◆ 10・勇者 ◆


「成程、それでチャーリーはどうしたいって?」


 カエルは困っている。

 それはそうだろう。ここは学校――人払い中の教室。教師すらも追い出しての空間と来れば、居心地が悪いのも頷ける。

 だが、他人に入ってこられても困る。「放課後じゃダメだったの?」「ダメです」を繰り返し、やっと本題に入った所だ。


 カエルは賢い。色々な事を考えて、託宣に逆らう為にカエルになった。流れは今一つ理解できてないが――とにかく彼は、カエルになってまで王にならない予定だ。

 国王云々はこの際どうでもいい。

 だが勇者問題は、また違ってくるだろう。


「分かってるでしょ? あんたって勇者なわけよ」

「オリガが言ってるだけだよね?」

「託宣も近いじゃないの!」

「……君の妹に選ばれて勇者になれって? チャーリー、その意味が分かってる?」


 勿論わかっている。



 つまり、カエルと妹が結婚する事の後押しよね? 分かっていますとも。生き延びる事を第一に考えてるんだからそれくらいは許容範囲でしょう!? 我慢よ、我慢。別にどうってことないわ。カエルなんかこっちから切り捨てた事にしてやればいいんだから!



「勇者って選ばれるものらしいのに、どうしてボクだって決まってるんだろう? 可笑しい気がするんだよね。ルーファの時は託宣とかなかったんだっけ?」


 私の小指に巻き付いた蛇姿のルーファを見るカエル。


「おう。でも俺様の時も他に候補っぽいのいたぞ?」

「ルーファは他の候補を殺して勇者になったって言ってたよね? もしかして勇者って聖女に選ばれるとかじゃないんじゃないの?」

「ん? あぁ、いや。俺様は面倒だから全員殺っちまったけど、本来はそんなんじゃねぇよ? って、俺様は聞いてた。大体なぁ、勇者かどうかってのは聖女魔王と違って、かなーりアバウトだぞ? そもそも強さが全てだし」


 強さが全てなら、武力0の時点でカエルは失格だ。


「チャーリー、お前、オリガに騙されてんじゃねぇの? カエル坊ちゃん弱いんだろ?」

「そうよね……でもオリガだってそんな詰まんない事で嘘つく意味がない気もするのよ」


 天使のおっさんの話でも勇者候補は数人いるようだった。誰が大穴かはまだ分からないが――。


「まぁ、俺様は魔王云々には関わる気ねぇけど。そこのカエル坊ちゃんが勇者ってのはなぁ」

「そうよね……」


 勇者もヨワヨワなら、魔王もヨワヨワだ。ある意味ではつり合いが取れているのかもしれないが、誰も得をしないだろう。


「ボクが弱いのは周知の事実だしね。強さが全てなら、ヘクターやスライ先輩はどうかな? 資格があるんじゃないかな? 少なくとも一人だけが勇者の運命を背負ってるとかじゃないなら打診してみてもいいんじゃない?」


 カエルの言葉に、いっそ勇者選抜でもすればいいのではないだろうかと思う。


「そうね。最悪試合でもしてもらいましょ」

「でも不思議だね。勇者は数人の候補から選ばれるのに悪役は固定だなんて。ちなみにルーファが勇者の時の悪役はどんな人だったんだい?」

「あー……多分、聖女の叔父だったと思うぜ?」

「多分? あんたまさか……」


 嫌な予感がして言葉を濁すもルーファは答えてしまう。


「おう! 殺っちまった! いやぁ俺様のアーラに近づく害虫かもって思ってな。つい」

「……あんたホントに勇者だったの? 実はあんたが悪役だったんじゃないの? ってかむしろ、あんたが魔王だったんじゃ」

「おいおい、人聞きが悪い事言うんじゃねぇよ。俺様が愛に生きる男だった、ってだけで」


 扉がノックされる。

 外から「授業を始めたいのですが」と控えめな主張が聞こえてくる。仕方なく、話を打ち切ろうと立ち上がった。




「勇者? この俺が? いくら出す?」


 一応の候補として生徒会長室にまで出向いたし、説明もした。

 結果がスライ先輩の、このセリフだ。


「俺は勇者パーティの仲間その1になってもいいが、勇者になる気はない。戦後処理でいくら請求されると思ってるんだ。勇者などなるもんじゃない」

「いやいや、勇者だよ!? 請求なんてされないって!!」



 なんてことだろう……まさかこんなにも、勇者が不人気職業だったなんてっ!!!! ってか、男なら憧れないの?! どうかしてるっ。私が男なら勇者やるわっ。



「いや、請求されるぞ?」

「え!?」


 小蛇を見下ろす。


「俺様が街ぶっこわした時なんて、借金の取り立てに王国騎士団来たし。包囲されたし」

「あんた、やっぱ魔王だったんじゃ……」

「とにかく! 俺はお断りだ!!」


 ルーファの声が聞こえてしまったのか、スライ先輩が全力で拒否する。金にはうるさい男だ。


「強さで言えば、お前の親友も強かったろう。ライラ・中略・ピアソンだ。確かあそこは兄弟に至るまで傭兵で稼いでたぞ? ランクも兄たちの方はAとかSだったはずだが」


 先輩までもライラの名前を省略するようになっていたとは驚きだ。その後もピアソン家の金銭事情に絡んでいるとは聞いていたが、予想よりも仲良くやってくれているらしい。

 一時は殺し合い寸前までいったことを思えば感動すらする。



 ってか、ライラの兄ってSなの!?

 てっぺんじゃん!!



 Sと言えば最上位ランクの更に上、最高峰だ。


「ピアソン家にお願いに行くかな……」


 重いため息をつく私に、ルーファが笑う。


「いっそ、お前がやっちまえば?」

「何を?」

「言ったろ? 俺様は『悪役』を殺してんだぜ?」

「うん。……うん?」


 ルーファが呆れたような声を出す。


「お前なぁ。……まぁ、聞けよ。悪役は何で必要だ?」

「え、聖女を覚醒させるために、でしょ? 私がヤバい悪役になれば闇が深い分、フローが光として輝くって話よ」

「おう。その悪役、俺様は殺してんだぜ?」

「……そう、ね? ソレって、聖女は覚醒しなかったって事になるの? え、ソレってどういう」


 前提条件が崩れ始める。



 もし悪役がいなくても聖女が輝くなら……私のこの死に戻りは……って、うん、いや、違うな? それって悪役死亡じゃん!? 私死亡じゃん?! 私生き残りたいわけよ!



「ま、俺様が強すぎたからできた事だけどな? 言ったろ、勇者ってのはアバウトな存在なんだよ。人間の中から出てきて、勇気と強さだけでいいんだぜ?」


 まるで謎々だ。


「まさか悪役兼勇者やれっての? そんなのできる? 悪役がいなきゃ聖女の覚醒度問題出るでしょ」


 聖女の覚醒が――勇者への力の付与が、魔王を倒す力となるのだ。

 彼の言葉を信じるなら、聖女の光が必要なくなる。


「んー、お前さ。なんか……勇者が光だって信じてねぇ? 勇者って所詮人間だぞ?」

「いや、そうだけど……?」

「お前が言ったんだぞ? 俺様が魔王みたいだって」


 蛇の赤い瞳を見つめる。


「え? なに、どういう事?」

「人間なんざ幾らでも取って代われるってこった」


 そして彼は決定的な事を口にした。


「悪役と勇者は兼任できるぜ?」


 呼吸が止まるかと思った。

 だが同時に気づく。私には無理な話だ。妹は妹であり、女なのだ。そして私も、女なのだ。選ぶだの何だの友情レベルで済むなら話は了承だが、聞く限りそうではない。


「ただ、その場合だと聖女じゃ役不足なんだよなぁ。ま、俺様にはアーラがいたからな」

「アーラ、天使?」

「そうだ。聖女と天使、どっちが強い光と思うよ?」

「それは……」


 それは私も思っていた。


「ん、あんたもしかして……聖女フローレンスを見限れって言ってんの? 聖女を聖女として盛り立てるには勇者カエルが弱いからって?」

「いいや。もしお前が勇者になろうってんなら……聖女フローレンスは役不足。天使が必要って話だ。だが、只の『悪役令嬢』として断罪され殺される未来は変えられるかもな?」 



 あぁ、読めた……。こいつ、私に『アーラ』を捜させる気ね?

 大体、私は聖女がいないパターンで負けてる勇者を見てるし。アレがルーファかは分からないけど、天使でも無理なんじゃないの?



「一応言っとくと、俺様はどっちでもいい。何をしても、どれだけ時間が掛かろうとも……アーラには辿り着くしな。だが、お前に余裕があるかはまた別の話だな」


 心でも読んだように彼は言う。

 でも、それは悪魔のささやきだ。


 戦力0の勇者候補、戦う気のない勇者候補、頼めば引き受けてくれるかもしれないが家にいると所を捕まえる事すら困難なランクS傭兵。



 どうする?

 天使さえいれば、私が悪役と勇者兼任できるというなら。いや……むしろ、私も元天使だったりするんだけど。天使が光を私にくれるなら、私の中の闇が払われるなら……天使を解放できれば……。

 もしかしたら光として。この理不尽な悪役の運命からも……。

 そう思っていいんだろうか?



「……天使が、いないじゃない? 天から引きずり下ろす方法でもあるっての?」

「知ってるだろ?」

「いや、知らな……っ」


 しゅるりと小指のヘビが溶け、人の形を取る。

 上背のある男の手が私の顎を捉える。


「お前は知ってる」


 ルーファの赤い瞳がまっすぐに私を見ていた。


「アレを唱えろ」

「……ルー、ファ……」


 未だかつてない真剣な目が本気だと伝えてくる。


「唱えろ、チャーリー。アレを唱えれば、お前は一歩終焉に近づく。だが、約束してやる。只では終わらせない。俺様も一緒に探してやる」


 何を、とは聞かない。


 一度しか使えない呪文。

 天使の声が蘇る。


『二度目はないし、オマエは神の愛をも失う』


 これ以上はという時に唱えるように言われた呪文だ。

 命の危機などない、学校の廊下だ。

 追い詰められていないのに『今』という悪魔。



 それでも、……なんでだろう。



 ピースがハマった気がした。

 私の口が、しっかりとした声を発した。



「 【 エルキヤ・エルティア 】 」








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いつも読んでくださってありがとうございます。

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次の章から第二部となります。

毎日3000~5000字の1章10話構成であげてきましたが、2部からは1000~2000×30話で一つの章を作っていきたいと思います。


今後も『悪鬱』を、よろしくお願いします!

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