回数になってきているし、肩で息をして声を張り上げてもいる。



 なんて残念な美少女だ……。

 だが、ごめん……全く聞こえないです。



 私は首を振る。

 伝わっていない意思表示にオリガは地面に突っ伏した。


「何故だっっ、何故オレの言葉が通じない!! 言語体系が変わったのか?! いやいや、であるならオレの言葉全てが伝わらないはずだ。部分的欠如となるなら、それ相応の理由がある事になるが、考え得る可能性の全てはこの空間に引き上げた時点で解決している話だ。まさかこのオレがそんな初歩的ミスを犯す道理も」



 あぁ……この子、こんな美少女なのに……。

 なんて宝の持ち腐れ……。



「あの、オリガ、様」


 本当に仕方がないので助け船を出す事にする。

 もう『様』をつけるのも個人的に止めてしまいたいほど心は遠ざかっているが、一応の礼儀は必要だろうと続ける。


「オリガ様、今から言う事に何かしらの反応をしてください」

「……了解、だっ!」

「んー、……こいつが」


 私は人形のように倒れたまま動かないヘクターの腹を踏みつけた。


「こいつがエ……神として、こんな感じ? したの??」


 オリガは憮然とした顔をする。


「そいつは木偶人形。天の使徒として派遣される際の『器』に魂が入ったモノだ。神ではない」

「……え? 話できない系の種族なの??」


 ズレた回答に愕然とする。



 いや、驚きの事実はあったけども。

 恐ろしい程、人との会話ができなすぎじゃないだろうか?



「話は出来るぞ。ココはオレが作った空間で天地の理からは外れた領域だ。故に、他領域の理で作られし肉魂はオレの許可なく行動できないのだ。『ソレ』は天からの使徒ではあるので『天使』と言いかえても良い。そのような輩をオレの空間で自由にさせるつもりはないので、『停止』させている。尤も、目と耳くらいは許してやっている。恐怖に慄くがいいわ!!! この腐れ天使の密偵カス野郎が!!!! 反吐が出る!!! 呪われろ!! そうだ、呪おう……呪えばいいんだっっ!!!」


 ヒートアップするオリガ。

 問題は二つだ。

 一つ目は恐ろしいほど対話下手なオリガという存在。

 二つ目は天界vsオリガらしい事だ。

 オリガの反応から見ても、天使や天への並々ならぬ想いが伝わってくる。恐らくソレらの想いは『殺意』とかそういう部類だ。


「オリガ、様……話を戻しますと、エ……神、ザックリ、血、ドバドバ、死、ですか?」

「いや、神に血はないし死もない。神とは観念的な」

「ストーーっプ!!!!」


 叫んだ。

 話は長いし、的外れな事ばかりを口にする四角四面なオリガと会話をする事は無理だ。カエルを見る。

 カエルは一つ頷いた。

 流石はカエル――言いたい事が伝わったようだ。


「もしかして、あなたの自伝で得た我々の情報は操作されているのでは? 『上位者』と『協力』をし、『敵』を『打倒』『勝利』した。これは……主語が逆なのでは?」

「ふむ……そうだとも。お前は中々、見識があるではないか!」

「……なるほど。チャーリー、分かった?」

「いや、どゆことよ」

「本で読んだ悪役とヒーローの立ち位置を逆にしてみて」


 カエルに言われて回想する。


 オリガ・アデレイドは希代の魔女だった。

 天賦の才に加えての努力型秀才。だが、対人関係はあまり上手くなく、あちこちで問題を起こした。

 結果、彼女は世界に嫌われていく。

 勇者や聖女と出会い、戦い、性根を入れ替えるまで完全なる悪役。

 ところが勇者に恋し、魔王との戦いに参戦する羽目になる。

 最終的には、神やらの力を借りて世界を救うきっかけにもなっていくわけだが――。



 主語を変える……。



 本には嘘しかなかったと認めるのは悲しい。

 なにせオリガ=頭脳明晰、質実剛健、傲慢で尊大ながらも天才鬼才秀才だったのだ。

 まさか実像が、こんなにも変人でコミュ力0のイタい人だとは思わなかった。



 種別イタい属性なオリガは、逆恨み拗らせMAXな日々を送っていた。

 ある日、頭お花畑聖女とお節介勇者と出会う……と、ここからだよな? 敵と味方を入れ替えるなら……。魔王に恋し協力する事になり……勇者を打倒?

 いや協力者となったのは魔王?

 神は妨害者か敵?



「考えてみたけど……分かったような、分からないような」

「チャーリー、ボクは本を読んだことはないけど、有名な話だし……内容はフワッと知ってるんだ。魔王は物語の最後でどうなった?」

「封印され……、え? 封印????」



 主語が『魔王』じゃなくなるなら、そこは……『神』か『勇者?』になる?

 でもソレって意味が通らなくならない?



「立ち位置によって見え方も変わってくるよ、チャーリー。『魔王』と『勇者』の真実はまだ分からないけど、オリガ・アデレイドの敵はおそらく」



 神だった?



「だから嫌われて、引きこもらされたの?!」

「違う! オレは好きでココにいるんだっっ」


 オリガは背を向ける。


「見ろ、ココには全てある! 海だって山あってあるんだっ。オレはココでいい。ソレに仲間もいてくれてる。……でもたまには人間に力を貸してやるのも悪くはないと思って、手を貸してやってる。だけどソレは禁じられたというよりも、地上の管理者たる存在とオレの関係性上……あまり推奨されていなくてな、管理者側からは呪われたりする。オレが呪うわけじゃないんだ」



 やっぱ呪いあるんじゃん!!!!



「うーん……特に、違和感はないのですが?」


 カエルの言葉に彼女は首を振る。


「出た後だ。出た後、お前は呪われる。お前の祖母も呪われた。オレと関わったと言う事が歯向かうモノとされる。マーキングはされてるしな」

「マーキング?」

「天使が見えたろう?」

「あの翼の女性……!」

「そうだ。お前は既にマーキングを受けた。まぁ呪いと言っても大したモノではないので問題はない」

「ちょ、話違うじゃん!!! 成分問題ないって……呪われてないって言ったじゃん!」


 慌てて突っ込むも、オリガは不思議そうに小首を傾げる。


「成分は『人間』として確立している。『人間』には元々『神の愛』が備わっていない。お前は失っていたと訳の分からない事を言っていたが、問題ない。『呪い』は『呪い』だ。それらは全くの別物として存在している。素材にスパイスを振るようなものだと過程してくれればいい」



 こ……こんのっっっ、コミュ力0女がぁぁぁあ!!!!



 そこで、ふと違和感を感じた。


「人間、に……『神の愛』はない? 全員?」

「そうだ。人間は神に捨てられし存在だ」

「捨てられし?」


 オリガが口を開こうとするのを慌てて身振りで留める。

 私の言葉がただの鸚鵡返しとでも理解したのか、彼女は口を噤んだ。今、彼女の無駄に長い講釈や蘊蓄を聞く気にはなれない。


「……ねぇ、オリガ……『神の愛』を『失う』ってどういう事?」


 あの時、天使は言った。

 この呪文を唱えれば、私は神の愛を失うのだと――。



 おっさん天使の嘘?

 いや、あの時のおっさんは……もっと、信じられる雰囲気が……あったような、なかったような、いや、あった、あったはずだ。

 あの時ばかりはっっ!

 確か!!!



「あぁ、お前は……なるほど。ちょっと我慢だ」


 オリガの手が――私の胸を突き抜けていた。


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