第17話 復興、そして帰還

 勇者の後始末を終わらせ、疲れた足でクシナの村に戻ると、そこには大量のゴーレムの残骸と、その側に座るクロエの姿があった。

 体のあちこちに傷はあるが、どれもかすり傷程度な上にコボルトたちに治療して貰っているので大丈夫そうだ。良かった。


「よう、無事終わったみたいだな」

「アルデ……主人様マスター! ご無事でしたか!」


 俺を見付けたクロエは真面目な表情をふにゃっと緩めると俺に抱きついてくる。

 相変わらず大型犬みたいな奴だ。

 パッと見た限りちゃんと命令を全てこなしてくれたみたいだし、少しくらい甘やかしてもいいか。


「よしよし、良くやってくれたな」

主人様マスターが頭をなでてくれた……だと!? これがデレ期ってやつですか!? 既成事実作りますか!?」

「調子に乗るな」


 言い寄ってくる顔面にチョップを食らわせ、どかす。

 全く、ちょっと褒めるとこれだ。


◇ ◇ ◇


「村長、大丈夫か?」


 村の修復作業にあたるコボルトたちの中から村長を見つけ、話しかける。


「これはこれはアルデウス殿、お互い大変でしたナ。クロエ殿のおかげで村人はみな無事でしたが……村はこの通りですナ」


 コボルトたちに怪我はないけど、建物がいくつか壊れてしまっている。これを彼らの手で直すのは時間がかかるだろう。村長の顔は暗い。


「まあそう気を落とすなよ村長。こんなこともあろうかと助っ人を呼んでるんだ」

「助っ人……? いったい誰のことですナ?」

「ふふ、驚くなよ」


 俺が指を鳴らすと、その助っ人が現れる。


「こ、これは……!」


 それを見た村長とコボルトたちは驚愕し、顎が外れるんじゃないかって程、大きく口を開く。

 なぜなら自分たちの村を壊したはずのゴーレムが大量の資材を持ってきて修復の手伝いをし始めたからだ。


「これはどういうことなんですナ……!?」

「ゴーレムを操っていた悪い奴は俺が倒した。なんで今のあいつらは俺が操ってるんだ。コボルトの言うことは聞くように調整したからいくらでもこき使ってくれ」

「そ、そんなことが……。いったい貴方は何者なのですナ?」


 俺はその言葉にキメ顔でこう答えた。


「俺は――――」

主人様マスターはいづれ魔王国の頂点に立つ凄いお方なんですよ! こんなに早く会えたあなた達は幸運です! 一緒に崇め奉りましょー!」


 俺の決め台詞は興奮気味のクロエによって遮られる。

 ……はあ、全くしょうがない奴だ。


◇ ◇ ◇


 ゴーレムの尽力のおかげでクシナ村の復興はわずか二日程で終わった。

 最初の方はゴーレムにビクビクしていたコボルトだったが、復興が終わる頃にはすっかり慣れていた。


 もしコボルトが一人でもゴーレムに怪我をさせられていたらこうはならなかっただろうな。クロエに感謝だ。心の中だけで。


「お、いたいた。おーい村長さん。ちょっといいか?」

「これはこれはアルデウス様。どうかしましたかナ?」


 復興が終わってひと段落した頃、俺は一人村長のもとを訪ねた。

 明日の朝方には村を発つ予定だ。それまでにやっておかないといけない事がある。


 長いベンチに座る村長の隣に腰を下ろし、俺はさっそく本題を切り出す。


「実はお願いがあるんだ」

「いいですナ、何でも言ってくださいナ」

「いやちょっとは内容を聞こうよ……」


 そんなに速攻で返事をされるとは思わなかった。

 交渉のしがいのない人だ。


「アルデウス様が提案されることが変なことであるはずがないですナ」

「うーん二日間で好感度がMAXになってしまったか。まあ取り敢えず話を聞いてくれ。お願いっていうのはゴーレムのことなんだ」

「ほう、あの土人形がどうしたんですかナ?」

「少し前に話したけど、あのゴーレムはこの付近で取れる土で作られてる。だからコボルトのみんなでゴーレムを作って欲しいんだ。みんな手先が器用だから簡単に作れると思うんだ」


 ゴーレム自身でもゴーレムを作ることは出来る。

 しかしゴーレムは器用ではないのでどうしても綺麗な物は作れない。しかしコボルトが仕上げをすれば、勇者が作ったゴーレムよりもいい物が作れるだろう。


 そしてそれを魔王国に納品してくれれば……きっと良い戦力になってくれる。


「もちろんタダでとは言わない。それ相応のお金か物でお返しをする」

「ふむ、確かに悪い話ではないですナ。この村の生活は自給自足がほとんど、作物が不作の年は生きるのもギリギリですからナ」

「じゃあ……」

「しかし、それは私たちに戦争に協力しろ、ということになりますナ」

「……そうだな。間違って、ない」


 俺はこんな平和な村に住む人たちに兵器を作れと言っている。

 それは何も間違っていない。本当にその通りだ。だけど……


「だけど必要なんだ。俺の家族を守るためには。今のまま手をこまねいてたらあっという間に魔王国だけじゃなくて魔族領全体が滅ぼされてしまう。それを防ぐためにも力を貸して欲しい」

「はい、いいですナ」

「そりゃすぐには返事できな……って、いいの!?」


 説得パートに入ろうとしていた俺はずっこける。

 この人、もしかして俺をからかってない?


「もとより断るつもりはないですナ。アルデウス様の心を聞きたかっただけですナ、申し訳ありません」

「いや別にそれはいいんだけど、そんなに簡単に決めちゃっていいのか?」

「……私たちは魔王国のことはよく知りませんので信頼はしてません。しかし貴方のことは信頼してますナ。その貴方がやるべきと言うならやるべきなのだと思いますナ」

「なんかやけに信頼してくれてるけど、俺はそんな大した男じゃないぞ? クロエが持ち上げてるから勘違いしてるのかもしれないけど」

「勘違いなどしてませんナ。この二日間、私は貴方を見てましたナ。貴方は常に私たちを優先してくれました、そして復興後のことまで考え、最大限に尽くしてくださいましたナ。それを見て、私は貴方を信頼できるお方だと思いましたナ。それはきっと村の者もみな、同じ気持ちですナ」

「……そっか」


 別に見返りを求めての行動じゃなかった。

 ただ俺はいつも通り全力でやってただけだった。だってこの村は魔王国の一部、この村に住む人だって遠い家族みたいなものだと思ってたから。


「何か困ったことがあれば言ってくださいナ、過ごした時間は短いですが我らはもう家族も同然、何を遠慮することがありましょうか」

「ああ……そうだな。村長も何かあったら呼んでくれよ。すぐに飛んできてやるからよ」


 その後俺はゴーレムについてのあれこれをコボルトたちとまとめた。

 細かいお金などについては俺じゃなくてもっと適任の奴がいるからそいつに任せて、俺は主にゴーレムの作り方について教えた。


 ま、もっとも俺もゴーレムを解析しただけで作ったことはないんだけどな。

 それでもコボルトたちの飲み込みは早くてすぐに俺以上に作るのが上手くなった。これなら魔王国にゴーレム軍団が配備される日も近いだろう。

 その日が楽しみだ。


◇ ◇ ◇


「……ふあ」


 ゴーレムに揺られながら、俺は大きなあくびをする。

 昨日は遅くまで話し込んでたからな……まだ眠い。


「大丈夫ですか主人様マスター? 寝ても大丈夫なんですよ」


 ゴーレムの上で俺を膝枕しながらクロエは言う。

 現在俺たちは五体のゴーレム達と一緒に魔王国に帰っている。流石に全部のゴーレムを連れて帰ったら置くところもなくて困るからな。

 そしてその内の一体を四足歩行にして背中を平べったくし、そこに二人で乗っているのだ。

 歩かずに済むのはいいけど、乗り心地はそこまでよくない。これは要修正だな。


「俺が寝たら迷うじゃん。クロエ方向音痴だし」

「ゴーレムがいますし大丈夫ですよ! ……たぶん」

「信用できねえ……」


 昼寝して、起きた時に森を彷徨っているのは嫌だ。

 クロエはなぜか魔導針があっても迷う時があるからな。


「ま、任せてくださいよ! 主人様マスターの睡眠は私が守ります!」

「……なあ、いい加減その主人様マスターって呼び方やめないか? やっぱりしっくり来ないんだよな」

「むう、またその話ですか」


 クロエは困ったような表情を見せる。

 会ってすぐの時は普通に俺のことを名前で呼んでいたはずなのに、いつの間にか変な呼び方に変わってしまっていた。いつまで続くんだろう……と思ってたんだけど、このままじゃ大人になってもこの呼び方のままになってしまいそうだ。


「分からないな。なんでそんな変な呼び方なんだ? シルヴィアみたいに普通に呼んでくれればいいじゃないか?」

「だって……じゃないですか」

「へ?」


「だって恥ずかしいじゃないですかぁ……!」


「……へ?」


 想像もしなかった返事が返ってきた。

 名前を呼ぶのが恥ずかしい、だって? なんじゃそりゃ、もっと恥ずかしいことをたくさんしてるじゃないか。


「……まあ、一旦わかった。理解は出来ないけど一回その気持ちは受け止める」

「すみません。でもお名前で呼ぼうとするとどうしても恥ずかしくなってしまって……」


 クロエにもそんな乙女な部分があったとは驚きだ。

 もちろんこんなこと口に出しては言えない。すり身にされてしまうからな。


「気持ちは分かったけど、やっぱり寂しいなあ。だってクロエは俺の家族になったんだろ? それなのに名前で呼んでくれないなんて他人行儀じゃないか? ああ寂しいなあ」

「むう……そう言われると弱いですね……」


 お、少し効いてる。

 この調子でいけば押し切れそうだ。


「今回は頑張ってくれたから褒めてあげたいけど、これじゃお預けかな」

「ちょ、ちょっと待ってください! 言います! 言うんでちょっと待ってください!」


 クロエはそう言うと、深呼吸し息を整える。

 そして意を結したような表情をし、顔を真っ赤にしながら、言う。


「あ、アルデウス……さま」


 そう言うとクロエは両手で顔を覆ってしまう。

 その隙間から見える頬は真っ赤に染まっている。


「だめっ! やっぱり恥ずかしいですぅ!」


 そう言うやクロエは俺のことを力の限り抱きしめてくる。

 い、痛え! 鯖折りだぞもはや!


「離せっ! 死ぬぅ!」

「うわあああん! アルデウス様が私を辱めるぅーっ!」


 深い森に俺たちの大きな声が反響する。

 ――――こうして俺たちの短い旅は幕を閉じた。


 万事上手くいった。でも確かに勇者の手は魔王国まで近づいている事が分かってしまった。

 これからはもっと気を引き締めなくちゃな。そして……あの計画も進めた方が良さそうだ。


 俺は決意を新たに、魔王国わがやへ帰るのだった。

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