第13話 制裁

 ザガとリズと別れた俺は、勇者の一人を連れて厩舎に来ていた。

 守護者ガーディアンで勇者を運べるとはいえ、流石にグラズルから王都イズベルシアまでの距離を移動するのは骨が折れる。

 なので馬を一頭借りようとしたのだ。


「流石にグラネを借りてったらガーランに迷惑かかるよな。何か適当なのを借りるとすっか」


 行きで使用したスレイプニルのグラネは、ここから王都までノンストップで移動できるほどの体力スタミナがある。

 しかしガーランはグラズルでの用事を終えた後、西の前線基地に行く予定があるのでグラネを使いたいはずだ、流石に俺のわがままでグラネを使う訳にはいかない。そう思っていたのだが……


「お待ちしてました、アルデウス様。ご要望通り馬車はいつでも出発できるようになっております」

「……参ったなこりゃ」


 なんとグラネと馬車は繋がれた状態でスタンバイしてあった。

 こんなこと出来るのは一人しかいない。


「なんだかんだ過保護だからな、あの親父は……」


 色々見透かされてたと思うと急に恥ずかしくなる。

 だが渡りに船、ありがたく使わせてもらうぜ。


「グラネ。帰りは俺一人だがよろしく頼む」

『ぶるっ』


 任せろ。とでも言わんばかりに鼻を鳴らすグラネ。頼もしい限りだ。


「それじゃさっそく出発だ! 悪いが王都まで全力で頼むぞ!」


 グラネの脚に強化魔法をかけ、出発させる。

 道中は勇者に睡眠魔法をかけながらグラニに回復魔法や強化魔法をかけなければいけない。少し大変だけどそれをする価値がこの行動にはある。

 影ながらサポートしてくれた親父に報いる為にも、この作戦は成功させる。


「行けグラネ!」

『ブルルルルッ!』


 こうして俺たちは来た時よりも速いスピードでグラズルを後にしたのだった。


◇ ◇ ◇


 所変わってグラズル郊外の森の中。

 勇者ソウタは謎の黒い鎧の男と対峙していた。


「息子の尻拭い……だって? お前まさかあのクソガキの親だってのか?」

「そうだ、強かったろうあいつは? 俺の大事な息子なんだ」


 ガーランはそう言って楽しげに笑う。

 緊張感のないやつだ。とソウタは心の中で舌打ちする。


「そんな大事な息子を放っておくとは随分薄情なんだな。なんでその時助けに入らなかったんだ?」

「……他の魔王達やつらならそうしたかもしれないが、俺は苦難を全て退けるだけが親の役目だとは思わない。時には試練を乗り越えるのを信じて見守るのもまたひとつの子育ての方法だ。もちろん本当に危ない時は助けるし、ヘマしたら今みたいに尻拭いはするがな」

「随分な親バカだな。それほどの男なのか?」

「ああ。まだ甘い所もあるが……あと五年もすれば、あいつはどの魔王よりも強くなれると俺は確信している」


 ガーランは力強くそう言い切った。

 異能チートを使わずともその言葉に嘘偽りがないことは分かる。


「そんな奴が魔王国にいたとはな……この件は女神様に報告させて貰う」


 彼は、いや勇者たちは女神に心酔している。

 美しく、聡明な女神。彼女は元の世界で死んだ人たちに二度目の人生と素晴らしい能力を与えた。

 中には女神を怪しむ勇者もいたが、勇者として活動する内になぜかそのような感情は消え失せ、他の勇者と同じく女神に心酔するようになってしまう。


 それは女神の懐の広さのなせる技か、それとも……


「それとついでに貴様の首も貰っていこう。その装備を見るに名のある魔族なんだろう?」

「へえ、俺の装備の良さが分かるか」

「まあな。それもコレクションに加えてやるよ」


 そう言ってソウタは聖剣を構える。


(さっきの小僧には何故か聖剣も勇者魔法も効かなかったが、こいつには効くはずだ。あんなことそうは起きないからな)


 ソウタの推測は正しい。

 彼らの攻撃がたいして効かなかったのはアルデウスが人間だからだ。勇者の攻撃は魔族や亜人に有効なのは変わらない。それは魔王であっても、だ。


勇者達おまえらは能力に頼り過ぎなんだよ。だから剣の腕が伸びない」

「剣の腕などいりはしない、圧倒的な力の差さえあればな」


 お互いの距離は約三メートルまで縮まっている。

 踏み込み、剣を振れば当たる距離だ。


 攻撃範囲リーチだけでいうと長身のガーランが有利。

 しかしソウタには異能チート読心術リーディング』がある。こと斬り合いにおいてこの異能チートはその力を十二分に発揮する。

 この力さえあれば負けるはずがない。ソウタは勝ちを確信していた。


読心術リーディング、発動!)


 ソウタは異能チートを発動する。

 今度は自分の能力をバラすというヘマはしない。速攻で殺して人間領に帰る!


――――面倒くせえ、とっとと正面から斬り伏せるか。


 ガーランの思考がソウタの脳内に流れてくる。

 それを読み取ったソウタは内心ほくそ笑む。後はタイミングを読み取ってそれを撃退するだけだ――――と。


――――そろそろ行くか。


 ソウタは聖剣を強く握りしめる。

 勝負は一瞬。美しく、完璧に勝ってみせる。


 来い。

 来い、来い、来い!


――――よし、斬った・・・


「へ?」


 次の瞬間、聖剣を握るソウタの右腕がボトリと地面に落ちた。

 そして腕の切断面から血が吹き出し遅れて痛みが襲いかかる。


「う、腕があああっっ!? 貴様何をした!?」

「何って……普通に正面から斬っただけだぞ」

「嘘だっ! 私はしっかりお前を見ていた!」


 額に脂汗を浮かべながらソウタは吼える。

 勇者には痛覚を緩和する力が備わっており、多少の痛さでは怯まない。しかし腕を切り落とされたとなれば結構な痛みを伴う。


「鍛え上げた剣閃は音速を超える。お前みたいな能力頼みの奴には見切れねえよ」

「ば、バカな……!? 今まで戦った魔族にこれほどの剣の使い手はいなかったぞ!?」

「そりゃそうだ。なぜなら俺がこの国で一番強い剣士なんだからよ……!」


 ガーランから放たれる鋭い殺気。

 それを一身に浴びたソウタは足がすくみ動けなくなってしまう。


 駄目だ。格が違う。


 そう自覚した彼は、突然口の中に手を突っ込もうとするが、ガーランが高速で駆け寄り口の中に四本の指を突っ込んだことでその企みは阻止される。


「知ってるぜ、口の中に自害するようの毒があるんだろ? 使わせねえよ」


 そうドスの効いた声で言った後、ガーランは勇者を地面に押し倒す。

 聖剣もなく、心も折れてしまった勇者に反撃の術はない。無様に組み伏せられながら彼は泣き出す。


お、おふぇふぁいふぁお、お願いだ! ふぁふへへふれ助けてくれ!」


 口に指を突っ込まれているため上手く喋れないが、それでも彼は必死に懇願する。

 しかしガーランは一切同情しない。彼は懐から注射器のような物を取り出すとそれをソウタの首筋に注入し出す。


「……勇者は死ぬと復活しちまう。だから俺らは必死に考えた、どうすれば勇者を復活させられなく出来るか、ってな」


 注射器に入った黒い液体を注入しながらガーランは喋ろ続ける。


「全身拘束、眠らせ続ける、氷漬け……思いつくことは全部やった。しかし三日も動きがないと勇者は自動的に死ぬ仕組みがあった。そのせいでどんなに頑張っても勇者を捕らえ続けることは出来なかった。だから後は……こんな方法しか残らなかった」


 ガーランは空になった注射器を捨てると、ソウタの左手を掴む。

 そして小指を握り……折った。


「――――ッッ!!」


 あまりの痛みに悶絶するソウタ。口を塞がれて無ければ絶叫していただろう。


「お前に打ったのは『感度増強剤』。元々は性行用に作られていた薬を軍事転用したもんだ。痛覚を鋭敏にするよう改造されてっから痛みににぶい勇者でも、常人以上の痛みを感じられるようになる」


 淡々と、薬の説明をしながら次は薬指を握りつぶす。

 出来るだけ痛いように、苦しいように。ゆっくりといたぶるようにしてガーランは次々と指を折っていく。


「ンーーーーーーッッ! ンーーーーーーーーーーーッッ!!」


 涙を流しながらソウタはやめるよう訴える。体は痙攣し股間からは温かいものが流れ出している。

 しかしガーランは一切手を抜くことはなかった。


「何でこんな拷問みたいな事をしてるか分かるか? これはお前達の心を折るためにやってんだよ。生き返り、体は復活したとしても心と記憶は死ぬ直前と変わらない。だから殺さず、勇者達おまえらの心を折ることにした。お前も見たことあるんじゃないか? 廃人になって復活したお仲間を」

「――――ッ!」


 ソウタは見たことがあった。

 なぜか遅れて復活し、喋ることが出来なくなった同胞を。

 いくら喋るかけても反応せず、戦うことが出来なくなった哀れな仲間を。


「今から俺はゆっくりと時間をかけてお前を嬲る。出来るだけ苦しく、辛く、もう生きていくことが嫌になるように」


 それを聞いたソウタは血の気が引いていくのを感じた。

 今でさえ辛いのに、これをずっと?

 そんなの耐えられない。自分も廃人になってしまう。


「ンーーーーンンンンーーーー!!! ンンンンッッ!!」


 必死の形相で訴えるソウタ。

 いくらでも情報は渡す、人間を裏切ってもいい、そのような事を言っているが、ガーランはそれらの申し出を受ける気は一切無かった。


 ただ淡々と壊す。

 彼の頭にはそれしか無かった。


「まずは腕の骨、次は足、次は腰、次は肋骨と順番に骨を一本ずつ丁寧に折っていく。そしたら次は肉だ。ゆっくりじっくりと削いでやろう。楽しむ箇所が無くなったら回復薬ポーションを使ってやろう。勇者の体は再生が早いから安心しろ」


 じっくりと自分の末路を聞かされたソウタは、叫ぶことすら出来なくなっていた。

 彼の頭にあったのは後悔。手を出すべきじゃ無かった、一刻も早く殺してくれという思いのみ。


「俺もいたぶるような事は好きじゃねえ。だが魔族の未来のため、そして何より家族のためだったら喜んで外道に落ちる覚悟がある。だからお前も覚悟しろよ、俺は一切容赦しない」


 いくら後悔してももう遅い。

 彼は逆鱗に触れてしまった。その代償を払わなければならない。


「じゃあ始めるか。運が良ければ十時間くらいで死ねるだろうよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る