◆ 9・歪が生むモノ(後) ◆


 言葉の意味が分からない。

 それは肉として、食料として――人間的な食事の意味で――『食べた』の意味になるのだろうか。分からないのか、分かりたくないのか。

 私は彼の顔を見つめた。

 彼が悪魔だと知らなければ、神の愛された顔だとでも評したかもしれない。見れば見る程、顔が良い。


「どういう、意味になるかな? えーっと、蒸したの? 焼いた? バラバラに切り分けた? あぁ、痛そうだ、どうして、そんな痛そうな……」


 言葉が止まる。



 なんてことだろう……。

 私は、何を言っているんだろう……。



 想像して、吐いたりはしない。

 想像して、泣いたりはしない。

 そんな弱い心しか持ち得ていなかったら、私はリスタートと同時に何度でも自殺しただろう。拳を作る。爪を切ったのはいつだったか、掌に刺さる爪の感触を味わいながら顔を上げる。

 心が負けたら、試合終了――人生終了だ。



 絶対に! 負けてなんか、やらない。



 眉に力を入れ、ルーファを睨む。


「説明! ちゃんとして」


 ルーファがニヤリと笑う。


「別に大した話じゃねぇけどな。言葉のまんまだ。喰った。マルっとな。今、ココにいるぜ」


 そう言って、彼は自分の腹を撫でた。



 食べた……の? 本当に?? 本当にバリバリムシャムシャ系で?



 実感が遠い。

 言葉の上での『悪魔』が『人間』を食べたと言ったなら、すぐに理解したかもしれない。だが接してきた相棒のような『ルーファ』が、私の婚約者『アレックス』を食べたのだ。


「アレックスを……」


 浮かびそうになったカエルの顔を打ち消して、問いかける。


「なんで食べたの?」


 ライラと分かり合って温まっていた胸が、冷たく澄む。

 ルーファは欲を食べると言っていた。

 人間のように水や肉を口にする必要はないのだと。喰われた側も数日寝込む程度で、すぐに回復する。そうして悪魔にとっての永遠の牧場が、地上に形成されているのだ。

 一匹や二匹の家畜が減っても問題はないかもしれない。

 それでも彼らが肉を受け付けないのなら、ただ殺せばいいだけだ。肉として口にする意味はなんだろうと考える。



 本当に、このルーファが……。



 未だアーラは沈黙している。


「次のステージに上げる為だ」


 ルーファが答えた。



 何の話?

 一段階上の層へっていう天使のアレ? いやいや、こいつは悪魔だ。天使ならいざ知らず悪魔が一段階あげられる?



「人間の魂ってのもんは、肉に影響されるんだ。だから俺様が解放してやった」

「解放……」

「それが、ヤツの願いでもあったからな」

「……食べられる事が?」


 私だって獣に食われた覚えしかないが、アレはあまりに痛く苦しい思い出だ。通り過ぎた過去とはいえ、思い出すだけで震えそうになるほどの責め苦だった。



「一体、誰が食われたいと思う? ないでしょ。ないわ。ちゃんと殺してから食べたんでしょうね? 殺す前に食べるのはとても辛いのよ? あんたは知らないでしょうけど。いや、きっとそうね、カエルも知らなかったんだわ。だから簡単に食わせたのよね? きっとそうよ。あんなの……本当に本当に、痛いの。地獄はここにあったかって。でもどの死も痛いけど。でもあれは……アレは本当にきついのよ。あんたはちゃんと殺したんでしょうね? 食べ物への敬意よ。敬意をみせたの?」


 ブツブツと羅列する私にルーファは顔を顰めた。


「お前もかなりキメェな。……でもな、お前こそカエルの事、甘く見てたんじゃねぇの?」


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