第2話 道程

 グラズルは馬車で二日ほど走った所にある。

 しかし馬車と言っても普通の馬ではなく、スレイプニルという八本脚の特殊な馬が引っ張る馬車でありその速度は乗用車くらいあって物凄く速い。


 こっちの世界には普通の馬もいて、行商人なんかは普通の馬を使うことが多いらしいけど、魔王城にはこのスレイプニルという特殊な馬が何十頭も飼育されている。

 気性が荒く、認めた主人の言うことしか聞かない気難しい性格のスレイプニルだが、一回絆を結べば忠義を尽くしてくれる頭の良い馬だ。

 力も速度も普通の馬の何十倍もあるので、一流の魔族はスレイプニルを好んで使う。


「お疲れグラネ、これ食べる?」


 休憩中、俺は脚を畳み休んでいるグラネと言う名前のスレイプニルに果物を差し出す。

 するとグラネは「しょうがないわね、貰ってあげるわ」という感じに上品に食べる。表情の豊かな馬だ。

 ちなみに性別は雌。長いまつ毛がセクシーだ。


「ね、触ってもいい?」

『ブルッ』


 鼻息を鳴らし、グラネは頭を差し出す。

 これは「許可する」のサインだ。遠慮なくそのふわふわの黒い毛をモフらせて頂くとしよう。


「相変わらずモフモフだな、お前は」


 グラネの立派なたてがみに顔を埋め至福のひと時を楽しんでいると、ガーランがやって来る。


「……スレイプニルがそんなに触るのを許してくれるのなんざ、他では見たことないぞ。よほどアル坊は好かれてんだな」

「そうなの? 初めて会った時から結構心を開いてくれたけど」


 グラネと初めて会ったのは五歳の時。

 シルヴィアの監視から抜け出し、城を探索していた俺は厩舎にいたまだ生まれたてのグラネに会った。最初こそめちゃくちゃ警戒されて噛みつかれたり蹴っ飛ばされそうになったけど、脚繁く通う内に仲良くなった。

 今では友人の一人だと勝手に思っている。


「特にグラネは気性が荒くてな。そのぶん力も強いんだが一般兵士の言うことなんざ聞きやしない。まあそれは弱い兵士にも落ち度はあるんだが……それにしても懐き過ぎだな」


 たてがみの上に突っ伏して寝る俺を見ながら、ガーランは呟く。

 いつもこれくらいのスキンシップは取ってるから気にもしなかったな。しかし俺だけに懐いているというのは悪くない気持ちだ。優越みを感じる。


「駄目だぞ他の人の言うことも聞かなきゃ」

『ぶるっ』


 知らん、とでも言いたげにグラネは鼻を鳴らす。とんだツンデレ娘に育ったものだ。


「遊ぶのもいいがこっちに来い。せっかくだから色々教えてやろう」

「え! 何を教えてくれるの!?」

「城では剣ばかり教えているからな。外では違うことを教えてやる」


 そう言ってガーランは色んなことを教えてくれた。

 簡単な火の付け方、食べられる物と口にしてはいけない物の見分け方、水の確保の仕方、剣の手入れの仕方に狩りの仕方まで様々なサバイバル術を一気に仕込まれた。


 一通り終わる頃には空もすっかり暗くなっていた。

 狩りで手に入れた大猪ビッグボアを焼いて食べ終わった俺たちは、何するでもなく談笑していた。


 なんかキャンプみたいで楽しいな。父親とキャンプをするとこんな気持ちになるんだろうか。

 早くして父親を亡くした俺には経験出来ないと思ってたけど、まさか異世界で体験出来るとはな。


「ほれ、コーヒー淹れたぞ」

「ありがと」


 マグカップに並々注がれたそれを、息で冷ましながら飲む。

 うーん、甘い。大人の時はブラックをよく飲んでたけど子供の舌ではとても飲めた物じゃなかった。なので俺のコーヒーはミルクと砂糖たっぷりの特別おこさま仕様だ。

 甘いコーヒーなど邪道と思ってたけど、これが意外と美味い。


 満天の星空の下で飲むのだから更に美味しく感じる。


「アル坊、隣いいか?」

「へ? うん」


 コーヒーをちびちび飲みながら空を見ていると、隣にガーランが腰掛けてくる。


「どうだ、楽しめてるか?」

「うん、城じゃこんな経験出来ないからね」

「そうか、そりゃよかった。お前みたいな年頃の子と二人っきりなんて初めてだから心配だったが何とかなったみたいだな」


 なんとガーランは俺に気を遣っていたらしい。

 こんなデカい図体でそんなかわいいことをしていたのか。意外な一面を見てしまった。


「そんなに気を遣わなくてもいいのに、俺とガーランの仲じゃん」

「『親しき者こそ礼儀を尽くせ』という諺が人間にはある。既に人の身じゃなくなっちまったが心は騎士のままなんだよ」

「騎士道ってやつだね、かっこいいじゃん」

「うるせえ、ガキがからかうんじゃねえ」


 そう言ってガーランは俺を優しく小突く。

 まったく、照れやがって。


「ガーランは人間の世界に未練はないのか? 向こうじゃ結構有名人だったんだろ?」

「向こうじゃ俺は『王国の砦』の異名を持つ騎士だった。生活も悪くなかったし充実してた。だけど今の王国について行ける気は全くしねえ。たとえスケルトンから人間に戻れたとしても、向こうには戻らねえだろうな」

「そうなんだ。でもガーランがそこまで思うってことは人間の中にも国に不信感を持ってる人はいるんじゃないの?」

「俺が生きてた頃。今から七十年くらい前だったら俺と同じ事を思ってた奴はいただろうな。でも今のミズガリア王国は女神教の教育が行き届いてると聞く。魔族を虐げることに良心を痛める奴はほぼいないだろうな」

「そうなんだ……」


 もし人間にも協力してくれる人がいたら心強いと思ったんだけど中々厳しそうだ。

 まずは魔族領で仲のいい人を増やすとしよう。


「さ、もう寝よう。明日も早くから動くぞ」

「うん、わかった」


 ガーランの言葉に従い、馬車の中に敷かれた簡素なベッドに横になる。そして馬車に魔力を通し結界を張るのを忘れない。

 ちゃんとした馬車には魔獣よけの結界を張る仕組みが施されているのだ。ガーランがいるので襲ってくる命知らずな魔獣はいないだろうけど、念のため張っておく。


「それじゃおやすみ」

「おう、しっかり寝ろよ」


 スケルトンであるガーランは睡眠を取らない。馬車の中に入らず近くの焚き火にずっと当たっている。


 眠くならないお腹も空かない。

 それは一体どんな気持ちなんだろう。そんなことを考えながら俺は緩やかに意識を失うのだった。

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