第12話 指輪

「勇者なんて大層な名前が付くくらいだからもうちょっと楽しめるかと思ったんだけど。拍子抜けだな」


 今殴り飛ばした奴はしばらく動けないだろう。それより考えが読める方の勇者を今は縛り上げなくちゃ……と思ったけど、いつの間にか奴がいなくなっていた。


「さっきまでいたんだけどな……?」


 部屋をあちこち探してみたけど見当たらない。どうやら俺がバリアを張れる方の勇者に気を取られている内に逃げ出してしまったようだ。逃げ足の速い奴め。


「ま、あそこまでビビらせればしばらく魔族を襲う気にもならないだろ」


 そう結論付けた俺は、先ほどぶっ飛ばした勇者を回収しに行く。

 手加減して殴ったけど……死んでないよな? もし死んでたら今回の遠出の目標が達成できないぞ。


「おーい、生きてるか?」

「あ、あがが」

「良かった、無事そうだ」


 頬をぺちぺち叩くとカエルみたいな声で返事をした。うむ、生きてるな。

 俺は手早くコウキと呼ばれていた勇者を紐で縛り上げると、魔法で眠らせる。自害されたら困るので口には猿轡さるぐつわのような物も咥えさせておく。


「さて、準備も出来たし魔王城いえに帰るか」


 ガーランを置いて勝手に帰ったら叱られてしまうだろう。

 だがこれからやろうとしてることを魔王おやたちに知られたくない。怒られること覚悟で帰らなくちゃ。


 足早に館を去ろうとする……が、リズの父親ザガが俺の行く手に立ちはだかる。


「あー……出来ればガーランにはこの件は黙ってて貰えると助かるんだけど」


 そういえばザガの存在を忘れていた。

 リズは頼めば黙っててくれそうだけど、ザガの口止めは大変そうだ。いったいどうしたもんか……と考えていると、ザガは突然その場に膝をついて俺に頭を下げてきた。


「娘を助けてくれてありがとう。君がいなければ私はこの世で最も大切なものを失っていた」


 こんな風に感謝されることは初めての経験だからなんだかむず痒いな。相手が大人だから尚更だ。

 俺はそんな照れ臭さを隠すようにぶっきらぼうに返事をする。


「別に礼なんていーよ。当然のことをしただけだし」

「……そうか」


 穏やかな笑みを浮かべながらザガはもう一度深く頭を下げる。

 全く、律儀な奴だ。


 さて、そろそろ帰らなきゃ……と思ったがひとつ用事を忘れてた。

 これをするためにしばらく部屋に引きこもってたんだ。


「リズ、少しいいか?」

「え、ひゃい! なんでしゅか!?」


 リズは自分が話しかけられると思ってなかったのか、噛み噛みで返事をする。そんなに慌てなくてもいいのに。


「昼にあげた指輪あるだろ? あれ貸してくれないか?」

「え、あ、は、はい!」


 少しためらうような素振りを見せたけど、リズは指輪を手渡してくれる。

 ザガがそれを見て「ゆ、指輪!?」と目をひん剥いているが気にしない。深い意味はないっつうの。


「これをこうして……こう!」


 俺は部屋で作っていた術式を指輪に刻み込む。

 まだテストは出来てないけど、理論的にはこれでいけるはずだ。


「ほい。これ持ってみろ」

「は、はい……」


 少し警戒した様子でリズは指輪を受け取る。

 その瞬間、リズはビクッと体を震わせると、信じられないといった感じの表情になる。


「う、うそ……」

「その様子を見ると成功したようだな」


 俺は小さくガッツポーズをする。我ながら完璧な仕事だ。


「アル様……これって……」

「しっかり収まってるだろ? 魔眼の効果」


 俺が開発したのは魔眼の効果を抑える術式。

 二人で遊んでる途中にそのアイディアを思いつき、じっくり魔眼を調べさせて貰ったのだ。

 まだ完全に無効化は出来ないけど、これを付けていれば無意識で発動してしまうことはなくなるだろう。


「これで見たくない時は人の気持ちを見ずに済む……ってどうした?」


 リズはなぜか俯いてしまった。よく見ればその肩は震えている、もしかして泣いてるのか!?

 喜ぶと思ってたんだが余計なお世話だったか……


「い、嫌なら術式外すぞ? だから泣くなって!」

「……ぐす、違います、嬉しいんです。私はずっとこの悩みを抱えて生きていかなきゃいけないと思っていましたので……」


 そう言ってリズは大粒の涙を流す。

 大きくなればきっと魔眼のコントロールは出来るようになってたと思う。でもリズはまだ子どもだ。気丈に振る舞ってても不安だったんだろう。


 ……どうやらいい仕事が出来たみたいだな。


「じゃあ用は全て済んだから俺は行くぞ。ガーランには上手く誤魔化しておいてくれよな」


 守護者ガーディアンを出し、そこに気絶した勇者を乗せて運ぶ。

 足早に去ろうとした俺をザガが呼び止める。


「娘の眼をありがとう! 君には礼を言っても言い尽くせない! 何か困ったことがあったらなんでも言ってくれ! この命を賭けて力になることを誓おう!」


 ……暑苦しい親父だ。

 だが娘のためにそこまで言えるのは嫌いじゃない。俺は振り向かず親指をたてて返事をすると、王都に帰りはじめるのだった。


◇ ◇ ◇


 同時刻グラズル郊外。


「はあ……はあ……!」


 焦った様子で森の中を走る男がいた。彼は時々後ろを振り返っては何かに怯えていた。


「クソ、クソ、クソ! なんで勇者の私が逃げなければいけないのだ!」


 その男の名前はソウタ。

 異能チート読心術リーディング』を女神より賜った勇者の一人だ。


 彼は仲間であるコウキがアルデウスと戦っている隙を突き館から逃げ出していた。

 逃げるという行為は彼のプライドを深く傷つけたが、彼がそうせざるを得ないほどアルデウスは彼の目に恐ろしく映った。


 死んでも簡単に蘇ることが出来るはずだというのに。


「だがコレ・・さえあれば任務は達成出来ている、女神様に怒られることはない。体制を整えてあんなクソ都市、壊滅させてやる……!」


 彼の手には城塞都市グラズルの調査資料が握られていた。彼の本来の任務はこれを作成すること。魔族を襲っていたのは暇潰しに過ぎなかった。


 つまり本来の任務は達成出来ていた。後は帰るだけ、子どもでも出来る簡単な任務だ。


 そう、思っていた。


「おい、待てよ」

「!?」


 突如木々の間から投げかけられた、低くおぞましい声。

 ソウタは立ち止まり聖剣を引く抜く。


「だ、誰だ!? 出てこい!!」


 足を震わせながらもそう言い放つと、木々の間からヌッと大柄の人物が現れる。

 まるで闇夜が形を持ったかのような漆黒の鎧を身に纏ったその人物は背中に大きな剣を背負っていた。

 足取り、体格、その身から発する闘気から滲み出る強者の『格』にソウタの足がすくむ。


「何だ貴様は! 私に何の用だ!?」


 まるで『死』を具現化したかのようなその人物は顔を覆う兜の下から言い放つ。


「息子の尻拭いに来た。貴様にはここで惨たらしく死んでもらう」


 そう口にした剣王ガーランは、背中から巨剣『アンダロス』を引き抜くのだった。

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