◆ 11・彼の思惑(中) ◆
思い出してみれば、アレックスは変わった子供だった。
誰が見ても良い王位継承者で、カエルでさえなければ文句のつけ所はどこにもなかったろう。だが、一点だけ変わっていた。
勿論、見た目ではない。性格だ。
彼は怒らないのだ。
私が叩いても嗤っても、困ったように、気弱に、オドオドと機嫌を取ってくるばかり。およそ彼が怒った所を、私は見た事がない。
「どうして私にキレないの?」と聞けば、「君に、あげられるものがコレだから」と返る。
当時は意味が分からなかった。
今から思えば、王位継承権を放棄する事などが盛り込まれた契約の花嫁に対する、譲歩であり、謝罪であり、最大限の献身だったのだろう。
いや、私にだけじゃない……誰にだってそうだった。多分、国にも国民にも、そういう意識があったんだ……。
当時の私は、何度もなじったし実力行使のように攻撃だってした。
そのたびにカエルは困ったように笑うだけ。何もまともに取り合ってくれていない気がした私は、エスカレートしていった。
つまり、ある意味で私が我儘を極めたのは彼の所為でもある――どこが限界か、試した事もあるのだから。
結果は惨敗、結局――彼は、一度も怒らなかった。
カエルは『怒れない』んじゃない、『怒らない』んだ。
彼の真実をたくさん見たから分かる。
カエルは、自己を律する事にかけては比べるものもない。精神が鋼鉄ででも、できているのかと問いたくなるほど、自分自身に対して融通が利かないのだ。
感情では動かないし、常に最善を考えている。
「アレックスが……何も考えずに喰われたとは思えないわ」
そうよ、あいつの頭でそんな無計画な事になるはずがない。何を考えてか、は……まだ分からないけど、何かは絶対にあるはず。
「喰われるっていう……その選択が、何かの解決法になるって……思ったのね?」
ルーファが両手の平を見せる。
「拍手してやるには、まだ足りねぇな」
天獄の事を調べて、私を調査だか追跡だかしていたのは何でだ? オリガたちの事を知ったから? それなら私の事を監視した理由はなんだ?
まさか、リスタートに気づいてた?
聖女と魔王の事? 分からない。
「分からない……。喰われるって、そんな簡単な事? いくら色んな事を考えたからって喰われてもいいなんて、喰われても何かを為そうなんて……思えやしないわ」
生きながら獣に食われた経験を思い出せば、私なら全力で逃げ出す。
「お前、前提が分かってねぇんだな」
ルーファが憐れみを籠めた目で私を見ている。とても失礼だと感じるも、言葉にはしなかった。
彼は心を読んだように、吐息と共に言葉を漏らす。
「俺様はアーラの為なら、喰われるくらい平気だけどな」
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