◆ 26・悪魔と対峙(中) ◆
昔は何とも思わなかった我が家に、旅愁を感じる。
門構えが立派である事すら気付かなかった頃が懐かしい。到着を少しでも先延ばしにしようとしたが、結局は辻馬車を拾われての数十分となった。
アプローチを通れば、すでに執事を始めとした数十人のお仕着せ姿が見えた。
「あぁ……」
ミランダがあの中にいるのかと思えば気も重い。
実際、ミランダが私を私と認定できるのかも謎よね?
「お帰りなさいませ」とお辞儀の大合唱を終えて、自室に連結された応接室へと皆を通す。割り振られた仕事によっては出迎えに参列していない事もある。
ミランダがいなかったのは有難いが、目的が目的なだけに言わねばならない。
「ミランダを呼んで頂戴」
◆◇◆
ノック。
「どうぞ」の言葉で入室するミランダ。
全員に緊張が走る。
「お嬢様がお呼びとの話でしたので、取り急ぎ参りました。どうなさいました?」
入ってきたミランダの挨拶や態度には、かつての気安さがある。
なかなか口を開かない私と、周囲の緊張が伝わったのか――彼女は再度問う。
「お嬢様?」
少なくとも、一見しただけでは判別付かないのね? ってか、これで別人認定された場合って、ルーファに殺される可能性出てくるのよね?? 上級な悪魔ルーファと悪魔もどきのミランダならミランダを選ぶべきだよね……。
〈ルフスは上級悪魔なの?〉
そういう言い方があるかどうかは知らないけど、組み分けしたらそうなるんじゃないの?
私の中でアーラは納得したのか黙り込んだ。
「ミランダ、あー……うん、えーっと」
「はい?」
言葉を選んでみても、この場合は一つしかないだろう。
「あー……うん。やっぱ、まずはコレよね? えと、……『おかえり』ミランダ」
彼女の目が見開かれる。純粋な驚きが見て取れたのも一瞬、すぐにその顔は凄絶な笑みに取って代わった。
「あぁ、戻ったのね? お嬢様……お久しぶり、本当に……『ただいま』ですね」
姿形が崩れる。
彼女の体は黒いドロリとしたゼリーとなって床に広がる。同時にプスプスと床が煙を上げる。呆然としているのは私だけじゃない。
人間がロウソクのように溶けたのだから当然だ。
ライラもスライ先輩も変容についていけず、床の粘液を見つめるのみだ。
「姉様、ミランダ、来ます」
フローレンスの言葉に我に返る。
何のためにココにいたのかも思い出し、ライラ達へと視線を走らせる。
「スライ先輩!」
ハッとしたように、呪文を唱えるスライ先輩。
「〈 スコターディ・フィーポース 〉」
闇の膜が生まれる。
全てを吸収する気なのだと気づくも、完成には一歩遅い。黒いゼリーは無数の棘を発射した。
いや、イケる! だって最初の一発は……!
「フォティア」
ルーファの声。
面白くもなさそうな一声――たった一言の炎を宿す言葉だ。それだけで接触間近の棘を燃え上がらせた。煙さえ残さず、一瞬の炎とジュッと音を立てて掻き消える。
同時に先輩の呪文が完成する。
「〈 エクサーリエクスピィザ!! 〉」
私たちの前に広がった闇のベールが、ミランダとの間に壁を作り出していた。
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