第14話 いざ帰宅

 翌日の夕方、俺とグラネの引く馬車は王都近辺ににたどり着いていた。

 何回か休憩を取ったとはいえ、ほぼ寝ずに走っていたので俺もグラネも疲労困憊だ。

 スレイプニルは強靭な馬だがグラネはまだ子どもだからな。よくここまで持ってくれた。


「悪いな、無理させて。後でたらふく美味いもの持ってくから」


 そう言うとグラネは「当たり前だ」とでもいいたげに鼻を鳴らす。

 ごめんごめんと宥めながら走っていると、俺はお目当ての場所を見つける。よし、方角は間違ってなかったな。

 

「……お、あそこだ。あそこの壁に行ってくれ」


 そう俺が指示した場所は王都の正門……ではなく、王都を囲む大きな壁の一箇所だった。当然人なんていない森の中。大通りを外れてこんな所に来たのにはもちろん理由がある。


「誰かいるかー?」


 誰もいない森の中でそう大きな声を出す。

 すると木の後ろからぬるりと一人の男が姿を表す。凄いな、全く気配を感じなかったぞ。


「誰かと思えば……若じゃありませんか。なぜこのような所に?」


 現れたのは黒い装束に身を包んだ長身の男だった。

 顔には口の部分が鳥のように尖ったお面、いわゆるペストマスクに似た面をつけている。見るからに怪しい見た目をしているが俺はこいつを知っている。


「今日はペルスが見張りだったんだ。悪いけど内緒で通らせてくれない?」

「……いくら若の頼みといえど勝手に開けるわけにはいきません。ここは非常用の抜け道なんですからね」


 この場所は一見すると何もないように見えるけど、一部の関係者だけが知る秘密の抜け道がある。城が攻め込まれた時に脱出に使うのが主な利用方法だけど、人に見られず城に入ることもできる。

 正門から堂々と入ったら眠らせている勇者が見つかってしまう可能性があるからここから入るしかないのだ。


「ねえ、いいじゃん」

「ダメです」


 ぐぬぬ、手強い。

 ペストマスクの男、『ペルス・マストトス』は、魔王国の暗部『黒死隊』の隊長だ。

 暗殺、侵入、裏工作のエキスパートであるが、純粋な戦闘力も高い。


 普段ペルスはその能力を活かした任務をしていて、ここの門番はペルスの部下がやってるはずなんだけど、運悪く今日はペルスがその役割を務めていた。

 クソ、いつもの奴なら口で丸め込めるのに!


「ヴァンスならしばらく休暇を取らせました。しばらく仕事が続いていたのでね」

「……うちの国がホワイトで俺は嬉しいよ」


 俺が働いていた会社も見習って欲しいよ。

 有給なんて取れた記憶がないぞ。


「ただ通るだけでしたらまあ、目を瞑らないことも無いのですが……馬車の中、何かいますよね」

「……!!」


 さすが一つの隊を率いるだけはある。感知能力がずば抜けてる。

 しかし……どうしたものか。いっそ全部話すか? 

 いやそれは駄目だな。ペルスは信用できる人物だけど、勇者を魔王城に連れ込もうとしてることがバレたら流石に魔王おやたちに報告されてしまうぞ。


「さあ、お一人で城に戻ってください。後は私たちが処理しますので」


 そう言ってペルスは馬車の御者台に座る俺に手を差し出してくる。

 この手を握ればまたいつもの生活に戻れる、安全で安心ないつも通りの生活。


 なんて素晴らしく、なんて暖かく、なんて……クソくらえな生活だろうか。


「悪いがその手は握れない」


 そう言ってパシッとペルスの手を払う。

 十年間、城でジッとしていたんだ。


 溢れ出し体を突き動かす好奇心も、傷つき帰ってくる家族の力になりたいという心も、ずっと抑え込んで生きてきた。

 もう、堪え切れるかよ……!


「ペルス、俺には野望があるんだ」

「野望……ですか?」

「ああ、魔族かぞくと一緒に暮らしながら、死ぬまで好き勝手に魔法の研究をして暮らすっていう大きな野望がある」

「ふむ、それは素敵な野望ですね。しかしそれは既に叶っているのではないですか? 私の目から見ても若はこれ以上ないくらいに好き勝手に暴れてらっしゃいますが」


 さらりと酷いことを言うペルス。

 物腰穏やかに見えて毒舌な所があるんだよなこいつ。


「……まあ確かに今は叶ってるかもしれないけど、それはずっと続くものじゃない。子どもの俺にだって魔王国がずっと危機に立たされていることは分かる」


 子どもである俺になるべく見せまいとしてくれてはいるけど、やはり人間との戦争の話は聞こえてきてしまう。年々悪化していくそれを聞く俺はずっとやきもきしていた。


「だから俺が人間も勇者もぶっ倒す。そして平和になったこの国でまた好きなように暮らす、誰一人欠けることなく、な」

「……そのような事が本当に出来るとお思いですか? あなたに」


「ああ、出来る」


 俺は自信満々にそう答える。

 まだ完全にその方法を思い付いてるわけじゃないけど、魔王の力と知恵を受け継いだ俺なら出来ると信じている。

 元がクソ社畜人間な俺のことは信じてないかったけど、俺に力をくれた人たちの事は信じてるからな。


「だから俺に力を貸せ、ペルス。この国を救う俺に」

「……ふふ、この国を救う。ですか」


 ペルスはそう言って薄く笑う。もしかして馬鹿にされてる?

 くそ、どうしたらこいつを説き伏せ……


「しばらく会わない間に大きくなられた。私は嬉しいですよ」

「ん? そ、そうか」


 俺が戸惑っているとペルスは指を一回、パチン! と鳴らす。

 すると壁の一部に馬車一台が通れるくらいの穴が開く。こ、これってもしかして……


「未来の救世主をこんなところで足止めするわけにはいきませんね。行ってください」

「お、おう! ありがとな!」


 動揺を悟られないように自然に礼を言った俺は、ペルスの気が変わらない内に早めに馬車を走らせるのだった。


◇ ◇ ◇


 アルデウスが隠し通路に入り数分した頃。

 誰もいないはずの森の中にいくつもの声が反響していた。


「……隊長、なんであんなことしたの? 若は好きに動かさせていいってガーランが言ってたじゃん」


「命に従うだけが全てではないだろう。若の真意を聞きたかったのだよ」


「ふうん、そうなんだ。あーあ。私も若とお喋りしたかったなあ」


 女性の声は残念そうにそう言う。

 すると今まで聞こえなかった妙齢の男性の声が響き出す。


「……ふぉふぉ、それはペルスも同じ気持ちじゃろう。だからあそこまで食い下がったのだろう?」


「えー! そうなの! めっちゃ私情じゃん! ずる!」


「……隊長特権だ」


 闇に潜み。影から魔王国を守る『黒死隊』。

 アルデウスは彼らにとっても大切な家族なのであった。

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