第16話 後始末
「はははははっ! やっぱり! やっぱりお前が少年Aなんだな!? まさかこんなに早く会えるとは思わなかったぞ!」
さっきまでの怯えた表情はどこえやら。勇者は思わぬ幸運に高笑いする。
アルデウスはとぼけることも出来る。しかし、勇者の口を封じる
「……どこまで聞いてるんだ」
「女神様に牙を剥く愚か者がいるってことだけさ。少年で魔王国にいる可能性が高いとだけ聞いてたけど……まさか当たっているとはな」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら勇者は放つ。
その姿を見てアルデウスはあることを確信する。
(あの
勇者たちのことを本当に愛しているのならば、アルデウスが勇者を殺せることを教えるべきだ。しかし目の前の勇者はそのことを知らなかった。
教えなかった理由は明白。もしそれを知ってしまったら勇者たちの士気が下がるからだ。自分たちが不死の存在であるからこそ勇者たちは無謀で無茶な行いを繰り返すことが出来る。もしそれを知ってしまったら戦えなくなる勇者が頻出してしまうだろう。
「くく、本当に運がいい。これで死んでも褒めてもらえるな」
そう言って勇者は懐から小さな水晶を取り出す。
思案していたアルデウスはそれへの反応が一瞬遅れる。その隙を突き、勇者はその水晶を口元へ近づける。
「少年Aは魔族のガキで――――」
「何してんだテメエ!」
アルデウスは咄嗟に勇者の頭部を水晶ごと蹴り飛ばす。
ともすれば絶命しかねない本気の一撃。水晶は砕け、勇者の鼻も砕けるが、幸か不幸か勇者は生きていた。
「おい! 今何をした!」
勇者を組み伏せアルデウスは詰め寄る。
彼の顔は恐ろしい形相をしている、しかし当の勇者はヘラヘラしていた。
「これでお前の情報は女神様に届いた。ま、これから女神様のもとに行くからこんなことする意味はないんだけどな、やれと言われたんだからやるだけよ」
「こんの下衆野郎が……!」
アルデウスの言葉は勇者ではなく、その後ろでほくそ笑んでいる女神に対してのものだ。
女神は勇者を捨て駒にしたのだ。自分のもとに辿り着かないのを分かっているからこそ、
普通は違和感を覚える。いや、現にこの勇者もなんでこんな物を渡されたのか疑問に思いもした。
しかし勇者は女神の命令に背くことはない。彼女のために生きることこそが彼らにとって全て、そうなるように彼らは
(少年だっていう状況はともかく、魔族って情報はあまり良くないな。俺自身は魔族じゃないけど、魔王国は更に狙われることになる。あんのクソ
アルデウスは内心舌打ちしながら、腰に差した魔剣グラムナイフを抜く。
「また会おうじゃないか少年A、次会う時こそぶっ殺してやるよ」
「いや……次はない」
アルデウスは冷たく言い放つと、グラムナイフの刀身に指を滑らせる。
「術式付与、
術式を発動すると黒い刀身に青い文字が浮かび上がる。
アルデウスはそれを勇者の胸元にぞぶり、と突き刺す。
「ふふ、女神様、今貴女のもとに……」
「馬鹿が、行かせねえよ」
「――――へ?」
何を言ってるんだ? という目で勇者は自分に跨がるアルデウスを見る。
アルデウスはそんな彼を憐れむような、蔑むような複雑な目で見る。
「俺は勇者を『殺せる』。だから女神は俺を探してるんだ」
「いや、でも女神様はそんなこと一言も……」
「そりゃそうだ。そんなこと言ったらお前たちは働かなくなるだろ」
「そんなわけが、あるわけ……」
ない。という言葉は彼の口から出なかった。
長い勇者生活、何かと女神に疑念を抱きそうになるはあったのだろう。しかし女神を信奉する彼らはそれらから目を逸らし続けていた。
しかし、死の淵に立って、初めて本当に死ぬかもしれないという状況になって彼は初めて女神を疑う。
「俺は……捨て駒だった?」
そのもしかしたらの可能性に勇者は絶望する。
確証はない。
でももしかしたら本当にこのまま死んでしまうのかもしれない。
袋から僅かに漏れ出した恐怖心は一瞬で心を満たすほどに溢れ、彼を絶望の底に叩き落とす。
「い、嫌だっ! 死にたくない!」
「おい暴れるなよ、術式が固定するのには少し時間がかかるんだ。中途半端にかかるとお前が苦しむことになるぞ」
「離せぇ! 俺から離れろぉ!」
取り乱し、暴れる。
しかしアルデウスは彼をがっちりと押さえ込み離さない。
「死ぬのは怖いよな。分かるよ」
「じゃ、じゃあ……」
「でもそれが普通なんだ。今までお前が手にかけた魔族や亜人、みんなそうなんだ」
「あ……っ」
こいつ個人がどれだけの命を奪ってきたかなんて知らないし、聞きたくもない。
だがこいつの歪みっぷりをみるに十や二十じゃきかないだろう。
「この世界はゲームじゃないんだ、失った命は戻らないし傷ついた心は無くなりはしない。リセットボタンがあるのはお前たちだけだ。俺はそれを
アルデウスは、いわゆる戦場に出たことはない。
しかし城で仲良くなった人が戦場で亡くなり帰らぬ人となったことは一度や二度じゃない。そして彼らの家族が涙する所を見た回数も……数え切れない。
「別に俺が完全な正義だなんて言うつもりはない。だけど死んでくれ。お前らは俺の世界に邪魔すぎるんだよ」
ナイフに付与した術式が勇者の体内に定着する。それを感じたアルデウスはナイフに込める力を強める。
「嫌だっ! 俺はもっと生きるんだ! もっと生きて、殺して、犯して、手に入れ……」
「安心して死ね。俺はちゃんと殺したお前らのことを忘れない」
ナイフの柄をねじり、更に突き刺す。
一際強く吹き上がる鮮血がアルデウスの顔にかかる。
すると勇者の体は最後にびくりと痙攣する。
「あ、が……っ」
声にならない声を出し、勇者は絶命する。
「さて、面倒臭いが……やるか」
アルデウスはすぐさまその遺体を燃やし処理する。そうしないとまた女神が出てきてしまう可能性が高いからだ。
「なんだ、その……大丈夫、か?」
淡々と死体の処理をするアルデウスを見かねて、グラムは声をかける。
「あんまり深く考えない方がいいと思うぜ? ほら、こんな下衆ども死んで当然だし……」
「ああ、問題ない」
「いやそうは言ってもお前……」
「大丈夫だよグラム。ありがとう」
悲しげな瞳でそう言うアルデウスを見て、グラムは「……そうかよ」と言い、それ以上声をかけることはしなかった。
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