第三章 城塞都市グラズル 

第1話 旅立ち

「準備は出来たか?」

「うん、大丈夫だよ」

「そうか、じゃあ出発するか」


 俺の言葉に満足げに頷いたガーランは軽やかな動きで馬車に乗り込む。


 時刻は朝。

 空は快晴。絶好の出発日和だ。


 俺もガーランに続き颯爽と馬車に乗り込もうとする……が、それを許さない人物がいた。


「う゛ぅ〜行がないでぐださい〜」


 そう言って袖を引っ張るのはシルヴィアだ。

 あまりにもぐずるから昨日は一緒に寝てあげたというのに、結局これだ。こいつが子離れ出来る日は来るのだろうか。


「もう離してよ。昨日お別れは済ませたでしょ?」

「ぐぐぐぐ〜〜〜!」


 声にならない声を上げて抵抗するシルヴィア。

 やれやれ、これじゃどっちが子どもか分かったものじゃないな。


 仕方ない、無理矢理にでも引き剥がすか……と思っていると、一人の人物が近づいてくる。


「駄目ですよシルヴィア。子の出発を笑顔で見送るのも保護者の務めなのですから」


 そう言ったのは青髪の魔法使い、ネムだった。

 ネムも朝は弱いはずなのに、わざわざ俺のために早起きして見送りに来てくれた。嬉しい。


 凄腕の魔法使いである彼女に敬意を持っているのか、シルヴィアはネムの言葉に従い手を離してくれる。

 おお、一発で分からせるとは流石だ。


 ネムは俺のそばに近づいてくると背伸びして俺の頭を優しく撫でてくれる。


「気をつけるのですよ、アルデウス。ガーランの言うことをちゃんと聞くこと。あと……」

「危険なことはするな。でしょ? 分かってるって」

「ならいいんです。また会えた時はゆっくり魔法のお話をしましょうね」

「やった! 約束だからね!」


 最後にネムとハグをし、別れる。

 服に残った若草のような匂いが心地良い。


「済んだかアル坊、出るぞ」

「うん、よろしく!」


 ガーランが手綱を引くと、馬車が動き出す。

 朝日が王都を照らす中、いつまでも手を振り見送ってくれる二人を見ながら、俺は王都を出るのだった。


◇ ◇ ◇


 馬車の旅は快適なものだった。

 この前外に出た時は自分の足で走ったからなあ、それと比べるとめちゃくちゃ楽だ。馬の操作はガーランがやってるし本当にやることがない。


 最初の内は楽しく外を眺めてたけど、一時間もすれば飽きが出てくる。なので一人で術式を組んでいたんだけど、それも飽きてきたので御者台に座るガーランの隣に移動する。


「お、どうしたアル坊。もう退屈になったか?」

「ま、そんなところかな。ここにいても邪魔じゃない?」

「ああ大丈夫だぞ。ちと狭いがそれでいいならな」


 御者台からの景色はとてもいいものだった。

 どこまでも続く綺麗な平原。魔族領だなんて恐ろしい名前で呼ばれるこの土地だけど、緑あふれるいい所だ。


「ねえガーラン。なんで人間は魔族領に攻めてくるの?」


 戦争の歴史は覚えてるけど、なんでそれが起きたかまでは知らない。

 興味を持った俺は元人間であるガーランにそれを尋ねる事にした。


「戦争が始まった理由は誰にも分からねえ。多分些細な理由だったんだろうよ。種族が違えば争う理由なんて後からいくらでもこじつけられるからな。魔族や亜人は人から見たら怖いから余計に、な」


 確かに俺が元いた世界でも人種が違うだけで色々な戦争が起きていた。こっちの世界では見た目の違いがより大きいから差別も酷いものになってしまうのも頷けるな。


「だが、人と魔族はでけえ国境を築くことで争いを鎮静化することに成功してんだ。勇者が現れるまではな」

「第一次勇魔大戦だね」

「ああ、よく勉強してるじゃねえか」


 そう言ってガーランはゴツゴツした手甲で俺の頭をなでる。少し痛いが嬉しい。


「あの大戦は酷えものだった。俺はその時人間側だったんだが……思い出すだけで気分が悪くなる。人はあそこまで残酷になれるんだと思ったもんだ」

「そんなに酷かったんだ……。なんで人は急に魔族領に攻め込んだの?」

「色んなことの積み重ねさ。女神からの信託、勇者の出現、とある魔族の人間虐殺事件、食糧難、国民の不満の噴出……色んなもんが奇跡的に重なっちまった。それらを一気に解決できるのが魔族領の侵攻だったんだ」


 そう語るガーランの空っぽの瞳は、悲しげに見えた。

 元人間として割り切ることが出来ない気持ちもあるんだろうな。


「ねえ、ところでその『女神』っていうのはなんなの? 本当に神様なの?」

「分からん。勇者と一部の女神教のお偉いさんしか話すことが出来ないからな。本当にいるのかすら末端の兵士だった俺には分からなかった」

「そっか。そいつをぶっ飛ばせれば話は早いんだけどね」


 俺がしゅしゅっとシャドーボクシングをしながらそう言うと、ガーランは「ぶはっ!」と楽しげに笑う。


「そりゃあいい! お前ならきっと出来るさ! そんな事はきっとお前にしか出来ねえ、託したぜアル坊」

「おう任せろよ」


 ふざけ半分、本気半分。

 俺たちは楽しく談笑しながら城塞都市グラズルに向かうのだった。


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