第10話 思わぬ遭遇

 俺とクロエが向かったのはクシナから歩いて一時間ほどの所にある山岳地帯だった。

 村長の話によるとここら一帯では良質な土がたくさん採れるらしい。しかしここ数年は魔獣が多く現れるようになったので、村の人たちはここに来なくなったらしい。


「つまり隠れてゴーレムを作るのにはうってつけってわけだ」

「なるほど! お見事な推理です!」


 にしてもやけにあっさりここまで来れたな。

 魔獣が多いって聞いてたから用心してたけど、一体も出会わなかったぞ。

 会わないに越したことはないけど、ここまで楽だと逆に不安だ。


「とにかくここに何かあるはずだ。山岳地帯は広いし二手に分かれた方が良さそうだな」

「し、しかし! 主人様マスターを一人にするわけには……」


 不安そうな顔でクロエは抗議してくる。心配性な奴だ。


「大丈夫だって。心配性なんだよクロエは」

「そう……ですね。確かに主人様マスターは強くなられました。私が心配しなくても大丈夫

ですよね……」


 今度はしんみりしてしまった。情緒の忙しい奴だなあ。

 普段は騒がしいくせにスイッチが入ると落ち込む癖が昔からあるんだよなクロエは。


「そんなに卑屈になるなよ、頼りにしてるぞ」

「はい……」


 少しだけ不安を感じながらも、俺とクロエは別れるのだった。


◇ ◇ ◇


「何をやっているのでしょうか私は……」


 一人そう呟き、肩を落とすクロエ。

 その足取りは重く、中々調査は捗らなかった。


「もう少しお役に立てると思ったんですけどね。これでは私の方がお荷物です」


 三年前、クロエはアルデウスと別れ戦場に行くことになった。

 もちろん別れることは寂しかった。しかしこれは転機だとも思った。

 アルデウスの側にいればいるほど、自分が腑抜けてしまっていることをクロエは自覚していた。気づけば“黒砕”に二つ名で呼ばれていた頃の恐ろしさはすっかり抜け落ちてしまい、鍛錬もしない日が続いてしまっていた。


 なのでクロエはアルデウスの役に立てるように強くなると誓った。

 三年間の遠征で彼女は強さを取り戻し、さらに磨きをかけた。しかし……それ以上にアルデウスは強くなってしまっていた。


「成長は嬉しいですが、やはり寂しいですね。私の力などもう必要ないのでしょうね」


 自嘲気味にクロエは呟く。

 そうやってとぼとぼと歩いていると、彼女はある物を見つける。


「……ん? あれは?」


 木々の間になにやら茶色いものが見えた。

 辺りに注意を払いながら近づいてみると、それは確かにあの時のゴーレムであった。

 しかしあの時と違い目に光がない、どうやら起動はしていないみたいだ。


「やはりここで作られていたんですね。他にもあるのでしょうか?


 クロエはゴーレムに近づく。

 あと二メートルほどの所まで近づいたクロエは、ゴーレムの後ろにあった、ある物の存在に気づき足を止める。


「これは……!」


 驚愕し、口を大きく開けるクロエ。

 なんとそこには百体をゆうに超える数のゴーレムがあったのだ。


 まるで一つの軍隊。いや戦力だけで考えれば一つの軍隊をも凌ぐだろう。

 もしこれが全て起動し、王都を襲撃したらかなりのダメージを受けてしまうだろう。


 クロエは急いでアルデウスに報告しなければと踵を返す。しかし、


「どうしたんですかお嬢さん。迷子ですか?」

「っ!!」


 声のする方に顔を向けると、そこには柔和な笑みを浮かべる青年がいた。

 年は十代後半くらいだろうか。腰まで伸びた長い茶髪を結んでいるのが特徴的な好青年だ。


「迷子でしょうか? よろしければ森の外まで案内しますよ」


 そう言って青年は手を差し伸べる。年頃の女性であればころっとついて行ってしまいそうな程、その青年の顔は整っていた。清潔感もあり、物腰も穏やかに見える。


 しかしクロエはその青年から、言葉にしにくい不快感を感じていた。


「あなた、一体何者ですか? この辺りにコボルト以外の村はないはずですが……」


 クロエは警戒しながら目の前の青年を観察する。

 そして彼女は青年の腰に下げられたある物に気づく。


「その剣は……っ!」

「おや、バレてしまいましたか。この剣、デザインは好きなのですが目立つんですよね」


 そう言って青年は腰に下げられた剣『聖剣』を指先でなぞる。

 聖剣は勇者にしか扱えない。つまり目の前の青年もまた勇者の一人ということになる。


(まさか本当に勇者と出会ってしまうとは。迂闊でしたね……)


 ここまでの道中で、クロエはアルデウスから「勇者がいる可能性があるから気をつけろ」と忠告を受けていた。

 こんな所に勇者が? と思った彼女だが、アルデウスの言葉を素直に信じ注意は払っていた。

 しかし突然現れた大量のゴーレムに気を取られ、接近を許してしまった。


 クロエは歴戦の戦士だが、勇者相手に一人で勝つのは厳しい。この状況は絶体絶命だった。


「……なんでこんな所に勇者がいるのですか?」

「貴女も理解わかっているんじゃないですか? 魔王国の領土内でゴーレムを大量生産するなんて目的は一つしかないじゃないですか」

「確かにこれだけのゴーレムがいれば恐ろしい戦力になるでしょう。しかし魔王国を舐めないでいただきたい、ゴーレムと勇者が同時に襲撃してきてもその全てを返り討ちに出来ますよ」


 クロエの言葉は偽りではなかった。

 魔王国の代表である魔王たちの力はもちろん、国を守る兵士の強さも凄まじい。いくらゴーレムが強いと言っても魔王国を落とすには明らかに不足しているとクロエは感じた。


 しかしそれでも勇者は不敵にわらう。


「貴女のいう通り、いくらゴーレムを作っても魔王国を一回で落とし切ることは不可能でしょう。しかし二回、三回と繰り返したらどうでしょう? 私たち勇者は復活しても戦いに戻るまで少し時間がかかりますがゴーレムたちは違う。既に量産体制は整っているので第一陣がやられても第二陣第三陣がすぐに襲いかかります。いくら魔王と言えど、消耗は避けられないでしょう」


 勇者は復活できる教会は、今のところ人間領にしかない。

 しかしゴーレムは良質な土さえあればどこでも作ることが可能だ。この勇者は既にここだけじゃなく他にもゴーレムを量産出来そうな場所をいくつか見つけていた。


 それら全ての場所で量産体制が整えば、魔王国を落とすのも時間の問題だと確信していた。


「魔王は強い、それは疑いない事実です。現にこの百年間でたった数人しか討伐出来てないのですから。しかし流石の魔王と言えど民を守りながらどこまで戦えるでしょうか? ふふ、楽しみですよ。魔王国を貰えたらどれだけ女神様からご褒美を貰えるでしょうか!」


 笑う勇者の股間がゆっくりと隆起していく。

 彼の脳内では女神を手込めにしたイメージが再生されていた。


 その気持ち悪い様子を見たクロエは「うわ」と声を出し顔を歪める。生理的嫌悪感が全身を駆け巡り鳥肌が立つ。


「……あなたの恐ろしく、気持ち悪い計画は私が止めます。お覚悟を」


 クロエは手に収まる程度の小さなハンマーを取り出すと、それに魔力を流す。するとその小槌は一瞬で巨大なハンマーに姿を変える。

 それを見た勇者は楽しげに「へえ」と呟く。


「大きさを変える魔武器ですか、面白い」

「このハンマーで、あなたも、あなたの計画も叩き潰す!」


 魔道具『如意槌にょいつち』を強く握りしめ、クロエは駆けだすのだった。

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